2026年6月6日土曜日

重井小学校史 白滝市活動

校舎の変遷 木造校舎以前

校舎の変遷 鉄筋校舎

 小学校史(戦前編) 小学校史(戦後編)  木造校舎以前 校舎の変遷木造校舎1 木造校舎2 鉄筋校舎



校舎の変遷 木造校舎2

1922大正11年壬戌 5月校舎大改築。 
1923大正12年癸亥 2月重井尋常高等小学校校旗制定。3月校舎新築落成式。講堂新築。



 

                   昭和14年2月



昭和16、年講堂の前。左端に奉安殿が見える。
登校時、教員も児童も奉安殿にお辞儀をした。左端は門中と扉。



二宮金次郎像。校長室隣の玄関前。




校舎の変遷 木造校舎1

2026年6月3日水曜日

増補版451〜460回

ふるさとの史跡をたずねて(451)

平山画伯スケッチポイント39(今治市大三島上浦町)

 島の生活というものはおもしろいもので、いつも目にしている近くの島々でも、何かの理由がなければめったに訪ねることがない。そして一生訪ねない島の方が多いのである。

 生口島の西北部で育った平山郁夫画伯にとって大三島は対岸の島で夕日の沈む島であった。だから対岸の地は幼い頃から多くの想像をかきたてたことであろう。

 そういう意味では大三島でのスケッチは多いが、このスケッチポイント39「大三島上浦町 盛漁港」には特別の思いが込められたものだと思う。

 しかし、海岸は遠くから見ると多くの夢を誘うが、実際にその場所に行くのは意外に難しい。幸いここまでくると、大久野島経由忠海行きのフェリー桟橋があって海辺に出られる。

 残念ながら貨物船も漁船も停泊していなかったが、かすかに大久野島が見える。その向こうは画伯がかつて戦後通っていた旧制忠海中学校のあったところだから、こちらの方向を描く必然性があったのだろう。




( 写真・文 柏原林造)

2026年6月1日月曜日

夕凪亭閑話2026年6月

2026年6月1日。月曜日。晴れ。2371歩。70.7kg。朝1時間草取り。来客。午後閉校記念誌。夕方藤井医院。

2026年6月2日。火曜日。雨。822歩。69.7kg。台風による雨。外作業はできない。夜になって雨風ともに強くなる。閉校記念誌。

2026年6月3日。水曜日。晴れ。2459歩。70kg。

朝買い物。散髪。午後、閉校記念誌。明治大正昭和初期の卒業写真の整理終わる。夕方、大師堂。トルストイ、中村白葉訳、『戦争と平和』(河出書房)終わる。

2026年6月4日。木曜日。曇り時々雨。1773歩。70.3kg。閉校記念誌。

『アンナカレーニナ』読み始める。厳密に言えば再開。

2026年6月5日。金曜日。曇り。4615歩。71.1kg。

朝から閉校記念誌。午後、大師堂。タイムズ配る。夜も閉校記念誌。