「あら、園田君でしょう?」
お互いの目があった。園田武弘も、すぐに思い出した。大学時代の同級生だ。
「多岐元さんだった、かな?」
「そうよ、多岐元です。今は山野だけどね。この辺に住んでるの? 不思議ね。ちょっと待って。レジ済ますから」
三ヶ月ほど前にオープンした複合ショッピングセンターの一画にある食品スーパーだった。園田にとっては勤務先とアパートの途中にあり、帰宅時にしばしば立ち寄っていた。
いつもより早いせいか、少し混んでいた。
ここは園田が生まれたところとは違う。園田は尾道で生まれて育った。県は異なるが近くでもあるので、岡山県で就職した。でも、なぜ多岐元がここにいるのか思い当たらなかった。結婚してここにきたのかと思った。
「懐かしいわね。いろいろとお話してみたいわ。でも、今日はこれからお仕事なの。そうね」と言いながらバックから手帳を出して、「明後日の午後だったら空いているわ。土曜日の二時ごろいかがかしら。お仕事は?」 こう言いながら、手帳のカバーから名刺を取り出した。
「そこの南城高校に勤めてるよ。午後ならだいじょうぶ」
「よかった。すぐ近くよ」
多岐元は、白い名刺を園田に渡すと、「きっと来てね。じゃあ、ごめんなさいね」と言って足早に出ていった。名刺には山野杏子と印刷してあった。
彼女はただ普通に言ったのだろうが、園田には実に優雅に聞こえた。乾いた唇の間から覗いた象牙色の歯は、細い小皺の浮いた目元とはやや不釣り合いだが、光っていた。
園田は土曜日の午後、名刺に書かれている場所を訪ねた。
緑の山を背にした白いマンションだった。東側には池があった。周囲を覆う木々が水に写って長閑な佇まいをみせていた。小さな水鳥の数羽が群れていた。岸に近いところには枯れた芦が水面からまばらに出て、褐色の茎が風に揺れていた。十月の午後だった。何もかもが静かだった。
三階だった。エレベーターもあったが、階段を上がった。壁面に塗られたペンキが午後の日を反射していた。階段には紙くず一つ無く、丁寧に管理されていることがわかった。部屋の前に行って止まった。部屋番号を彫ったプレートから少し上に、白いプラスチックケースで覆われた門灯があった。園田が目を上げたとき、ケースの横で、透明な糸が小刻み揺れて銀色に光っていた。
園田と多岐元とは大学の同じ学科の同級生だった。農学部の造園科だった。
園田は卒業後、大手の種苗会社の開発部に勤めたが、一年で辞めた。大学に戻って聴講生になった。農業科と理科の教員免許をとり、今は高校で生物を教えている。このように、卒業後のことを話した。
多岐元はガーデンプランナーを志していたが、幼児期より習っていたピアノの腕を生かして、音楽教室を開いていると言った。
夫は病死し、年子の兄と妹の二人の子どもがいると言った。
マンションに住んでいながら、玄関をはじめ至る所に配置された観葉植物が、彼女の趣味なのだろうと園田は思った。多岐元が生活の資は音楽から得ていても、園芸からすっかり足を洗っていたわけではないということがわかって、園田はうれしかった。みんながみんな、自分の専攻に直結する仕事につける訳ではない。しかし、せっかく選んだ進路である。進路選択には偏差値とか、いろいろあって、すべての人が思い通りの進路を選んでいるわけではないが、選んだ以上、それが自己のアイデンティティになっているはずである。だから、専門そのものに直結した仕事ではなかったにしろ、何らかの関連した仕事につくべきだと思っていた。
窓の外にも緑の葉っぱや高く伸びた茎が見えたから、ベランダにも植物が置いてあるのだろうと園田は思った。
園田自身は、高校で生物を教えていても農学部を卒業したということは園田の考え方の根っこになっていて、消えるものではないと思っている。だから、多岐元が植物に囲まれた生活をしていることに、尊敬に似た感情をもった。
