2022年1月11日火曜日

1971年

Lost Days

1971年(昭和46年)

広島市南大河内町                 

                 

1971年1月3日。日曜日。

 Y先生宅訪問。AM11:00頃。   

 

1971年1月4日。月曜日。

 広中英,英岡本,数清原,午後 数清原

 

1971年1月5日。火曜日。

 朝一面の銀世界に驚く。(霜)。8:30 家にTel。昼,食事,買い物に出る。

 英鈴木,4限英自習。英作山本。午後英ゼミ岡本。

 

1971年1月6日。水曜日。

 英鈴木,数富田,英広中 午後数ゼミ清原。

 

1971年1月8日。金曜日。

 9時数学,清原

 11時写真。

 11時半英作文 山本

 14時より清原ゼミ。

 

1971年1月9日。土曜日。

 AM10:00因島高校 調査書500円。

 

1971年1月11日。月曜日。曇り。

 数Ⅲ森,英岡本,数清原

 

1971年1月12日。火曜日。快晴。

 英 数

 

1971年1月13日。水曜日。

 8回模試。

 

1971年1月14日。木曜日。

 家へ手紙。

 

1971年1月15日。金曜日。成人の日。晴れ。

 一面の霜。窓ガラスの水滴が氷っていた。すがすがしい朝。

 17時過ぎに外食。

 

1971年1月18日。月曜日。晴れ。

 健康診断書。結核予防センター(手紙)

 

1971年1月19日。火曜日。晴れ。

 うそのやうな好い天気が続いてゐる。

 

1971年1月20日。水曜日。曇り。午後雨。

 今日で,正式の授業は終わり。

 午後6時頃家より電話。25日のガイダンス,父来広との連絡。

 

1971年1月21日。木曜日。曇り後晴れ。

 午前中曇り。霧か靄に覆われている。3時に銭湯へ。

 

1971年1月22日。金曜日。曇り。冬型気候か雲多し。

 漢文。(特時)詩についてまとめる。大変有意義なり。

 11時頃,ダイエー。

 

1971年1月23日。土曜日。

 1限谷川。数ⅡB。3限富田。数Ⅰ。

 

1971年1月24日。日曜日。

 2限。数ⅡB。富田。

 

1971年1月25日。月曜日。

 13時よりガイダンス。清原先生。父来広。

 

1971年1月27日。水曜日。

  6時過ぎ,家から電話。

 

1971年1月29日。金曜日。

 9時から英作文。続いて漢文。

 

1971年1月31日。日曜日。

 模試。

 

1971年2月3日。水曜日。

 丸善,金正堂,ダイエーなどへ行く。

 

1971年2月5日。金曜日。

 願書提出。

 

1971年2月12日。金曜日。

  整理講座,24日まで。

 

1971年2月15日。月曜日。

 清原特論。18,19,22,23も。

 

1971年3月1日。月曜日。

  入試。

 

1971年3月13日。曜日。

 実家にて。

 何となく目的もなく二階に上がってみると,ふと日記が目についた。微分がどうのとあったので,高二の一月頃と思われるが,大変素朴で感動した。しばらく捜して,高三時の日記をやっとのことで発見したのだが,そこに並べられている品のない文章の羅列に思わず目を覆ってしまった。高二の日記を見ていると,日記ということを一言も書いていない。

 

 虚脱的状況の中で瀬戸内の春の訪れを待っている。

 今,昔の日記をぱらぽらとめくって見たのだが,年をとるにつれて文章がまずくなっている。高校3年がその極みである。文章の悪さ,やたらと並べられた美辞麗句のきたなさといったら他に比類がない。もっと素朴で純真な僕自身に帰らなければとひしひしと思う。

 二階に上がったついでというわけではないが,

 ペンギンを読んだり,ケネットを読んだりしているのだが,何しろ目的がないのだからすぐ飽きてしまうのももっともである。昨日,数学物語を断片的に,ギリシア神話の入門書を三,四十ページ読んだ。ともにおもしろく古巣に帰ったような満足感を覚えたものである。

 

 雀の鳴き声を耳にしながら,木々の間から洩れてくる暖かい春の光をみつめている時の私は,大変幸福である。意地悪な雲の悪戯によって,その暖かい光は,隠れたり,現れたりしている。隠れてしまうと,春めいた感じは一瞬にして遠ざかり,小鳥たちの囀りもまた肌寒く聞こえてくる。はやく光が現れないかなと,気を苛立たせながら待っていてもなかなか光は出てこない。そんな時がしばらく続くと春風のように感じている静かな,おだやかな風すらも,冬を思い出させてしまうようである。

 

