2026年8月21日金曜日

eiroku





11.24 「天城越え」  

   「スペース・キャンプ」

11.26 「ターミネーター」

11.28 「2010年」 

11.29「猿の惑星膜」

         「トナリのトトロ」

11.30 「 魔女の宅急便」

   「スターウォーズ」

12.1  「熱海殺人事件」

12.2   「スターウォーズ、ジェダイの復讐」

12.3  「蒲田行進曲」

10.4    「敦煌」「コクーン」

12.10  「忍ぶ川」

12.11  「ラストエンペラー」

12.13  「地獄の黙示録」

    「風の惑星」    

12.17  「誰がために鏡は鳴る」

12.18  「ヴィンター」

12.22 「サハラの秘境」

12.20   「ヴィンター2、レジスタンス」

12.23    「お葬式」

BIBLIOTHECA 外国

 

シェイクスピア

 これもずっと昔の話しになるが,コスモス同人のN氏からHamletの輪読会に誘われたことがあった。そのときN氏が選んでくださったテキストがArden Shakespeare のUniversity Paperbacks版だった。Hamletはいろんな幽霊がでてきて(いろんな言葉の幽霊が,とかくべきであろう),辟易したものであるが,原文を読むのも,結構面白いと思った。それにこの頃から,翻訳に何が使われているか注意するようになった。卵を破ってでてきた雛鳥といっしょで,最初に目にしたものが親しみやすい。以後,Arden で揃えようと思ったが,結局,Romeo and Juliet とAntony and Cleopatoraを買ったところで,complete worksが欲しくなり,Oxford Shakespeare  が店頭にあったので求めた。今となってはweb版でたいていのものが読めるので,必要ないように思えるが,これはこれで重宝している。少し大きいので,寝ころんで読むときは,枕のかわりぐらいにしかならないが,ちょっと気にかかるところを見ようというときには便利である。

  The  general editor of the Arden Shakespeare  have been W.J.Crag(1899-1906),R.H.Case(1909-1944) and Una Eliis-Fermor(1946-1958) の W.J.Cragこそ,ロンドン留学中の夏目漱石が通ったベイカー街の個人教授のクレイグ先生である。このことは江藤淳さんの「漱石とその時代 第二部」のp.87以降に出てくる。

 あのシャーロックホームズで有名なベーカー街であるから,ホームズパロディに漱石が登場しても,理由のないことではない。

 シェイクスピア別人説というのがある。「月光仮面は誰でしょう」というのとちょっと違うが,「シェイクスピアは誰でしょう」というのだ。ソネットと詩劇の作者を同時代の別の人の作品ではないかというのものだ。これも私にはあまり興味がない。あの瓢箪型をしたシェイクスピアと呼ばれている人でいいではないか。また,最近,シェイクスピアの作と称せられる2つの作品が見つかって,翻訳も出たという。これにも私は興味がない。だいたい中野好夫さんや福田恆存さんが御存知なかったような作品などなくても,シェイクスピアは十分に完結しているのである。

 後年,全作品を読んでみることにチャレンジし,2008年秋からはじめて,2009年秋に結願しております。これは夕凪亭閑話でその都度記しております。



ローマ帝国衰亡史


筑摩書房から中野好夫さんが訳されたものが単行本として出ていたので、全てこれで読むことにした。 

 

 

ニーチェ

因島高校の二年というのは特別な学年であった。というのは、コース別にクラスが編成された。理系と文系。就職(非進学)は文系と同じだったが、進学と就職とと考える者もいて、理系のの中に文系進学希望者も混ざっていた。だから理系でも高3の物理と並行して生物が設けられていた。その理系に入っていたのだが、同じクラスにニーチェを読んでいる生徒が二人もいて、その二人が別々に私に勧めた。今から思えば凄いことだ。高校や大学は有名校がいいと血眼になっている人が多いが、どこへ行こうとその人の能力が変わるわけではない。だからどこでも良いのだ。そうであるが、高校二年の時、そういう生徒が二人もいたというのは、因島高校へ行っていたからであった。別の高校なら別の高校で、別の出会いがあったのであろうが。