園田にとって、大学一年の時の彼女の印象は、はなはだ薄い。彼女は合唱部に入っていたということくらいは知っていた。三年になると、専門科目と実習が増えたから、ほとんど同じ講義を受講した。卒業研究の研究室は異なったが、同じ棟だったから顔を合わす機会はしばしばあった。
その後のことは彼女自身がさっき語った。合唱部で二年先輩だった歯学部の学生と結婚し、歯科医師の妻になった。夫は大学病院と公立病院で研修し、故郷の山口県に帰って歯科医院を開業した。しかし、開業四年目に脳卒中で亡くなった。夫は次男だったし、夫の両親は長男が面倒を見ていたので、多岐元は子どもをつれて実家のある高梁市に戻ってきたということだった。姓は結婚したときのままだから、今は山野杏子だと言った。
高梁に帰って、両親と同居して、ピアノを教えていた。小学生や中学生が大部分だから、夕方から夜に仕事は集中していたが、両親の協力で子どもたちのことは、何とかやれた。しかし、先々のことを考えて、長男が小学校に上がるときに、倉敷に来た。倉敷なら実家のある高梁まで近いし、ピアノ教室を開くにも何かと都合がいいと思ったからだ。多岐元が倉敷に住んでいることは園田にとっては意外な感じだったが、そう説明されて、確かにそうかもしれないと思った。女手一つで子どもを育てようと思ったら人口の多い市街地のほうが便利だろう。
「それで園田君は、結婚はしてるの?」
「いや、まだだよ」
「ああ、よかった」
「なぜ?」
「だって、強引にお誘いしたでしょう。だから、奥さんに何と言って来るのかと気になっていたの。悪かったかなと思ったりして・・心配だったの」
「取り越し苦労をさせたね。心配ご無用。気楽なもんだよ」
「だったら、いろいろ相談させてもらっていい? 子どものことなど」
「構わないよ、僕でよければ」
その時、ドアのノブを回す音がした。何回も回しているようだ。なんだ、開いてたんだ。だから、回したらしまったから、どうなったんだと思ったよ。
子どもの声だ。独り言のように言った。
男のが子が入ってきた。ランドセルではなく、薄っぺらな手提げ袋を二つもっている。塾から帰ってきたということが一目で分かった。
山野がお帰りと言うと「ママいたの」と笑顔を返した。
「ママの大学時代のお友達なの。高校の先生よ。ご挨拶しなさい」
「こんちわ。翔太です。妹は美香だよ。もうすぐ帰るよ」
朗らかで、物怖じしない性格のようだった。園田は一瞬緊張したが、すぐにくつろいだ。
玄関のほうでドアを開ける音がした。今度はすぐにやんだ。帰ったわよ、と呼びかけるように言う。
少女はただいま、と言って入ってくるとみんなを見た。園田と眼があった。山野が先ほどと同じように言った。
「美香です。よろしく」
翔太とほとんど同じくらいの身長だった。見ただけなら、どちらが上かわからない。
園田も、同じように、「園田と言います。よろしく」と言ったら、美香が笑った。
「高校の先生なら何でもできるよね」
翔太は園田の方を向いてから、母親の同意を求めるように言った。
園田はちょっと不安になった。サッカーとか野球を教えてくれと言われたら、どう答えようかと思った。一緒に遊ぶことくらいならできるが、指導はできない。一週間もすれば、指導のネタが尽きてしまう。
多岐元が翔太を見て、何が言いたいのというような顔をしていた。
さいわい翔太は初対面の園田を困らせるようなことは言わなかった。いったん自分の部屋に戻ると、ミニカーををもってきた。壊れて動かないと言った。
外からだけではわからない。工具がないかと園田が言うと、翔太はまた奧の部屋に入ってからドライバーセットをもってきた。いずれも大きすぎて使えなかった。精密ドライバーと瞬間強力接着剤があれば何とかなるだろうと思った。
