2019年7月14日日曜日

Ou allons-nous?


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D'ou venons nous? Que sommes-nous? Ou allons-nous?
というのは,ゴーギャンの1897.年の作品のタイトルです。とりあえず,
どこから来たのか?アフリカのジャングル。他の天体からではない。
何物か?猿の突然変異種(ミュータント)の末裔。
どこへ行くのか?地球の隅々。可能なら宇宙へ。
と,即物的に答えておきましょう。
D'ou venons nous?   われわれはどこから来たのか?
 どこからでもない。生命は地球で誕生した。というのが私の信念である。しかし,最近の惑星科学の進歩は,生命の発生を必ずしも否定しない天体の候補をあげはじめている。火星,木星の月のエウロパ,土星の衛星タイタンなどで,生命の原初形態が誕生し,地球へ伝わったという考え方も捨てがたい。しかし,私はそういう考えを採用しないだけである。化学進化も生物進化も,ともに地球で起こったと,私自身は信じている。「ハヤブサ」が小惑星「イトカワ」の岩石の採取に成功したという。こういう調子で,どんどんと研究が進めば,地球外の天体で生命発生の可能性はどんどん高まる。高まるだけである。そこから他の天体誕生説が有利なように見え,事実若い人たちがそう信じるようになるのも自然な流れだと思う。保守的な私は信じないだけである。
 ここで少し話しを整理しておきたい。まず生命はどこから来たのかということ。ざっと一般の常識を整理すると。地球が誕生したのが45億年前。生命が誕生したのが30億年前。その約15億年の間に何かか起こった。これは無生物から生物へという,まさにD'ou venons nous?  われわれはどこから来たのか? という最大の謎がある。他の天体からの飛来説というのは1903年にアレーニウスが言い出したものだが,それでは,その天体ではどのように?という問題はやはり残るので問題を先送りしたようなものだ。しかし,それはともあれ,最近他の天体にも水の存在が確認されたりして,益々有力になってきた説である。
 なお余談ながら,アレーニウスというのは,スウェーデンの化学者で,食塩が水の中で陽イオンと陰イオンに電離しているというようなことをはじめて言った人で,物理化学という分野を始めた人である。水素イオンが酸の原因で水酸化物イオンがアルカリの原因であるという最も簡単な酸塩基の定義もアレーニウスの説だから,なかなか偉い洞察力に富んだ人であったようだ。そして1903年には電離説でノーベル賞を受賞している。さらに宇宙構造論などについても研究した天文学者でもあったようだ。
 それに対して地球誕生説では,原始地球の簡単な物質から分子量の大きな物質や複雑な物質になり,生命が誕生するまでを,化学進化という。こちらの研究は,たとえ宇宙飛来説であったとしても,そこでの生命誕生を考える基礎知識となるのだから,大いに研究の意義がある。
Que sommes-nous? 我々は何物か?
 われわれは一体何物なのか?という訳である。その誕生は,ともかくとして。そして,これこそ人類最大の謎である。
「人間は神にもなれずさりとて悪魔となりて満足することもできず,つまり五里霧中に彷徨する哀れな生物である。」(西田幾多郎「日本の名著」47,p432)
Ou allons-nous? 我々は何処へ行くのか?
「どうしても合理的に解決することのできない問題が人間には残る。自分はどこから来て,どこへ行くのか? この実存的問いに合理的答えを与えることは誰にもできない。そして,誰にも与えることのできないこの答えになんらかの決着をつけているのが『神話』の根源にあるものなのである。」(西尾幹二「国民の歴史」p.121)
 
 
 
 
 
 
「真に重大な哲学上の問題はひとつしかない。自殺ということだ。人生が生きるに値するか否かを判断する,これが哲学の根本問題に答えることなのである。 « Il n'y a qu'un problème philosophique vraiment sérieux: c'est le suicide »」(カミュ,清水徹訳「シーシュポスの神話」(新潮社「カミュ全集2」,1972)p.82) 
 
「知力もまたそれなりのやり方で,この世界は不条理だとぼくに語りかけてくるのである。」(カミュ,清水徹訳「シーシュポスの神話」(新潮社「カミュ全集2」,1972)p.98)
 
「世界は不条理だとぼくは何度も語ったが,ぼくは言葉をいそぎすぎたようだ。この世界はそれ自体としては人間の理性を超えている,-この世界について言えるのはこれだけた。」(カミュ,清水徹訳「シーシュポスの神話」(新潮社「カミュ全集2」,1972)p.98)
 
「おのれの正義について多くを語るすべての人間を信用するな。」(ニーチェ,手塚富雄訳「ツァラトゥストラ」(中央公論社,世界の名著46)p.170)
「生が常にくりかえしておのれを乗り越えてゆかねばならぬこと,そのことを示す旗じるしでなければならなぬ。」(ニーチェ,手塚富雄訳「ツァラトゥストラ」(中央公論社,世界の名著46)p.172)
「生は登ろうとする,登りながらおのれを乗り超えようとする。」(ニーチェ,手塚富雄訳「ツァラトゥストラ」(中央公論社,世界の名著46)p.172)
 

少而学。則壮而有為。壮而学。則老而不衰。老而学。則死而不朽。  少にして学べば,則ち壮にして為すこと有り。壮にして学べば,則ち老にして衰えず。労にして学べば,則ち死して朽ちず。

  佐藤一斉「言志晩録60」(「言志四録(三)」講談社学術文庫p.80)

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