それで、私も「世界の名著」のなかの『ニーチェ』を買った。


 小林秀雄さんの「ニイチェ雑感」に,再読してみると,昔読んだニーチェがどこにもいないと書いてある。かように,ニーチェはとらえどころがない。鰻ようなものだ。掴んだと思ってもつるりと逃げてしまう。しかし,あの脂ぎった魅力は捨てがたい。私はといえば,その脂ばっかり喰っているせいか,いつまでたっても血や肉にならない。

 世界の名著の「ニーチェ」を買ったのは1969年の11月29日である。この本は世界の名著の第一回の配本である。初版は昭和41年2月4日で,私が買った本は昭和44年10月15日発行の22版である。 「編集・解説」と「ツァラトゥストラ」の翻訳が手塚富雄さん,「悲劇の誕生」の翻訳が,当時電気通信大学講師の西尾幹二さん,付録の対談は三島由紀夫さんという,まことに豪華な取り合わせである。

 その頃,岩波書店の販売店信山社がReclam文庫を扱っていて,郵送してもらった。〝Also sprach Zarathustra〟が600円,〝DIE GEBURT DER TRAGöDIE AUS DEM GEISTE DER MUSIK〟が300円だった。昭和48年の話し。

 その頃,ニーチェの全集は理想社から出ていて,買いたいなあと思って,在庫を電話して確認したりしたことを思い出します。多分全冊揃ってなかったのか,結局買わなかった。ずっと後になって,これは,ちくま文庫に収録された。

 そのうち,白水社から,3期に分けて本格的な全集が出ることになったので,求めることにした。そして,いつしか月日が流れ,そのころのことが記憶の彼方に去り,今,隣に並んであるこの全集を見ても,Ⅱ期で終わっている。Ⅲ期はどうなったのかしら,と思って,終わりの頃の月報を探しても,白水社のホームページを見ても何も書いていない。それに,古書ネットで捜しても,Ⅲ期のものはない。

 Ⅱ期の別巻が「ニーチェ研究譜」となっているので,終わったのでしょうね,きっと。

 岩波文庫は,氷上英廣訳で「ツァラトゥストラはこう言った」が上下2巻。・・・下巻が手元にないぞ。亡くしたのか,もともと買ってないのか,わからなくなった。上のはうは,いろんなところへ持っていったので,かなり痛んでいる。本はすべて墓場まで持っていけないので,せめてこの岩波文庫を棺桶にいれてもらうようにしたいと思っているので,やはり,下も捜しておかなければ。(その後購入しました。安心して死ねます。)

 秋山英夫訳「悲劇の誕生」。こちらもよい訳だと思う。木場深定訳で「道徳の系譜」と「善悪の彼岸」。手塚さんの訳で「この人を見よ」。以上が岩波文庫。

 その他,西尾幹二訳さんの訳で「アンチクリスト」(潮文庫)。この書の成り立ちについては,白水社版のニーチェ全集に収録されたときに,西尾さん自身によって明らかにされた。何と,世界の名著に入れる予定だったのが途中で中止となったということである。

 阿倍六郎訳「人間的な,あまりに人間的な」(新潮文庫)。このあたりが,乏しい小遣いで買うことのできたもの。

 

コナン・ドイル

 有名なシャーロック・ホームズ物語は短編・長編ともに新潮文庫ですべて読みました。全編に貫く論理レトリックに魅了されない人はあまりいないでしょう。すべてを忘れて読み耽けることができたということは、しあわせな時間をもっていたということでしょうか。

 

アーネスト・ヘミングウェイ

 高校時代にカミュとあわせてスタインベックを出たばかりの大部な新潮世界文学で読んでいたのに、ヘミングウェイは読んだことがなかった。読み始めたのは、ペンギンブックの「老人と海」を買った浪人時代よりあとではないかと思う。その後、短篇集や「武器よさらば」などをやはりペンギンで買って読んだ。特に、「武器よさらば」の冒頭の原文には感心した。