 さっき,二階に上がったとき,使い古しの西洋紙を見ていて,たまたま中学三年の時の,数学のテストを発見した。いずれも間處芳孝先生の作成されたもので,あの頃のことを思うと,大変懐かしかった。テストの得点も意外とよく,ほとんどが八十,九十点代で,我ながら驚いた。ほんとうにあの頃は,勉強しなくてもよくできたものだと思う。

 

 

 

1971年4月2日。金曜日。

 広島へ行く。広島市宝町に下宿を決める。

 

1971年4月8日。木曜日。

 入学式。広島市公会堂。午後1時集合。1時30分開会。

 

 

1971年4月17日。土曜日

  14時。ボート 艇庫。 

 

1971年4月24日。土曜日

 コンパ。

 

1971年4月30日。金曜日

 家に電話。

 

1971年4月31日。土曜日

 合宿。洗面道具,筆記用具,着替え,2500円。

 

1971年5月4日。火曜日

 化ゼミ,岡野

 

1971年5月6日。木曜日

 数,レポート提出

 

1971年5月7日。金曜日

 独語休

1971年5月8日。土曜日

  独休

1971年5月11日。火曜日

  化ゼミ

 

1971年5月22日。土曜日

 独,テスト

 

1971年5月24日。月曜日

  午後6時,ドイツ語LL。

 

1971年5月26日。水曜日

 時計(ナカオカ)

 

1971年5月28日。金曜日

 ドイツ語p.10読み。富岡。

 10時,ドイツ語テスト。

 

1971年5月29日。土曜日

 微積テスト,独試。

 観音青年研修所 5:00~交換会

 

1971年6月5日。土曜日。

 江口,数学休講。 わかば PM4:30

 

1971年6月8日。火曜日。

 物 課題あり

 

1971年6月9日。水曜日。

 化Ⅰ 水はなぜものをよく溶かすか。

 

1971年6月13日。土曜日。

 英検試験。

 

1971年6月19日。土曜日。

 家庭教師講習会。

 

1971年6月20日。日曜日。

 学科ハイキング。

 

1971年6月27日。日曜日。

 広詩協大会。

 

1971年6月29日。火曜日。

 午後6時から8時英数。

 

1971年6月30日。水曜日。

 午後6時から8時国理。

 

1971年7月3日。土曜日

 数追試。PM1:00

 

1971年7月17日。土曜日

 10時平和記念館

 

1971年7月18日。日曜日

 (英検)二次

 

1971年7月21日。水曜日

 24日土まで,鞆対潮楼にて夏合宿

  城山 獄中作 海南江 白鳥は

 

1971年7月23日。金曜日

 CYに電話。71-6973さかい

 

1971年7月27日。火曜日

 古江 塾バイト

 

1971年7月28日。水曜日

 8:30より塾,観小

 

1971年8月2日。月曜日。

 井の口 中3数学-7

 庚午 中2数学-8 

 学ぶ態度,自主性,自信,希望,興味

 

1971年8月3日。火曜日。

 数2 庚午9:00~11:00

 

1971年8月4日。水曜日。

 数3 井の口9:00~11:00

 

1971年8月5日。木曜日。

 数2庚午

 

1971年8月7日。土曜日。

 数3井の口

 

1971年8月14日。土曜日。

 盆。帰省。

 

1971年8月19日。木曜日。

  独語課題郵送。

 

1971年8月20日。金曜日。

 午後1時岡山駅表入り口集合。3000円。岡山県邑久郡牛窓町国民宿舎牛窓荘。合宿。

 

1971年9月9日。木曜日。

  9時から306号室で江口(微積分学)の補講。

 

 

1971年9月12日。日曜日。

 水星西方最大離角。日の出時高度18°。

 

1971年9月23日。木曜日。

 英語片柳11頁。

 

1971年10月3日。日曜日。

  仲秋の名月

 

1971年10月7日。木曜日。

  吟道部合宿。9日まで。

 

 

1971年11月12日。

 吉本隆明「共同幻想論」(河出書房新社)購入。

(以下,同書の書き込みから)幻想の現代的修正 Nov.12.'71吉本隆明とかいう男の名は高校時代から知っていたが,その著作に目を通すのは今が始めてである。そして今でも彼については何も知らないのである。老いの坂が西に向ったおじいさんか,四十代の三島由紀夫のような,人生の最盛期を生きるカッコイイおじちゃんか,あるいは又,三十代の大江健三郎と同世代の我々より少し前の世代の人かも知らないので。おぼろげながらわかるのは,彼が国文出身の人であり多少新星(?)かも知れないということぐらいのものである。何事も実物に当たってみないで,外から想像したところで,核心には辿り着けないのであるから,まず,勇気を出して,読み始めてみよう。因みにこの書を購入したのは高校時代の知人に「吉本隆明のものを読んでみないか」と教えられたからである。

 

1971年11月15日。

 (「共同幻想論」55頁への書き込み)民族譚を共同の幻想してとらえているのは,卓見でまた正しいと思う。それだけで終わって論理が何ら次へと,結論へと向っていないのは残念である。  

 

 

1971年12月3日。

 (「共同幻想論」73頁への書き込み)おもしろい。また,論理的には大変よくまとまっているがないようが理解しがたい。

 

1971年の手帳

 

巻末(日付なし)

 

肺4340cc。背筋力126kg.

