夕凪亭別館(写真館)
2026年3月1日日曜日
2026年2月19日木曜日
ロスコーノート 1
大学院で化学教育史を学んでいた時、磯崎先生からしきりにロスコーの名前を聞いた。私はその時ロスコーの名前は知らなかった。磯崎先生がおっしゃるには明治以降の日本の化学教育ではロスコーの教科書が一番多いということである。それがなぜかとおっしゃられるのである。
ここでその問題の本質より前になぜ理科教育でなく化学教育なのか? という疑問である。小学校の理科教育という話ならわかるが、小学校の化学教育というようなことは聞いたことがない。だから、高校の化学教育でなく戦前の小学校の化学の教科書ということ自体がまず思いもしなかったことなのであった。さらにそれが翻訳ものであったということも驚きであった。さらに驚いたことにかなりの期間使われており、何種類かあるということである。
履修学年についてはのちに記すが、要するに高等科においては物理、化学というように、今の中学校で理科というのとは違って、分かれていたということと、その教科書がロスコーと言う人が書いた初級テキストの翻訳だったと言うわけである。
2026年2月4日水曜日
重井町誌
重井町は因島北部の純農村であった。歴史的には因島村上氏が青木城を本城にした頃からである。それ以前のこととしては尾道・浄土寺文書に重井浦として出てくるのが最初であろう。
すなわち中の庄園の北側の港として重井浦が生まれた。そこは塩の積出港であったが、やがて塩田として開発された。周辺の山々の樹木も魅力的だった。やがて重井庄として独立するのである。
2026年2月1日日曜日
夕凪亭閑話2026年2月
2026年2月1日。日曜日。晴れ。1671歩。71.7kg。
朝から記念誌準備。
2026年2月2日。月曜日。晴れ。2465歩。72.3kg。
朝、小学校のアルバムをスキャン。全て返す。午後、因島文化財旅行案内を描く会長へ郵送。
2026年2月3日。火曜日。晴れ。2299歩。72.4kg。
朝、タイムズ原稿。昼前にできる。写真のスキャナー。デコポン摘み。
2026年2月4日。水曜日。晴れ。2873歩。71.8kg。
朝、買い物。デコポン終わる。
夕月を眺める庭の小石かな
霜の朝出てくる鯉に日の光
猫の目もいくぶん閉じて水ぬるむ
2026年2月5日。木曜日。晴れ。2592歩。72kg。
今日は昼間は記念誌の原稿。夜は古文書。
2026年2月6日。金曜日。晴れ。5819歩。72.2kg。
朝、散髪。午後、竹切り。夜、記念誌少し。
2026年2月7日。土曜日。晴れ。1421歩。71.4kg。
寒い。午後来客。記念誌少し。
2026年2月8日。日曜日。晴れ。1989歩。72.2kg。
朝、選挙。のち、買い物。午後昼寝。夜、記念誌少し。
2026年2月9日。月曜日。晴れ。1918歩。70.95kg。
9時に出発して岩城島遍路一回目。9人。寒い日。太陽がいつも出ていたのでなんとかしのげた。
2026年2月10日。火曜日。晴れ。3080歩。71.9kg。
午後、文化財役員会。夜閉校記念行事実行委員会。
2026年2月11日。水曜日。晴れ。1603歩。72.1kg。
今日は一日中家にいてデスクワーク。古文書。閉校記念誌3年分。
2026年2月12日。木曜日。晴れ。1603歩。72.2kg。
朝買い物。午後、集金。閉校記念誌。
2026年2月13日。金曜日。晴れ。3385歩。72.8kg。朝から閉校記念誌。夕方タイムズ配る。同じ作業ばかりやっていると気が滅入る。気分転換しなければ。
