2026年8月1日土曜日

夕凪亭閑話2026年8月

2026年8月1日。土曜日。晴れ。4312歩。61.4kg。

朝5時から草取り。午後買い物。第一火曜会の準備。

2026年8月2日。日曜日。晴れ。歩。kg。

朝、家の内外の掃除。

第一火曜会 第2回

2026年8月4日         第三回

「混沌画眉」

巻上四(右)

巻上四(左)
頭注





(まも)りゃ、(つちのえ)無くとも、(いぬ)に棒、




64世青蔭雪鴻禅師の略歴

 

天保2年10月8日(1831)
越前国武生、薄金家で生まれる。幼名「忠吉」 (異説あり)小林無底の子?

 

天保7年(1836)6歳
大垣、全昌寺二十三世鐵藍無底和尚について得度。安名は「鐵肝童寿」。


(全昌寺25世鴻雪爪(全昌寺25世)の墓が大垣市の史跡に指定)

 

天保12年秋(1841)11歳
師僧、無底和尚、加賀大乗寺五十四世と転住に伴い童寿も随う。

 

弘化元年8月13日(1844)14歳
師僧、無底和尚の遷化に遭い、兄弟子の鐵面清拙(鴻雪爪(注1)の弟子となる。

 

弘化3年(1846)16歳
師僧、清拙和尚、全昌寺二十五世住職となる。童寿も随う。

 

嘉永5年(1852)22歳
全昌寺焼失に遭い、清拙和尚を助け全昌寺再建に力を尽くす。

 

安政6年8月(1859)29歳
岐阜長興寺十五世住職となる。

 

慶応3年9月3日(1867)37歳
孝顕寺三十世住職となる。

 

慶応4年(1868)旧9月8日 1月1日に遡って明治元年(1868)とする改元の詔書が出される。

 

明治5年7月(1872)42歳
環溪禅師より大本山永平寺東京出張所監院職を任命される。


10月、僧侶にも苗字を設けることとなり、「青蔭童寿」と名乗る。

 

明治6年5月8日(1873)43歳
姓名を「青蔭雪鴻」と改名する。

 

明治12年(1879)5月15日

滝谷琢宗「総持開山太祖略伝」を著し曹洞宗務局版を鴻盟社と明教社より発刊される。




谷如意(1822-1905)


小原 鉄心(おはら てっしん)は、江戸時代後期(幕末)の美濃大垣藩城代である。鉄心は号で、忠寛(ただひろ)。

岡 鹿門(おか ろくもん、天保4年11月2日1833年12月12日)- 大正3年(1914年2月28日)は、幕末期の仙台藩士、明治時代の漢学者は千仭(せんじん)、は振衣、初名は敬助、鹿門は。幕末から明治を代表する漢学者の一人で、多くの門人を数える。

 

第3回

2026年7月31日金曜日

小学化学書. 一

 ロスコウ 著[他] (文部省, 1874)    整理番号T1874a





原序

此書は化学の原理を説き童蒙をして、其大意を

知らしむるものなり。但其主意たるや徒に事物

の理を論し、生徒をして之を暗記せしめんと欲

するに非す。其要する所は、生徒を誘導し直に造

化に接して自其妙理を悟らしむるにあり。是か

為に許多の試験を設く。各事専ニ実地に就て其真

理を証するを旨とす。故に教師たる者丁寧に此

諸試験をなして生徒に指示せすは有る可から

す。此の如くすれは生徒自事物を見て、其理を考


ふるに慣習して大に利益ありとす。又時に問を

設け、生徒をして之に答へしめ、其学力進歩の多

少を試みること最緊要とする所なり。

  千八百七十三年   ロスコウ 識


*カタカナをひらがなにし、適宜句読点を打った。




中央:標目 1

小学化学書標目                     標目:目次のこと

    ◯

   巻一

 第一回

  総論

   第一章 火

 第二回

  蝋燭の燃ゆるによって起こるところを論ず       蝋燭:ろうそく

 第三回

  蝋燭の燃ゆるは炭酸の外、更に水を生ず   

   第二章 火

 第四回

  蝋燭燃ゆれとも其の質少しも消滅せざること      とも:合字トとモを合わせた字

 第五回

  前の試験に由って学び得ることを論ず

 第六回

  物の化合するとき、熱の起ることを論ず

 第七回

  前試に由って学びたることを論ず

 第三章 

  風即ち大気


*ひらがなに直すとともに現代的表記に改めた。以下同じ。

2026年7月28日火曜日

「特修化学」(仮称)について

「特修化学」(仮称)について 

                

1. はじめに 

 昭和57年度より実施されている新しい教育課程では、従来の「化学1」「化学II」という科目はなくなり「 理科I」と「化学」とい う新しい形態となった。それに伴い  「化学II」 の一部が削除されたので、全体的には化学は内容がやさしくなったといえる。 