 

宝町4番25号3畳1間。13000円。

 

月

火

水

木

金

土

12

 

 

保理

高木

大講

 

 

 

憲法

杉田

大講

微積演習

江口

604

英語

山元

402

微積

江口

606

34

 

 

 

 

 

力学A

竹之内

物

 

 

 

英語

片柳

206

独語

児玉

203

独語

 

301

56

 

 

国文学

岩佐

106

化ゼミ

岡野

401

化学概論A

山村

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

78

 

 

 

 

 

 

 

 

化学概論B

林

 

体実

 

105

 

 

 

 

 

 

 

   (後記)恐らく一年前期の時間割だろう。金曜の午後は斜線。実験か?

Lost Days 

1970年(昭和50年)

 

1970年

Lost Days

1970年(昭和50年)

 

1970年1月8日。

 東京証券取引所の平均株価が前日に17111円28銭安という大暴落を記録

 

 

1970年1月26日。月曜日。

 因島の空は美しい。

 北風が澄んだ空気を運んでくる。

 

 

 

1970年11月25日。

三島由紀夫さんが死んだ。ショック。開店と同時に行った銭湯のテレビで知った。週刊誌をできるだけ買っておくように、弟へ指示。あわせて、新聞も取っておくように、と。

Lost Days

 

1969年

Lost Days

1969年(昭和44年)

 

1969年3月27日。

春の雪ふとながむるに幼な日の 動画の色が脳を流れし  

夕焼けの空を背にして走る午 思い出すのは神風連かな

遠空で響く音する春の夜に 心ひかれしむずかしき本

 

1969年3月28日。

 午前1時30分頃

 日本史を少しやってもう寝ようと思って,ふと戸を開けると軒下から月がおぼろげに出ているのが見えた。こんなのをおぼろ月というのだろう。

 軒下にひょいと出けりおぼろ月

 「岩宿の発見」相沢忠義。

 

百花繚乱春山

荒唐無稽我頭

光陰去如飛矢

我不知我才能

苦人生常人言

 

 

1969年4月4日。金曜日。雨のち晴れ。

 朝から雨。夕刻前止む。銀色の雲間に雨後の陽が美しく照り映えている。風が少しある。雀の鳴き声が聞こえる。遠くのほうで犬も鳴いている。

 

 大地春の陽に燃ゆる

 大空春の陽に燃ゆる

 鳥花鳴開し陽更に輝く

 冬過ぎて春来たりし

 

 これ自然の理なり,また日本の美なり

 

1969年4月5日。土曜日。晴れ一時雨。

「空想先生」を読み終える。「美しい村」まだ終えず。「奔馬」も早く読み終えたい。 

 

1969年4月6日。日曜日。曇り後晴れ一時雨。

  「奔馬」を読み終へた。「春の雪」と共に感動し,また日本文学いや文学及び作家といふ職業の難しさをしみじみと舐め,今後の努力を堅く誓う。

 春休みは今日で終わりだ。明日から授業が始まる。

 

1969年4月8日。曇り。

 7日未明108号連続ピストル射殺犯人捕らえられる。19歳の少年。朝日はトップと社会欄2面に全面掲載。

 春が来た。春が来た。

 四月になった。

 学校が始まる。眠っていた彼は立つ。

 歩き始める。黙々と歩く。

 歩く歩く,休むことなく彼は歩く。

 やがて彼は走るであろう。だが,まだ歩いている。

 歩け歩け いつまでも

 歩け歩け 休まずに

 この若き命 誰ぞ知らん

 歩き歩き また歩き

 たどり着く所 誰ぞ知らん

 歩け歩け さらに遅く

 誰がための歩きぞ 誰ぞ知らん

 

 国語科等で学習する教材の文章はかなりすらすらと読める。そして,ある程度の理解は容易である。が,数学の教科書,及び物理の教科書等の文章ははなはだ読みにくく,理解が難苦である。もっと科学的な書物にも慣れる必用があると痛感した。

 