 

 

聖書

 聖書は,世界の名著12にあり,旧約聖書も新訳聖書もほどよく選択され,丁寧に訳されていて読みやすい。聖書には,実にいろいろなものが含まれている。神話,歴史,伝承,民族学,信仰(当たり前だが),語源,オカルト・・・と,まさに豊饒である。

 筑摩書房の文学全集にある「聖書」は文語訳の旧約聖書,新約聖書を,それぞれ関根正雄氏,木下順治氏が編集したものである。

 旧約はユダヤ教の教典だから,ヘブライ語で書かれている。新訳は不思議なことにギリシア語で書かれている。コイネーという方言だと思っていたら,高津春繁著「比較言語学入門」(岩波文庫)のp.50に

「西紀前四世紀後半アッティカ方言にイオーニア方言の要素が加わり,アッティカ方言にのみ特有な形を除いたものに種々の方言に共通な要素を加味した一つの共通語コイネー(Κοινη)なるものが生じて,これがマケドニア帝国の勃興とともにその広大な版図に広がり,ヘレニズム時代に東地中海の一種の共通語として行われるに至った。原始キリスト教会の用語はコイネーにほかならない」

とあって,単純ではない。これでは,方言どころか標準語ではないかと思ってしまう。込み入ってきたので,古典ギリシア語と,新訳聖書のギリシア語は少し違うようだと,書いておきましょう。

  ヘブライ語の参考書は,池田潤著「ヘブライ文字の第一歩」(国際語学社)というのを,1冊だけ持っているのですが,全く進歩しません。文章は読めなくてもいいから,文字だけは,60歳になるまでに読めるようになりたいものだと思っております。この本の15ページにアルファについて説明があります。フェニキア語の牛(アルファ)の頭文字から来ている。祖シナイ文字のアルファは牛の頭の絵です。それを右回りに90°回転されると。フェニキア文字になり,さらに90°回転させるとAになるというものです。ギリシア文字のアルファは牛なのです。

 

Albert Einstein

 20世紀の物理学に大きな影響を与えた,特殊相対性理論,光電効果,ブラウン運動についてのEinsteinの論文は1905年に発表され,2005年がちょうどそれから100年ということで,昨年は様々な催しが開かれ,また多くの本が出版されたことと思うが,そういう流行とは距離をとる小生としては本を買わなければ読みもしないが,そろそろその騒ぎ(というほどでもないか)も収まったようなので,昔買った本などを取りだして,整理してみよう。

 手に入りやすいものとしては,岩波文庫。内山龍雄訳・解説「アインシュタイン 相対性理論」。1905年の特殊相対性理論の原論文の翻訳と詳細な解説。

 次が,矢野健太郎「アインシュタイン」(講談社学術文庫)。矢野健の解法のテクニックというのはある年代の方には懐かしい記憶があることと思うが,その矢野健さんの本だから一読の価値はあろうというものです。これは講談社からかつて出版された人類の知的遺産シリーズの1冊です。このシリーズは伝記,解説,著作の一部が入っているというなかなか便利なシリーズだったが,哲学者の多くの作品は一部しか収録されてないし,他に全訳が出版されているというような事情があったせいだと思うが,多く出回らなかったようで,現在ではなかなか手に入りにくいようです。しかし,そのせいか,そのうちのいくつかが学術文庫に入っていて,求めることが可能です。 原論文の翻訳も8編入っているので,いいと思います。

 以上2著が出る前の,若い頃買ったのが,東海大学出版会から出ている物理学古典論文叢書の4「相対論」。これにはプランクやミンコフスキーの論文の翻訳も入っているので,一読の価値有り。他の巻にも有り。