園田は、今度来るときに、修理に必用なものを持ってくるよ、と言おうとして、一瞬躊躇した。ここに来る口実を作っているようで、山野にずるい男だと思われるのではないかと勘ぐった。しかし、先ほど、相談したいことがあると彼女のほうから言ったんだから、そんなことは気にしなくてもいいのではないかと思い直し、そのように言った。
「申し訳ないわね。でも、うれしいわ。また来ていただけるのだから」と山野は笑った。
園田は安堵した。
「いつがいい? 塾がない日がいいだろう」
「明日」
「明日は無理だな」園田は明日は精密ドライバーを買いに行こうと思った。
「明後日は塾だね。その次」
カレンダーを見ながら翔太が言った。
三日後に来ることになった。
「食事を準備しておくわ。子ども達と食べて帰って」
山野はさわやかに言ったが、一面では哀願しているようでもあった。
山野のところを辞して、園田はふと不安になった。まだ、子ども達とは初めてあったばかりだ。それなのに、いくら大学時代の同級生だがらといって、食事までご馳走になっていいものか。子どもたちは何と思うだろうか。父親のいない家庭に、若い男性がやってくる。子ども達は単なる大学時代の友人だと理解できるのだろうか。あるいは、感覚的に母親と自分たちだけの親密な関係の中に他人が割り込んで来たことを拒否したりしないのだろうか。
あるいは、自分が考えすぎで、山野も子ども達もそういうことに拘泥しない性格なのだろうか。様々な思いが交錯する。しかし、一方では約束してしまった。それを反故にする訳にはいかない。
園田は翌日ホームセンターに行き、精密ドライバーと瞬間接着剤を買った。さらに遠回りをしてホビーショップへ寄って、先端の細いラジオペンチを買った。これと既にもっている工具セットがあれば、何とか修復できるのではないかと思った。
約束の日は午後から雨が降り出した。池の傍の空き地に車を駐車して傘をさした。七時前だった。部屋の前で止まると、門灯のケースの上を見上げた。予想通りだった。網状に広がった銀色の糸は美しかった。
山野はいなかったが、翔太と美香が待っていた。山野からのメモを翔太は見せた。少し遅くなるので待つ必用はないから、三人で食事をしてくれということと、忙しいだろうから、自分が戻るのを待たなくて、帰ってもらって構わないと書いてあった。
食卓の上にはサラダを盛った皿にラップをかけたものが四つ。お皿が四枚とスプーンと箸が準備してあった。炊飯器と鍋はすぐに眼に入った。
子どもたちがまだ食事をしていないことは明らかだった。
「まず、ミニカーの修理をするよ。済ませてから、食事にしようと思うがいい? お腹空いたかな?」と言いながら美香のほうを見た。
「だいじょうぶ」美香は首を振った。
「どれくらいかかるの?」翔太がすかさず口をはさむ。
「すぐ終わるよ」
園田は二人の子ども達のためにも素早く済ますのがいいだろうと思って、言い終わらぬうちに工具と瞬間接着剤を取り出した。
精密ドライバーで分解してみると、最後のギアが摩耗していた。園田は、小学生のときによくやった、姑息な手段を使うことにした。車軸を二つのラジオペンチで少しだけ曲げた。車輪は動き出した。これは応急処置だ。いつまでも持つものではない。今度動かなくなったら、ギアボックスを買い換え、車軸を元に戻せばよい。
「よし、終わった。これでしばらくはだいじょうぶだ」
園田はねじを締めて元のように復元した。
「おじちゃん、すごいね。ありがとう」こう言って、翔太はミニカーを動かした。直ったのを確認すると奧の部屋持っていった。園田はその間に工具を片づけた。
「さあ、ごはんにしよう」
戻ってきた翔太は、そう言いながら、鍋のかかったクッキングヒーターのスイッチを入れた。蓋をとるとかき混ぜた。少しかき混ぜてから、強さを最低の位置に合わせた。