 夜,静かな夜。

 2時を1,2分廻ったところ。

 目の縁が少し痛くてチカチカします。

 静かです。誰も起きていません。

 僕だけです。

 あ そうそう,風はまだ起きています。

 時々,勉強部屋の窓をたたきます。

 彼は眠らないのでしょう,いえもうすぐ眠ります。

 もうすぐ夏が来ます。あ,失礼。彼は起きたばかりです。

 昨年の暮れに夜更かししたので,今年は起きるのが遅くなりました。つい先日起きたばかりです。

 たびたび寝ぼけて冬の風に働かせたりしました。

 でも,もう大丈夫です。

 すっかり目が覚めました。

 これからは真面目に働きます。

 彼は多忙です。たくさんの仕事があります。

 桜の花が開くのを,手伝わなければなりません。

 つくしもあります。ネコヤナギはどうかしら?

 もう,済んだかしら。

 南から北へ。

 そして少し行っては戻り,

 南から北へ,

 彼の仕事は続きます。

 僕,眠くなったから寝るよ。

 じゃあ,風くん夏の風が起きるまで頑張ってくれよ。

 おやすみ,おやすみ,おやすみ。

 

1969年4月9日。晴れ。

 機械的な通学

 機械的な帰宅

 

1969年4月10日。晴れ。

 本日も素晴らしい天気。完全に春の訪れを感じる。

 

1969年4月12日。晴れ。

 夕刻。陽はもう既に西方の山の向こうに沈もうとしている。薄い青色の静かな空に緋色の光を投げてあたりの一面を橙色に染めている。綿と煙の化身のような雲の堆積も染められている。橙色と灰色の油絵の具の混合のため一部は銀色に,一部は金色に輝いている。黒い陰のような松の集落はその雲から少し,北よりの視角を下げたところにある。午前中初夏の陽光の恩恵を受けて鮮緑に輝く松も逆光の悪戯のために今はその影だけを留めているに過ぎない。

 が,今日の太陽は少し違っていた。紅色の輝きの中に太陽の肌が見えるように,黒い木陰の中に新緑の息吹が感じられた。

 何万度という丹の色の華光の中に,高温に熱せられた鉄のような色が,次第に山に近づき,山に蝕まれていくように,小さくなった太陽は燃えながら,地球の裏側に落ちていった。

 黒い影の鳶が二羽南から北へ,太陽を背にして横切ったりするのを横目で眺めながら過ごした。

 太陽のいなくなった山際は,健康な猫の鼻血と結核の犬の瀉血を混ぜたような生臭い色をしばらくの間漂わせていた。

 テレビ「石川啄木と近代精神」。金田一京助氏が啄木の思いでを語られているのがよかった。

 

1969年4月13日。晴れ。

 田宮虎彦の「比叡おろし」を昨日読んだ。いいと思う。

 朝日新聞連載中の「鷲の歌」を最後に、海音寺潮五郎氏が文壇から身を引くということを、本日の声欄で知った。理由は、現今ヒットしている「天と地と」がNHKで放映されるまでは、ほとんど目を向けられなかったのが、マスコミのおかげで売れ始めたということで、憤りを感じたらしい。その心活きはわからぬでもないが、そんなことで引退することもないように思う。

 本を売るために小説を書くのではなかろう。自分の思想を何かの物語に挿入して形がないようでいてあるものにして、残していくのが作家の仕事ではないのか。

「天と地と」が売れまいと、テレビドラマ化されようとされまいと、関係ないではないか。氏が上杉謙信を尊敬することにおいては変わりあるまい。

 

三島由紀夫は戦争が産んだ、平和が養った作家である。

 

1969年4月14日

  梅桜道を隔てて春の海

  押し寄せて泡立つ磯辺春の海

  夕暮れの海に写りし対岸の月

 夕空に青く瞬く一番星

 

春の猫

赤い柿色の屋根の上に

猫がいる

寝ころんでいる

白い腹一杯に

太陽の光をそのまま受け

昼寝をしている

そばに雀が三羽いる

のどかだ

 

1969年4月15日。

 

眠猫不知乱

處處見遊雀

昼日春風聲

猫眠知少多      

 リミットメーターの針は3minutesのところを指している。あと3分で地球との交信が不可能になる。残り時間はあと3分というきわめてわずかとなってしまったが,依然無線装置の感度は落ちていない。そのように見えても,あと3分もすれば,感度は落ちるとともに,交信は途絶する。

 非常に速い速度で遠ざかっているのであるから,感度の悪くなる圏内イコール交信不可能の圏内ということになる。

 

落ち葉のやうな

紙切れが

畳の上に一枚ある

誰も見ない

みんな気がついている

裏返しになった落ち葉

はかない紙の一つ  

 

1969年4月17日。

 文学の醍醐味。思考の柔軟さ。哲学的内省。

 