 さらに,本格的なものであれば,共立出版から出ている,湯川秀樹監修「アインシュタイン選集」(全3巻)が解説も詳しくていいでしょう。

 原論文がweb上にあるのではないかと,調べてみたら,アインシュタインの主な仕事が発表されたAnnalen der Physicという学術雑誌が,昨年増刊号を出し,再掲載しております。Historic Paper として載っているEinsteinの原著論文はpdfで閲覧可能ですので,興味のある方はどうぞ。

  これは概論で,入門書ですが,アインシュタイン,インフェルト著,石原純訳「物理学はいかに創られたか」(岩波新書,上下)。これは歴史的には古く,岩波新書の50,51という番号がついております。旧赤版で,一番最初のデザインの赤版です。翻訳の初版が1939年です。そして今でも,勿論改版され赤いきれいなカバーがかけられて店頭にありますからたいしたものです。

 アインシュタイン著,中村誠太郎,南部陽一郎,市井三郎訳「晩年に想う」(講談社文庫)。これは“Out of My Later Years”という論文・評論・講演集の翻訳である。記事解題として目次に対応して,各文の初出があきらかされてあるので,上述の学術文庫と併せて読むとよい。なお,本書は日本評論社より刊行されていたのものの文庫版である。

アインシュタイン関係の参考書,すなわちアインシュタインの著作でないものもたくさんあります。

矢野健太郎「アインシュタイの不思議な世界」(日本放送出版協会)の105頁には,プラハ(プラーグ)のドイツ大学で,幾何学者のゲオルグ・ピック教授と知り合いになり,ここで一般相対性理論に必要な数学の知識を得る準備ができたことが書かれております。

 

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BIBLIOTHECA 中国

 水滸伝

水滸伝は全て岩波文庫で読んだ。


史記

史記は複雑である。いや史記についての私の感想が複雑である。

武田泰淳さんの「司馬遷ー史記の世界」は名著として評判は高いが面白くない。入門としていかがであろうか。先へ進めないのである。

その点、中島敦の「李陵・山月記」(旺文社文庫)ほど長い間、史記への憧憬を私の胸に灯し続けたものはない。厳密に言えば小説「李陵」の方だけではあるが。いや他の中国小説も漢文学の世界への格好の入門書ではあったが・・。

そんなわけで、史記は何度もチャレンジしたが源氏といっしょで長くは続かなかった。

碩学・宮崎市定氏の「史記の世界」(岩波新書)も私にはいい入門書ではなかった。

何度目かのチャレンジの時、世界の名著で、刺客列伝・荊軻のところを読んで急に面白くなって、結果として、世界の名著で列伝を済ませた。一部省略されているのだから完璧ではないが、まあ良いとしよう。

やっと弾みがついたので、すでに所持していた新釈漢文大系で読んで無いものは図書館で借りた。

最後が近づくにつれて新釈漢文大系の史記は完結して無いことがわかった。どうしようかと思案していたところ、ちょうどそこまで達した時に新刊本が納入されたので、めでたく完読できた。

読み方は原文で訓読した場合もあれば、書き下し文で読んだり、意訳で読んだりとまちまちであった。

ただし、新釈漢文大系では医学のところは担当者の能力を超えているので注釈を諸略すると書いてあったので私も読んでいない。









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BIBLIOTHECA 日本近代〜現代

 小林秀雄さんの巻

 小林さんのもので,まず1冊あげるとすると,角川文庫の「私の人生観」である。これほど楽しい本は他にはなかなか見あたらない。この本には,舟木一夫の歌ではないが,「若さがいっぱいとんでいた」。「処女講演」には,ビールを一杯ひっかけて行ったことが書いてある。井守を山椒魚の子だと間違えて佃煮にしたら,と言ったりする話しもどこかにあった。と,どうでもいいようなことばかりしか,今では覚えていないが,この本一冊で私は小林さんの大ファンになった。そして圧巻は講演録「私の人生観」である。文化人というサルはラッキョウの皮ばっかり剥いて・・・という有名な文句も出てくる。