 「化学II」は理科系志望の生徒が主として 選択復習した科目であるにもかかわらず、ど ちらかといえば現場から歓迎されずに早々と 撤退したという印象はぬぐいがたい。しかし 筆者は「化学II」において高校教育にとり入 れられた成果をここで捨て去るには惜しいよ うに思う。 

 幸い竹林保次氏によって「特修化学」(仮称・2単位)の構想が異示されているので(1)、それを参考にして筆者なりの考えを展開してみた。なおこの科目の名称として適当なものがないので、ここでは竹林氏にならって「特修化学」とさせて頂く。 


2.「特修化学」の位置づけ 

 竹林氏は「特修化学」を「理数系方面に高い理解力をもつ生徒への対策」とされている。 さらに筆者は、その位置づけとして以下の ように考えている。 

 (1) 「化学II」の削除された部分の保存。 

 (2) 高校化学の内容としての最上限。 

 (3) 「理科II」(化学分野)に対応する理論編。 

 (1)については、既に述べたように、「化学 II」の評判はよくなかったものの、モデル実験をはじめとして、多くの教育方法が開発されており、その成果をこういう形で残すことができる。しかし、「化学II」の攻罪につい てはもう少し長い目で見てから結論を出べきものではないかと思っている。 

 (2)については、指導要領とは別に、この握度までは高校でやるべきだという理想を誰しもが持っている。そういう意味でこの「特修化学」は、その最上限に位置する。 

 (3)については、(2)とも関係するが、高校化学教育という視点で全体を眺めたとき 「理科II」のような立場の研究とともに、「特修 化学」のような方面の研究も必要だということで、ちょうど「理科II」と対称的な関係に「特修化学」を位置づけることができる。 


3.内容構成 

 内容の検討に入る前に、まず新教育課程において削除された項目を指導要領から抜き出すと以下のようになる。大項目、中項目につ いては、新旧の片方にまとめず両者から適当 に選んで、形式的に整理してみた。 

 (1)~(2)が大項目、ア~ウが中項目である。  

 (1) 物質の構造 

    ア.原子の構造 

          原子のエネルギー準位 

    イ.化学結合 

           金属結合 

        ウ.分子の構造と性質 

           簡単な分子の構造、極性 水素結合、分子間力 

    エ.遷移元素 

            遷移元素の特徴、錯イオン 

 (2) 化学反応 

    ア.化学平衡 

            平衡定数、乱雑さ 

        イ.反応の速さ 

            触媒 

                            

    炭素化合物(有機化合物)については、大きな 変更はないので、敢えて挙げなかったが、反応性に関する理論的取り扱いが削除された。 

 次に上記のことをもとに、内容を章立て風 に記す。 

 1. 原子の構造と化学結合 

  (電子のエネルギー準位、金属結合、極性水素結合、分子間力) 

 2. 化学平衡と化学反応の速さ 

  (平衡定数、乱雑さ、活性化エネルギー) 

 3.遷移元素とその化学物 

  (錆イオン、配位結合) 

 4.炭素化合物の構造と反応 

  (反応のおこる位置) 

 5.定性分析・定量分析 

  (陽イオン・陰イオンの定性分析、若干の定量分析) 

 全体を2単位として、ストーリー性をもたせるのは大変なことである。「化学」に含まれることはできるだけ避けることにしてもちょうど 「化学I」と「化学」で重複する部 分があったように、削除された部分だけで説明する訳にいかない。特に2.化学平衡と化 学反応の速さでは「化学」と重複せざるを得ない。 


4. 形態 

 以上のことを踏まえて義用資料を作る必要がある。 

 (1) テキスト・・・教科書風記述 

 (2) 演習問題 

 (3) 実験書 

 (4) 資料・データ集 

 演習問題については、従来の入試問題に準じた形式に加えて、作業的なものも加えてお くとよいであろう。(グラフ化、模型の製作) 


5. おわりに 

 本稿で引用させて頂いた竹林保次氏の提案は第3者がまとめた講演紹介の文によった。 講演錄や竹林氏自身によって書かれた論文を見ることができなかったので、筆者の誤解があるかもしれない。お許し願いたい。 

 本稿で展開した事例を具体的な教材に作製するのは次の段階の仕事である。 

 科目「化学」を中心に展開すべき課題は数多いが、とりあえずこの方面のシラバスを考えてみた次第である。ご批判を頂ければ幸いに思います。 

注 

1) 化学教育,30 (2),192 (1982)                    (昭和59年1月8日) 




   研究紀要「邑久高紀」第10号 p.39-41  岡山県立邑久高等学校 昭和593 

2026年7月27日月曜日

生徒と教師をとりまく状況

      

1.はじめに。 

 公的な場での発言にはアンケートや調査にもとづく資料がともなうのが現代社会の 慣例である。 そして, そのような「科学的な」裏付けのない意見はたいていの場合しり ぞけられる。 「科学的」 というのは、あくまでも思考や学問の方法にすぎないのに「 科学的」でないというだけで否定されたりするのは悲しい風潮だと言わざるを得ない。 なぜならば,科学的に因果関係が証明されてから対策を立てても手遅れになっている ことの方が多いほど、 現在は複雑な時代であるから。 特に教育の場では 「おやおかし いな」と思った時には,事態は相当すすんでいることが多いのではなかろうか。 