1969年4月19日。

 むなしい夜の足音に 涙を流す遅起き鳥

 

1969年4月20日。

 西空に夕刻の太陽沈みつつ

 

1969年4月21日。

 夕刻の空。今にも雨の降りそうな空。

 

1969年5月28日。

 午後白滝山へ登った。青い空は美しく輝いている。

 

1969年9月12日。

  B88W75H90 うで29首36頭55

 

1969年10月18日。土曜日。

 水色の花壇を歩いていると,雲の向こうへ魂が飛んでいくのを感じた。目には見えなかったのだが,はっきりとそれが確認された。心のスクリーンに映った像では紫色だったように思う。

 昨夜から悩んでいる。というのは,この僕の存在についてである。僕は三ヶ月ほど前の月曜日に歩いていて車にはねられて死んだように記憶している。そして白銀に輝く夕暮れの海面のようなところを歩いて自分の安息所に行って永久の眠りについたように思った。それが昨夜,ふと自分が現在という時点に存在しているということに気づいた。本当にこまったことだ。

 

1969年10月20日。月曜日。曇り後雨。

 果てしない広がりと,青々としたスカイブルーの秋の空はもう消えて,冬の訪れをほのかに感じさせる今日この頃である。

 季節のせいだろうか,無性に心が沈んで過去の回想と未来の夢想が相交錯して,現実の気分が冷冷とする。心が重く目と目の間になつかしい人たちの面影がちらつく。目を閉じると心の中まで暗くなり,暗闇の中で,せつなく笑う。むなしい秋である。夜空をかける鳥さえも,むなしくうつる秋の夜風。

 

1969年11月8日。

 朝な夕なの冷え込みが躰の奥底にまで感ずる。教室を吹き抜ける秋風が寂しい。

 

1969年11月9日。

 フレネ指揮 N響。プーランク「めじか」 ダンディ「フランス山人の歌による交響曲」 シャンブリア「スペイン」 

 

1969年11月12日。

  旺文社文庫50p/h。新潮文庫35p/h

 

1969年11月23日。

 益々過激になり失望。

 

1969年11月28日。金曜日。

 晩秋。

 美しい言葉が好きだ。

 美しいものはいい。

 美しいものはいい。

 美しくないものが現れると

 美しいものが死ぬ。

 

 

1969年11月30日。日曜日。

 9:50.NHK第一でベートーベン英雄を聞いている。僕にはクラッシックなんてさっぱりわからない。クラッシックによって生活に潤いを与えるなんて書いてあるが,僕には本当の音楽のよさがわからない。

 

1969年12月3日。

 瀬戸内の日暮れの何と美しいことよ。彼方の小島の山々に映える夕闇が静かな海原に写し出され,初冬を彩るヒビ(竹かんむりに洪)の内ではなめらかに輝き,潮騒をかもしだす潮流の上ではかすかに崩れて弱く光る。

 彼岸の町々にともる少しばかりのあかりと,此岸の舗装道路の白線は無関係の線を互いにひきあい,華麗な夕暮れにほのかなやすらぎをもたらす。

  

1969年12月16日。火曜日。

 どう書いていいかわからない。

 自分自身がわからなくなってきた。

 

 冬の夜は,北風が寒い。

 水色の星は 悲愴にまたたき

 白い雲の糸だけが 夜空にたなびく

 紫色の蝶が星と星との間を飛翔した。

 

1969年12月22日。曜日。

 美しい星たちを求めて,大空を駆けめぐっている。広い夜空に浮かぶ星々よ,白くまたたくのに,どうして地上界のものだけがあんなにみにくく光るのだろうか? 

 白い月夜なのに,外は寒い。水色の空はあんなに広いのに。

 

1969年12月24日。

 PenguinのThe Old Man and the Sea にはDec.24.'69と記されている。おそらく冬休みで帰省した姉に買ってきてもらったものであろう。(後記)

 

1969年12月31日。(昭和44年)

12月が終わる。

 

Lost Days


1968年

 


Lost Days

1968年(昭和43年)

1968年1月1日。月曜日。元旦。曇り。

 11AM.起きる。24:15AM.消灯。

 また今年も正月がやってきた。今年は去年ほど苦しまなくていいだろう。だが,決してダルになってはいけない。

 今年こそはみのりの多い年にしたいものだ。

 

1968年4月16日。火曜日。晴れ。

 身体測定。昼食時間のチャイムと同時に図書室へ。EGを少しやる。

「十五少年漂流記」ヴェルヌ著,金子博訳を借りてくる。たいへん面白い。

 