キッチンの周辺は山野の性格か上手に整頓されていた。食器戸棚に収まった多くの食器を見ながら、園田は自分の一人住まいとの差異を感じた。ここには家族がいることがわかった。
夫は亡くなったと言ったが、その夫を含めた四人の家族が住んでいる空間だと感じた。たった三人で四人分の存在感があった。幼い兄妹と若い山野だけで、この雰囲気を創り出す力に感嘆した。かといって、そこが醸し出す雰囲気が自分を排除しようとするものではないことも感じられた。
翔太と美香は遅い夕食をしながら、よく笑った。園田が日々の生活について尋ねても、楽しそうに語った。
カレーを食べ終わった頃、山野が帰ってきた。山野はお茶を入れながら子ども達の話に加わった。
「おじちゃん、美香には何してくれる?」
「何って?」園田には意味が飲み込めなかった。思わず吹き出しそうになったが我慢した。
「お兄ちゃんには、ミニカー直してあげたでしょう。次に、美香には何してくれるの?」
「何してくれると言ってもね・・・」園田は返答に窮した。
「美香、それでは園田君わからないわ。美香がしてほしいことをはっきり言ったら」
「それじゃ、映画に連れって」
「映画?」山野は顔を赤らめた。
子どもたちの休みのときはほとんど仕事で、しばらく映画もご無沙汰だということを山野は語った。ご迷惑でなければ、連れて行っていただけると助かるわ。ピアノ教室は土日が中心でしょう。だから、子どもたちとはすれ違いなのよね。
土曜日、日曜日はピアノ教室を中心に動いているようだった。
この前の土曜日はたまたま、通ってくる子どもの学校行事があって休みになったので空いていたのだ、と山野は語った。
こうして園田は翔太と美香と三人で映画にいった。二人が喜ぶのを隣りで見るのは楽しかった。それに映画の内容も、大人がみてつまらないというものではなかった。アニメ映画はよくできていた。ストーリーには、意外性も備えていて、そこそこに楽しめた。
映画の報告が一段落つくと、翔太と美香はテレビを見始めた。
「園田君は食事はどうしてるの?」
「外食と自炊が半々くらいかな」
まあ、大変ね。よかったら、時々食べにきてよ。そうだ、火曜日金曜日は私が特に遅くなるの。だから、この時だけでも食べにきていただくと助かるの。どう、お互いにプラスだと思わない。
一月ほど前まで、高梁の母が来て子ども達の面倒を見てもらっていたのだが、父の具合が悪くなって、母がそちらに帰る日が多くなったと言った。
子どもたちだけで食事をさせていけないとは思っていたの。でも、仕方がなかったの。だから、園田君が時々来てくれると助かるのよ。ご迷惑かしら。
山野とその子ども達との親密さが増すに連れて、園田はある種の充実感を自分がもっていることを自覚した。そして、胡桃のことを思い出した。胡桃は中学校時代の同級生だが、別々の高校に行った。園田は、胡桃の通う短大が自分の通う大学と近いことを入学後間もなく知った。いつしか二人は親密な仲になっていた。
一年後、胡桃と歩いていた。国道沿いの歩道には商店が並んでいた。やがて、歩道は国道から別れ、両側に商店の並ぶアーケード街に連なる。
そのアーケード街に入る手前の一画に、寄り添う母子の像があった。そこにはいくらかの花束が手向けられていた。
園田はいつも見慣れているのに、その日は立ち止まって静かに眺め、説明板を丁寧に読んだ。胡桃が笑顔のままで待っていたので、少し時間をかけて丁寧に読んだ。
「あら、ごめんなさいね。おじゃましちゃって・・」
若々しい女性の声に振り返ると、胡桃は小さな幼児を両腕で支えていた。そばにベビカーを押した若い母親がいた。ベビカーには生後何ヶ月も経っていないと思われる乳児が、穏やかな寝顔で横たわっていた。
園田はその朗らかな声につられて、その母親のほうに顔を向けた。子育ての苦労など微塵も感じさせることのない、幸せに満ち足りている爽やかな笑顔であった。