 ここでは,以上の観点から今はあまり問題にされないが,やがて直面せざるを得な ないと思われる問題を指適して話題の端緒としたい。 


2. テレビの影響について。 

 テレビが現代社会に与えた影響は, はかりしれない。 しかし, こと個人の成長にと っては,否定的にならざるを得ない。 否定的な観点からは朝日新聞の教育コラムでも リポートされた (S.59. 1~2月) 小中高生については, 内容と時間の問題である。 したがって教育の問題となるので, 解決に致らなくとも問題点は明白である。 生れた ときからテレビを見ている, それもカラーテレビを見ているということこそ問題では なかろうか。 朝日新聞のリポートでは長時間テレビの前で育てられて言語障害になっ た例がとりあげられた。 しかし, 読者はそれを特殊な例としてみるだけであろう。 普 通に,すなわち3 ~4時間程度であれば問題ないと思う親が大部分ではなかろうか。 その悪影響を科学的に立証するのに何年かかるであろうか。 立証されたときでは,既 に手遅れである。 もう2~3年もすれば同世代の半数以上が生れたときからカラーテ レビを見て育ったという人たちの群れが高校生になる。 


3.過情報化社会について。 

 現在生産され流通している情報の量は, 平均した場合、個人の生物学的理解処理能 力をこえており, それにもかかわらず情報量は指数関数的に増えているという意見を 認めない人は少ないと思われる。 生徒が教師の話しを聞こうとしないのも, 処理能力 をこえた過情報に対する生物的拒否かもしれない。 (それだけではないが。) 

 情報の中味の善悪が問題なのではない。 たとえば書物の問題。 良い本, 役に立つ本, 読むべき本がたくさんある。 しかし, すべてを読むことができない。・・・どれを読 んでも同じだ。 どれも読まなくてもよい。 このように考えるのに思考の飛躍はい らない。 

  良心的に良い情報につきあえばつきあうほどストレスは蓄積される。 そしてある日 ポックリ・・・。「情報に殺された」 人間が増えているのではなかろうか。 教師もま た情報の生産者,それも拡大生産者なのである。 


4. 性の問題 

 10代の妊娠が増えていると聞く。なぜマコミは警鐘を発し啓蒙しようとしないのか。 校内暴力の次の問題は性の問題であり,これは米国のたどった道とよく似ている。 高 校に託児所をつけるか, 産婦人科医を常駐させるようになるまで, 我々は見ているしかないのであろうか。 


5.モラトリアム人間の増加。 

 大人にならない, あるいはなろうとしない子供が増えているという。 30歳成人説と 

いうのがあった。 現在の高校生では35歳くらいと考ればよいと思う。 制度上の20歳 

との間に差がありすぎる。 単純計算してみると, 17 (高二) × 20/30 =11.3 という 

ことになり,20歳成人制度下の小五になる。 マンガを読んでもおかしくはない。 進 

路に対して考えが定まっていなくて不思議ではない。 そのようなことを配慮しながら 

なおかつ17歳としての生き方を要求・指導することが大切である。 以上精神面。 


6. 教師の自主研修と強制研修 

 教師というものは次の世代の教師を育成せざるを得ない宿命をもった, 生物の自己 

複製にも似た不思議な存在である。 教育の荒廃は教師の質の低下を招く。 自主研修で 済まなくなれば強制される形での研修が増える。 


7. 家庭崩壊について。 

 この問題についても何ら対策はなく,その数が増加している。 そしてこのことが教 育界に与える影響も, 今後さらに深刻になると思われる。 


8.公害問題,環境問題。 

 この問題については, 新局面を迎えていることを指適したい。 すなわち, 一部の地 

域の問題ではなく, すべての人にかかわってくるところまで事態はすすんだというこ 

とである。 そしてその原因をも一人ひとりが日々作っているということである。 


9.社会問題の悪化。 

 エネルギー問題, 食糧問題等解決の見通しのたたない問題が増えている。 社会不安 

から終末論,さらにはニヒリズムへとすすむ国民感情の流れに対しても注意しなけれ 

ばならない。 


10. ささやかな提案。 

事態の根本的解決策にはほど遠いが, 次の3点を提案したい。 (1) コピー・印刷の減 少運動。 (2) 世代を超えた共通体験としての読書・・・・ 夏目漱石 (3) 防災訓練の強化。

 

11. おわりに。 

 いずれも5年前に討論されるべきだった問題である。 しかし, 本格的に問題にされる までには5年ほどかかりそうである。 心してかかりたいと思う。 


 ※参考書:立花隆 「文明の逆説」, ハンクロペス「ハーバードの神話」, ムーディ「 テレビ症候群」, 西尾幹二 「日本の教育 ドイツの教育」, 小此木啓吾 「モラトリアム 人間の時代」    1984.2.23.