1968年4月17日。水曜日。晴れ。

 6時20分。左手後方ちょうど,初夏の太陽が山の向こうに沈もうとしている。すごくきれいだ。

 

1968年5月1日。水曜日。

 young 空はくろいよ 心はハレテルヨ ダカラネルヨ

 

1968年5月12日。日曜日。晴れ。

 24時40分になろうとしている。当分の間日記というものを書いていない。程度がグーンと高くなったので必死である。

 ラジオ講座は案外難しいので困る。

 

 

1968年8月24日。土曜日。晴れ。芥川の「報恩記」を読む。他のが読みたい。

 

1968年8月26日。月曜日。晴れ。雨。

姉が大学へ帰った。万年筆を置いていった。感謝。感謝。昨日から亀井さんの「青春論」を読んでいる。なかなかすすまない。

 

1968年8月28日。月曜日。降ったり、やんだり。台風10号あり。夕暮れの空を、さっき降り出した雨が暗くした。外はだんだんと暗くなっていく。夕暮れの雨、夏の終わりを告げているようだ。

午後7時、下で夕食の準備ができたと言っている。

2022年1月1日土曜日

夕凪亭閑話2022年1月

CRYSTAL Home  

2022年1月1日。土曜日。晴れ。6141歩。62.35kg。昨日のコロナ感染者、広島県23人。うち尾道市6人。福山市0人。三原市0人。午前中来客。午後、畑と雑木の整理。孫のために古いパソコンを出して組み立てさせる。夜、1月資料作り。年賀状の返事。金谷治、『孔子』、講談社学術文庫、p.236まで。新年を迎えたと言っても何も嬉しいことはない。だんだん寿命が減っていくだけである。年頭の決意というものもない。普段いつも考え書いているのだから殊更改めて書くまでもない。時間はいくらでも欲しい。しかし、夕凪亭に閉じこもっているだけが生活ではない。外に出て体を動かさないと健康のために悪い。外仕事始めにはセメント塗りがある。セメントの粉末と砂を少し加えたもの水を加えたものをかき混ぜて家の私道に掛けて少しずつ補修していく。25kgのセメントを既に何袋使ってであろうか。昨日を買ってきたのを5袋目として今後数えていこう。もう少し多いかもしれないが10は越えないだろうから、少なめに見積もって5袋目として以後記録しておこう。ちなみに息子にもらった使用済みのMacが3台で、自分で買ったのが3台である。前者の1台目は画面が何本も線が入って使用不能。2台目は電源を入れても動かない。3台目は、タッチパネルの左側が不調。マウスを併用で使用中。後者の3台はいずれも稼働中。最初に買った11.6インチのMacBook Airは外出用にして普段はあまり使用しない。


2022年1月2日。日曜日。晴れ。6086歩。62.05kg。朝、エディオンへマウスを買いに行く。少し暖かいので畑の管理と山の枯れ木の整理。金谷治、『孔子』、講談社学術文庫、p.248まで。


2022年1月3日。月曜日。晴れ。6149歩。71.85kg。昨日のコロナ感染者、広島県58人。うち尾道市2人。福山市0人。三原市0人。朝、墓参り。帰ってセメント工事。午後、山の枯れ枝の整理。昼寝。夕方野菜の水やりとバベの剪定少し。夜、1月資料作り。


2022年1月4日。火曜日。晴れ。6066歩。71.15kg。昨日のコロナ感染者、広島県40人。うち尾道市0人。福山市4人。三原市0人。9時半ごろから外作業。セメント塗り。枯れ木の整理。午後、二階の整備。夜、年賀状印刷。瀬戸内タイムズ原稿。


2022年1月5日。水曜日。晴れ。6331歩。71kg。昨日のコロナ感染者、広島県109人。うち尾道市2人。福山市2人。三原市4人。買い物。今日は寒いので外仕事はせず。


2022年1月6日。木曜日。雨。みぞれ。後曇り。6396歩。71.30kg。昨日のコロナ感染者、広島県138人。うち尾道市4人。福山市6人。三原市0人。夜、資料作り。


2022年1月7日。金曜日。晴れ。6241歩。70.80kg。昨日のコロナ感染者、広島県273人。うち尾道市6人。福山市12人。三原市11人。6日、まん延防止等重点措置が西部を中心に選定されたが、本日、三原市、尾道市、福山市等が追加され瀬戸内側の全市が選定された。午前中、山の枯れ木の整備。午後来客。二階の整備。夕方散歩。夜、資料作り。金谷治、『孔子』、講談社学術文庫、p.278まで。


2022年1月8日。土曜日。晴れ。6324歩。71.05kg。昨日のコロナ感染者、広島県429人。うち尾道市7人。福山市37人。三原市5人。午前中、畑の管理。午後、枯れ枝の整理。2時まで。昼寝。2階の整備。公民館、因島図書館から1月中の使用禁止の連絡。夜、資料作り。