 小林さんの晩年の講演を聴く機会が一度だけあった。正宗白鳥さんの生家が取り壊されて,その後に文学碑が建って,そのときの記念講演だった。足が少しふらついていたし,赤い顔をされていたので,やはりビールをひっかけておられたのではなかろうか。正宗さんについては,一杯書いてあるので,話すことはありません,と言われながら,いくらでも話しが出てきた。すごい人だと思った。その時,安岡章太郎さんと大江健三郎さんも,正宗さんについて話しをされた。

  付録:正宗文庫のことなど。   正宗白鳥さんの兄弟はすごい。画家もおられれば,国文学者もいる,という案配だ。その国文学者の正宗敦夫さんが白鳥の弟で,白鳥は東京に出てしまうので,田舎の家を守る形になった。とはいえ,次男故にか,生家には住まず,少し山のほうに登ったところに分家した。本家より少し小さいのは,分家という配慮か。その正宗敦夫さんは独学で万葉集総索引を完成される。その敦夫さんの蔵書が正宗文庫で,白壁の土蔵で,母屋よりも立派であるから,いかに古典の蒐集に務められたかが偲ばれた。敦夫さんの息子さんと,その奥さんがおられ,息子さんは昼間から酒を飲みながら何か書かれていた。宇田川容庵の「舎密開宗」の版本が見たいと来意を告げると,快く,重々しい土蔵の扉を開いて見せてくださった。白鳥のことなどもお聞きすることができた。

 次に手に入れたのが筑摩の現代日本文學大系60「小林秀雄集」(昭和44年2月)この全集は全巻は持っていないが,今から思えばまことに贅を尽くした,戦後文化の,まだ元気な頃の雰囲気が伺われて,楽しいのだが,思い出してみれば,この全集の刊行中に筑摩書房は会社更生法を申請しているから,単純には喜べないか。しかし,この小林さんの本は中身も装幀,紙質も豪華で今でも大切に扱っている。さて,中身だが,様々なる意匠,Xへの手紙,おふぇりあ遺文,ドストエフスキイの生活,ランボオⅠ,Ⅱ,Ⅲ,無常といふ事,などなどと,タイトルを見ただけで血が湧き肉が踊る作品のオンパレードである。

 小林さんの全集は新潮社のものをもっております。これで、「本居宣長」などを読みました。でも、全ては読んでいないと思います

 

三島由紀夫さん


今までに一番ん熱心に読んだのは『春の雪』であるが、「豊饒の海」4巻の最終巻である「天人五衰」について書く。これはまさに三島さんが辿り着いた最後の境地だと思う。そしてそれは認知症の文学でもある。認知症の文学といえば、有吉佐和子さんの『恍惚の人』が有名だが、シェイクスピアの『リア王」とヘミングウェイの『老人と海』も優れた認知症文学である。

「天人五衰」の最後は、ということは三島由紀夫さんの人生の最後の認識であもあるが、主人公の本多繁邦が1巻から見てきたことが否定される。否定されても読者にはそれは事実であって消えていくものではない。すなわち、小説上の結末でそのような認識論に到達するのである。いやその認識論は「春の雪」ですでに到達していたのであるが、それを具体的に書いただけであった。それを三島さんは大乗仏教の唯識論だという。唯物論でも唯神論でもない。唯識論である。

 主人公の本多繁邦は、聡子から松枝清顕はいなかったと言われて、それを否定できない。そんなことはない、と言ってみたところで、それを否定される。あると思えばあったのだし、なかったと思えばなかったのだと思う。人生の最後は、来し方を見れば、すべて遠い幻である。


 三島由紀夫さんの本はたくさん持っていますが,いわゆるお値打ち品はありません。そういうものを集める趣味は今も昔もありませんので。普通の出版物と古本屋に安くあったものを求めただけです。 強いて珍しいものを探せば,婦人公論の付録の「文章読本」というのがあります。といっても,読むだけなら中公文庫にも全集にもありますから,珍しくも何でもありません。

