父母の御おんにたゞ何事もそむかずして
したがいじゆんずるをもつてよしとする
ものなり かくべつにむつかしき事に
てもあらし 又は親類の事もかんがう
べし 人々お見るにしれしやうよろしき
親類はむつまじくして常々出入よふ
し又ひんなる親類は出入少なく
してたにんむきになる人世にまゝ
多し 是おふひなる道理にちがう
事なり くいのみ恵よらせ親類に
あらじ 何事もよしあしともにかり合
むつまじゆうして助あい万一親類
の内に親類のよしあしをいへもし
はじいつた事有をそれを親類が
他人へはなして親類のはじを
さらす人まくしふし是しふひなる
心得違ひなり年の内のはじを他
人に出すはたとへていわば手足の
ふかないなる時稀手足をいめるが
如し親類のしかたあしきは親類
共にはぢ入るべし、左有によつて目
上への親るいより、いけんして他人に
いわぬがよし、又ハいけすしてもきか
さる親るいハ、なおもあわれむべし、
いかすとなれは、この人ハ愚人なり、
人たるもの道をしらず畜るいにことなら
んゆへに親類みはなせバ世渡り出き
がたし、又はつめいなるしんしやうも
よき親類ハ壱人立がおきる同り(道理)
ゆへにぼん愚なるをきおつけへし
これ誠の親類なりとしるべし、
又ハ他人につき合をいたすにも右の
同りなり、智有道ある人にちかより、
人の道をきくよふにすれば、しせんと
それ〳〵にじゆんじてほどよく世渡り
おしり、他人とむつまじくなるものなり、
こゝに壱ツの文字あり
忍 此字をとく〳〵かんがへ見よ、常々
人の云ふとふりゆへば、ハ上に心ハ
したにあるなり、此心と云文字
を我が身にして上のゆへば、おあた
まにさかしに立てあると、しるべし
かるがゆへに、そらをおそれ、目うへなる
かたへそむけば、あたまへたつ我身
がきれるゆへに、我身を思ふがゆへに
目上のかたへそむかざるなり、又た
とへて云バのつておる人ハのちにハ
かがむ、かがみておる人ハのちにハのる、
これ全く天の理なり、またハきるい
食住所、是も此文字に附て、かん
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