2022年1月9日。日曜日。晴れ。6163歩。71.1kg。昨日のコロナ感染者、広島県547人。うち尾道市8人。福山市26人。三原市17人。朝、買い物。午後山の枯れ枝整備。夕方散歩。夜、資料作り。



2022年1月10日。月曜日。晴れ。7075歩。71.15kg。昨日のコロナ感染者、広島県619人。うち尾道市5人。福山市32人。三原市16人。午前中、枯れ枝の整備。夕凪亭へエアコン設置。工事。夕方散歩。夜、資料作り。金谷治、『孔子』、講談社学術文庫、p.310まで。


2022年1月11日。火曜日。雨のち晴れ。一時霰。6591歩。70.45kg。昨日のコロナ感染者、広島県672人。うち尾道市5人。福山市21人。三原市8人。朝から1月資料校正印刷。2時過ぎに完成。公民館へ印刷依頼。帰って1時間ほど枯れ枝の整備。二階の整備。家の中を歩く。末子、結婚。人生すごろく、一歩上がりへ前進。



2022年1月12日。水曜日。晴れ。6247歩。70.45kg。昨日のコロナ感染者、広島県588人。うち尾道市10人。福山市32人。三原市19人。朝買い物。帰って山の枯れ枝整備。午後、昼寝。夕方、二階の整備。夜、せとうちタイムズ原稿書く。



2022年1月13日。木曜日。晴れ。強風。寒い一日。6810歩。71.10kg。昨日のコロナ感染者、広島県652人。うち尾道市8人。福山市56人。三原市14人。朝、せとうちタイムズ原稿送る。10時から1時間ほど山の枯れ木の整理。午後、ジュンテンドーへベニヤを買いに行く。セメントも。ラワン837円10枚。セメント415円。合計税を入れて9663円。セメントは6袋目。帰りに灯油。5000円で45.45L。昼寝。2階の整理。金谷治、『孔子』、講談社学術文庫、p.350まで。



2022年1月14日。金曜日。晴れ。寒い一日。6591歩。70.95kg、昨日のコロナ感染者、広島県805人。うち尾道市23人。福山市81人。三原市35人。9時半からセメント工事。山の枯れ木の撤去。午後、昼寝。二階の整備。夜、二月資料作り。


2022年1月15日。土曜日。6637歩。70.80kg。晴れ。寒い一日。昨日のコロナ感染者、広島県997人。うち尾道市31人。福山市104人。三原市20人。朝9時半ごろよりセメント工事。エアコン室外機周辺。枯れ木の整理。午後、昼寝。起きて、灰の奥へ散歩、峯松神社へのバイパスの整備。二階の西備。夜2月の資料作り。金谷治、『孔子』、講談社学術文庫、p.380まで。



2022年1月16日。日曜日。晴れ。寒い。6591歩。70.70kg。昨日のコロナ感染者、広島県1212人。うち尾道市22人。福山市100人。三原市16人。朝、買い物。1時間枯れ木の移動。午後1時間同じ作業。来客。『鬼平犯科帳 あきらめきれずに』夏目ロデの朗読を聞く。夜、2月の資料作り。金谷治、『孔子』、講談社学術文庫、p.397まで。


2022年1月17日。月曜日。晴れ。寒い。6565歩。70.90歩。昨日のコロナ感染者、広島県1280人。うち尾道市24人。福山市86人。三原市17人。午前中1時間枯れ枝の整理。午後、セメント工事。役員会。昼寝。散歩。夜、資料作り。藤沢周平「鱗雲」「静かな樹木」の朗読を聞く。金谷治、『孔子』、講談社学術文庫、p.415まで。終わる。


2022年1月18日。火曜日。晴れ。時々雪。寒い。6639歩。70.35kg。昨日のコロナ感染者、広島県973人。うち尾道市18人。福山市55人。三原市12人。朝、公民館へ印刷を取りに行く。帰って枯れ枝整理。昼食後、セメント工事。文化財だより配る。総合支所。夜、資料作り。山本周五郎「ホタル放生」の朗読を聞く。この作品は凄い。1991 TBS武田信玄1 役所広司主演を見る。白川静『孔子伝』、中公文庫、p.63まで。



2022年1月19日。水曜日。晴れ。6519歩。70.70kg。昨日のコロナ感染者、広島県900人。うち尾道市16人。福山市92人。三原市25人。朝、買い物。カボスの苗がユーホーにあったので買ってきた植える。枯れ木の整備。午後昼寝。散歩。庭の手入れ。山本周五郎「松風の門」「青嵐」の朗読を聞く。1991 TBS武田信玄2 役所広司主演を見る。1991年NHK大河ドラマ「太平記」1回、2回を見る。夜、せとうちタイムズ原稿書く。