2026年2月14日。土曜日。晴れ。1724歩。72kg。
朝から閉校記念誌2枚。昼寝。午後山へ竹切り。
2026年2月15日。日曜日。晴れ。1663歩。72.2kg。朝買い物。午後、竹切り。閉校記念誌2枚作る。
2026年2月16日。月曜日。曇り。1320歩。
72.5kg。閉校記念誌。やり方を変える。とりあえずアウトランに専念して、細部の調整は後回しにすることにした。
2026年2月17日。火曜日。晴れ。1431歩。
72.4kg。朝、定例会。14人。午後、タイムズ原稿。夜、送る。
2026年2月18日。水曜日。晴れ。1431歩。
72.7kg。朝、文学散歩。7人。午後、閉校記念誌。
2026年2月19日。木曜日。晴れ。1858歩。
72.5kg。朝から閉校記念誌。
2026年2月20日。金曜日。晴れ。4059歩。
71.5kg。閉校記念誌。
2026年2月21日。土曜日。晴れ。1683歩。
71.5kg。朝、来客。午後、竹切り。
2026年2月22日。日曜日。晴れ。4930歩。
71.3kg。朝買い物。午後、竹切り。
2026年2月23日。月曜日。晴れ。10637歩。
71.65kg。岩城島遍路二回目。7人。結願。
2026年2月24日。火曜日。晴れ。2797歩。
71.6kg。 タイムズ原稿。夜送る。午後、竹切り。
2026年2月25日。水曜日。雨。1279歩。
71.9kg。 朝、確定申告。午後、論語の会。4人。
2026年2月26日。木曜日。晴れ。3887歩。
71.1kg。朝、ゴミ出し。買い物。記念誌。 古文書。
2026年2月27日。金曜日。雨。5719歩。
70.8kg。朝から記念誌と公民館だよりの原稿。午後タイムズ配布。
夜、記念誌部会。
2026年2月28日。土曜日。雨。3036歩。
70.7kg。朝、竹切り。午後甘夏を少し摘む。夜、スマホ届く。
2026年1月22日木曜日
弘法大師伝記
弘法大師伝記一
P.1
弘法大師御伝記序
檐(のき)のしづくのとくとくときよきをあがめてこれをこひ
あしきをこばみてそれを捨、二つのものはいづれか
勝、いづれか劣れる。されは詩には見だれるを削て、
門なみにうたひ、書にはおさまれるをほめて、家一と
におこなふ、実に故あるかな、こゝろみに是をことはらん、
それ㐧一上にのぼり、下にくだつて、月日よべにめゞり
あしたにはこび、山河高にそびえ、長きになかれてか、
人畜験にあゆみ、横にはしりちじの名まへはりつらな
つて万の物かぎりなき中に貴して旦うやうやし
P.2
きは、人にならへるわるし、然れ共その心をうしなへる
僕は砂よりも多く、その徳を盛にする賢きは玉には
よりもともし故に五百にも得かたく、千載にも遇こと
まれ也、昔光仁天皇の御宇宝亀五年甲寅
の年なみに当て讃岐の国多度の郡に妙に
挺生せる大士あり、人の形にして仏のさとります法
の諱は空海和尚、登壇散花の御名は遍照金剛、
後に延喜の帝弘法大師とをくり給ふ、天精粋
をゆるして、四表におよひ、地虚霊を見がいて申方に
かゝやき、生なかに寂薄の生石蹟を慕ひづとめざる
P.3
に真常の大妙にふける兼に則野主その願
ひに随てはして法をもとむる人に櫂じ延暦の
末に纜を解て入唐し大同の始に猿をめくらして
帰朝す召身即仏の道此日にいたり頓悟頓満風
是時にしく六凡親すればわれかれ睦して万蓋
ぬれはこゝかしこ静也況や又通を飛せば目連身侭
り定を修すれは除疑念噪ぎ智を振へは文殊諍
唇を沽し悲を倩へば観音青眼を期す若夫照学
に出れば襁襴にして文翁之すゝまざるにとりひし
き草聖につけは、兮角にしも伯英て猶いやしきに