「いいえ、ちっとも」
胡桃も微笑んだ。美しい笑顔だった。母親の幸福感が伝染したのか、胡桃も喜びに溢れていた。あどけない幼児のしぐさが、若い二人の女性にこれほどの幸福感をあたえるものだろうか、と園田は改めて思った。
幸福に満ちあふれた胡桃の笑顔を見て、園田は幸福な気持ちになった。胡桃の優しさを改めて知ったと思った。
彼女もいつかこの母親のように子どもを産み、今以上の幸福感に満ちた笑顔を作るに違いない。通りすがりの母子に対してさえこのような笑顔ができるのだから、まして自分の子どもなら、これ以上の輝きを彼女は放つに違いない。
あるいは、彼女もそんな光景を想像したのかもしれない。何年後か自分も、こうして幼子を連れて幸せで充実した日々を送っていると・・・・。
その日を境に園田の胡桃への情熱は急速に冷めていった。そして二人はまもなく別れた。胡桃の未来に自分のそれを重ねることが出来なかったのだ。それから十年近い歳月が経っていた。風の便りで、胡桃は既に結婚していて、二人の子どもを育てながら、実家近くの幼稚園に勤めているということを知った。
しばらくして、山野が、今度の日曜日、ピクニックに行きたいと言った。日曜日のピアノ教室は十時から正午までと午後三時から五時までだった。それぞれ別のところにある教室だ。午前中のほうは小学校の参観日になり、午後のほうは秋祭りと重なったので休みになった。園田にもぜひ行ってほしいと頼んだ。
その日の朝、園田が玄関の上を見上げると、珍しく蜘蛛がいた。クサグモに似ていた。植木に運ばれてきたものかもしれない。これまでは、いつも夜に見るせいか蜘蛛は見えなかった。
蜘蛛がいたが獲物はいなかった。しきりに網の間を動いては止まり、動いては止まっていた。網の修復をしているのだろうと思った。取り除いておこうかと思ったが、蜘蛛は益虫だし、注意して見ないとわからないほどだから見苦しいというものではない。しばらくそのままにしておこうと思った。蜘蛛は害虫である昆虫を補食するので益虫なのだ。とはいえ、農作物にとって害虫となる昆虫も、他の動物たちと互いに食う食われるの関係で繋がり、他の生命を維持するための糧となっているのだから、それなりの役割を果たしている。一方的に害虫と呼ぶのは人間中心の考え方に過ぎない。
杏子は弁当を作って、待っていた。園田の車で四人は鷲羽山へ向かった。昼前に早めの食事をして、午後は遊園地へ廻った。遊具を順番に楽しんだが、ジェットコースターの前までくると、杏子は、私は無理だわと言った。園田に翔太と美香を預けて、下から見ることにした。三人が乗ったジェットコースターが近くを通るたびに杏子は手を振って歓声を上げた。
帰りの車でも杏子は疲れた顔一つせず、園田に丁寧にお礼を言った。そして、「ついでだから、夕ご飯もご一緒しましょうよ。ね、いいでしょう」と甘えるように言った。
途中で、買い物して帰りたいと杏子は言った。園田は杏子の指示通りに車を進めた。よく行く食品スーパーではあるが、これまで来たことのない店舗だった。駐車場は混んでいたが、幸い出入り口に近いところが空いていた。
園田は、車で待ちながら玄関上の蜘蛛の網のことを思いだした。
帰った時はまた見事なクモの巣ができているに違いないと思った。どんな虫があの網に飛び込むのだろうか。他の生命を生かすのが昆虫の宿命なら、銀色に輝く美しい網に捕らえられるのも悪くはなかろう、と園田は思った。
翔太と美香はさきほどまではしゃいでいたのに、疲れが出たのか二人とも黙って、軽く目を閉じている。やがて、両手にポリエチレンの袋をかかえた杏子が戻ってきたので、園田は降りてトランクを開けた。一つの袋の中で缶ビールとワインの瓶が接していたので、園田はぶつからないように位置をずらせた。