 せっかくですから,紹介しておくと,婦人公論昭和34年新年号付録ということです。旧仮名使い,新漢字です。159ページで,「特価本誌とも150円」とあります。中身は勿論おもしろいです。

 完全な全集は、二度出ております。一度目が黒、二度目が赤茶っぽい煉瓦色です。二度目のものは少し買っただけです。一度目のものは、インフレの時代で、定価改定の前に揃えました。昭和51年のことです。広島で市内の大型書店にないものは、郊外までバイクで周り、店頭に残っているのを買ってきました。 

 

2・26事件

  三島さんはよっぽど2・26事件が好きだったようで,いろいな作品がありますが,旧全集(旧全集というのは,没後刊行された最初の全集のことです)の35巻補遺の214ページに「壮年の狂気」(原文は旧漢字,以下同じ)という未発表エッセーがあります。「旧臘のクー・デタ未遂事件」とか「私自身の同世代の三十半ばの人」「新年だからと云って」というような表現がありますから,昭和35年頃の12月に書かれた原稿だと思われます。このクーデター未遂事件というのは,聞いたことのある,外電がスクープして,政府筋が否定したというのと同じかどうかわかりませんが,今思い当たりません。この文と,集英社の文学全集の磯田光一氏の解説は見事に符合しておりますから,興味のある方は是非,併せてお読み下さい。

  「青春と読書」というのは集英社の月刊PR誌だが,その200.5に森詠「はるか青春」という連載小説がある。そこに,あの11月25日のことが出てくる。「空はあくまで澄み切った秋晴だった。」(p.104)

 このように,三島さんの生前に若年だった人たちの回想のようなものは,印象的なものがままあるが,総じて,没後数年後の三島論やその類のものは面白くない。だから,雑誌の特集号などは買うが,2・3行読んだだけで,ほとんどうっちゃっている。そんな中にも時々例外がある。「すばる」200年10月号の瀬戸内寂聴・三輪明宏両氏の対談「今こそ語る三島由紀夫」はなかなか良いお話に溢れいて,結局最後まで読んでしまった。

辻邦生さん

 辻邦生さんの亡くなられてからの最初の全集の目録を見ていて,「フーシェ革命暦」の第三部というのがあって,驚いたものです。ある年,ニートからの足を洗う見込みがたったことと,少し経済的余裕があって,1月号から,「新潮」「文学界」「群像」「海」「文藝」という,今では死語となった「純文学」誌を定期購読することにしました。そのときの,文学界で「フーシェ革命暦」は連載が始まったので,目を皿のようにして読んだことを今でもはっきりと覚えております。しかし,配達の本屋さんのエリアの外に出てしまい,購読が止まりました。それに忙しくて全てに目が通せなくなって,それにあまりおもしろくない小説が大部分で・・・・。ということで,雑誌購読が止まり,単行本になってから買って読んで,私の頭の中では,第二部で完結していると思っていた訳です。どこかで読んだのですが,第三部は。未完ということで,単行本になる可能性はないでしょうから,いつか,全集で買って読むしかありませんね。

 三島さんと辻さんは,ほぼ同世代なのですが,辻さんの著書が爆発的に出版されていくのは,三島さんが亡くなられてからです。ということは小生が成人した後ですから,辻さんの本はほとんどを購入してきましたので,全集は買うつもりはありません。「背教者ユリアヌス」は中公文庫。「春の戴冠」は新潮社の単行本という具合です。「パリの手記」や「モンマルトル日記」などの日記に近いエッセーや,その他の作品もいつも発売と同時に買って読んだものです。 



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2026年8月17日月曜日

因島・ふるさとの歴史を学ぶ会資料 第128回 2026年12月15日



















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因島・ふるさとの歴史を学ぶ会 

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2026年Vol.11 第117回 第118回 第119回 第120回 第121回 第122回(6月)
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重井公民館だより連載「重井村四国八十八ヶ所霊場」 

因島・ふるさとの歴史を学ぶ会資料 第127回 2026年11月17日

 















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