2017年10月27日金曜日

因島重井町 八幡神社 参道の鳥居


2017.10.27.

右(南)
 西「貞享五戊辰年」
 東「尾道住人石工新蔵作」

左(北)
 西「十月大吉祥日 尾道石大工源四良」

因島重井町 八幡神社 随身門前の石灯籠(左)

2017.10.27.

***
随身門前の石灯籠(左)

2017.10.27.


竿
正面(西)「奉寄進」
右面(南)「文化十五年」
左面(北)「九月吉日」
背面(東)なし

基台(下から3段目)
正面(西)右から縦書き「願主 沖之濱 多八良 頭取 九右エ門 忠作 嘉七 米吉 伊勢松
右面(南)なし
左面(北)なし
背面(東)なし

随身門前の石灯籠(右)

2017年10月26日木曜日

因島重井町 八幡神社 随身門前の石灯籠(右)

2017.10.27.


***
随身門へ向かって右側(南側)
2017.10.27.

竿
正面(西)「奉寄進」
右面(南)「文化十五戊寅年」
左面(北)「九月吉日」
背面(東)なし
2017.10.26. 正面(西)「奉寄進」





2017.10.26. 「文化十五戊寅年」

2017.10.26. 「九月吉日」



基台(下から3段目)
正面(西)右から縦書き「願主 沖之濱 多八良 伊勢松 米吉 九右エ門 忠作 嘉七」
右面(南)なし
左面(北)なし
背面(東)なし
 2017.10.26. 「願主」
 2017.10.26. 「沖之濱」
 2017.10.26. 「多八良」
 2017.10.26. 「伊勢松」
2017.10.26.  「米吉」
 2017.10.26. 「九右エ門」
2017.10.26. 「忠作」

2017.10.26. 「嘉七」

隋神門前の石灯籠(左)

因島重井町 馬神除虫菊道路


 2017.10.23.

尾道市因島重井町 白滝山 2017

しげいみち

2017.10.23. 17:59。馬神除虫菊道路から。

2017年10月20日金曜日

因島重井町 道標 ダバオの上


*****地図*****


************

2017.10.11.


 2017.10.11.

2017.10.11.
須越樋口道路。ダバオの上。「へんろうみち」


2017年10月13日金曜日

因島 白滝山 平和一神石碑

いんのしまみち しげいみち  白滝山 人名索引  年表









2017.10.12.




2017.10.12.「総裁 出居清太郎先生 感詩 」


 今では宗教法人として登録されている修養団俸誠会の平和一神和石は全国に何箇所かあるが、ここ白滝山頂のものが最初にできたもので、昭和34年に建てられた。創始者の出居清太郎氏が伝六の話を聞き、観音道一観から「平和一神」(へいわいっかん)と命名されたものである。毎年年祭が行われている。伝六の人格に共鳴されたものだろう。

 昭和27年に重井町へ俸誠会と生長の家が伝わった。伝六の功過自知録の普及活動によって重井村民の道徳性が向上した。その地盤で修養団俸誠会が多いに栄えた。出居総裁を伝六の再来と思った人がいたかもしれない。伝六の教えと俸誠会活動には通じるものがあるのだろう。それを象徴するものが平和一神和石である。

 ご高齢の出居総裁が登山された時は駕籠が準備された。それを支えられ地元の若者も既に老境に達している。法被を着た人の太鼓の音に合わせて唱和する「豊年だ 万作だ よーかったね!」の掛け声は向かいの尾根に谺した。全国各地から訪れ初めて登られた方はもちろん、地元の会員もら登るにつれて広がる光景に感動した。

2017年10月9日月曜日

因島重井町 廻国供養塔(善興寺 北)



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2015.1.7. 総覧55 子安地蔵尊。総覧56 六部廻国地蔵塔。
子安地蔵。左手に幼児を抱いている。台座は六十六部廻国供養塔。
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正(東)面
天下泰平 肥後國天草郡世濠村
             供
奉納大乗妙典日本六十六部廻国
             養 

日月清明
      願主 長五郎 
         この女 


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左(南)面
       十四代
 鐵岸寿禄信女
文政十三寅
香岸宿梅信女


 二月十四日

2017.10.9.
右(北)面
嘉永元戌申十一月吉日
雲州 賜願主 勝三良
   世話人 居合中