2022年1月20日。木曜日。晴れ。6644歩。71.50kg。昨日のコロナ感染者、広島県1042人。うち尾道市35人。福山市119人。三原市37人。朝、せとうちタイムズ原稿送る。散髪。来客。午後、山の枯れ枝整理1時間。昼寝。来客。散歩。山本周五郎「醜聞」の朗読を聞く。NHK大河ドラマ「太平記」3回、4回を見る。



2022年1月21日。金曜日。晴れ。2057歩。72.40kg。昨日のコロナ感染者、広島県1569人。うち尾道市30人。福山市119人。三原市35人。午前中、枯れ木の整備。午後郵便局。中国新聞取材。昼寝。夜、資料作り。NHK大河ドラマ「太平記」5回、6回を見る。佐々木道誉流の生き方がバサラだったと思うが、その感じがよく出ている。


2022年1月22日。土曜日。晴れ。5790歩。71.50kg。昨日のコロナ感染者、広島県1532人。うち尾道市28人。福山市146人。三原市24人。朝、枯れ枝の整備。午後、セメント工事。山本周五郎「夜の蝶」朗読を聞く。NHK大河ドラマ「太平記」7回、8回を見る。NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の2回目の再放送を見る。夜、2月の資料作り。白川静『孔子伝』、中公文庫、p.94まで。


2022年1月23日。日曜日。雨。6763歩。71.40kg。昨日のコロナ感染者、広島県1585人。うち尾道市23人。福山市122人。三原市20人。NHK大河ドラマ「太平記」9回、10回、11回を見る。NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」見る。山本周五郎「枡落し」の朗読を聞く。


2022年1月24日。月曜日。晴れ。4380歩。71.35kg。昨日のコロナ感染者、広島県1476人。うち尾道市22人。福山市133人。三原市21人。朝、枯れ木の整理。夜、資料作り。NHK大河ドラマ「太平記」12回、13回、14回を見る。山本周五郎「枕を三度たたく」の朗読を聞く。白川静『孔子伝』、中公文庫、p.126まで。


2022年1月25日。火曜日。晴れ。3791歩。71.05kg。昨日のコロナ感染者、広島県1056人。うち尾道市13人。福山市124人。三原市20人。朝、尾道自動車学校で高齢者講習を受ける。午後、枯れ枝の整理。昼寝。NHK大河ドラマ「太平記」15回、16回、17回を見る。


2022年1月26日。水曜日。晴れ。2436歩。70.35kg。昨日のコロナ感染者、広島県1099人。うち尾道市15人。福山市110人。三原市30人。朝、買い物。帰って枯れ枝の整備。午後、セメント工事。NHK大河ドラマ「太平記」18回、19回、20回を見る。その後、消えて見えなくなった。夜、せとうちタイムズ原稿を書く。白川静『孔子伝』、中公文庫、p.156まで。


2022年1月27日。木曜日。晴れ。4176歩。70.50kg。昨日のコロナ感染者、広島県1252人。うち尾道市24人。福山市152人。三原市35人。朝、せとうちタイムズ原稿送る。枯れ枝の整理。午後、公民館だより原稿送る。昼寝。NHKドラマ「上杉鷹山二百年前の行政改革」を見る。夜、2月資料。


2022年1月28日。金曜日。晴れ。2919歩。70.90kg。昨日のコロナ感染者、広島県1502人。うち尾道市37人。福山市163人。三原市23人。午後、セメント工事。夜、資料作り。白川静『孔子伝』、中公文庫、p.209まで。


2022年1月29日。土曜日。晴れ。4310歩。71.10kg。昨日のコロナ感染者、広島県1599人。うち尾道市23人。福山市180人。三原市31人。昼、セメント工事。峰松山へ散歩。山本周五郎「月の松山」の朗読を聞く。白川静『孔子伝』、中公文庫、p.242まで。2月資料。


2022年1月30日。日曜日。晴れ。2306歩。71.80kg。昨日のコロナ感染者、広島県1556人。うち尾道市25人。福山市176人。三原市30人。朝、買い物。午後、三庄へ写真を写しに行く。古文書。


2022年1月31日。月曜日。晴れ。2631歩。71.10kg。昨日のコロナ感染者、広島県1376人。うち尾道市22人。福山市143人。三原市24人。寒いのでずっと家の中にいた。夜、資料作り。白川静『孔子伝』、中公文庫、p.275まで。


読書の記録

1月17日。金谷治、『孔子』、講談社学術文庫。







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