大学院で化学教育史を学んでいた時、磯崎先生からしきりにロスコーの名前を聞いた。私はその時ロスコーの名前は知らなかった。磯崎先生がおっしゃるには明治以降の日本の化学教育ではロスコーの教科書が一番多いということである。それがなぜかとおっしゃられるのである。
ここでその問題の本質より前になぜ理科教育でなく化学教育なのか? という疑問である。小学校の理科教育という話ならわかるが、小学校の化学教育というようなことは聞いたことがない。だから、高校の化学教育でなく戦前の小学校の化学の教科書ということ自体がまず思いもしなかったことなのであった。さらにそれが翻訳ものであったということも驚きであった。さらに驚いたことにかなりの期間使われており、何種類かあるということである。
履修学年についてはのちに記すが、要するに高等科においては物理、化学というように、今の中学校で理科というのとは違って、分かれていたということと、その教科書がロスコーと言う人が書いた初級テキストの翻訳だったと言うわけである。