2026年6月21日日曜日

重井小学校沿革史 明治編

 重井小学校の歴史

      赤:国・県の法律 黒:重井小 青:重井村(町) 茶:社会

明治5年(1872年)8月3日 学制発布

明治6年(1873年)10月 「振徳学舎」開学。教師は沼田良藏。校舎は善興寺を借 りた。また「 信誠舎」を           作り、校舎は川口・大師堂をあてた。(以下本文をこの位置に合わす)

明治8年1875年)8月   振徳学舎を「重井学校」と改称。信誠舎を分教場とした。また細島にも分教場を設けた。

明治10年(1877年) 2月 本校校舎を山の神に新築し、5月に移った。これに伴い大師堂分教場・信誠舎を閉鎖した。

明治12年9月29日 教育令布告



明治15年(1882年)2月 須越にあった酒庫を校舎とし、移った。

                    5月 学校の等位を中等科と定めた。

明治19年(1886年)4月 大学区を合併して御調小学区となった。

            細島分教場を閉鎖した。

明治20年(1887年)4月 学級編成を行い、中等科第五級生、同六級生を尋常科第四年生となし、初等科一級生、同二級生を尋常科第三年生となす。 以下之に準ずる。        9月 習字科の教科書を定め、各教師の肉筆に頼らなくてもよいようにした。