2022年3月26日土曜日

因島四国八十八カ所 リンク集

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尾道市因島 因島四国八十八カ所霊場     いんのしまみち 因島四国八十八カ所

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1番霊山寺(因島大浜町) トイレ有

2番極楽寺(因島大浜町)

3番金泉寺(因島大浜町)

4番大日寺(因島大浜町)

5番地蔵寺(因島大浜町)

6番安楽寺(因島大浜町見性寺境内)  トイレ有 

7番十楽寺(因島大浜町)

8番熊谷寺(因島中庄町新開)

9番法林寺(因島中庄町鹿穴) トイレ有

番外 大師堂

10番切幡寺(因島中庄町寺迫長福寺境内) トイレ有

11番藤井寺(因島中庄町金蓮寺境内) トイレ有

12番焼山寺(因島中庄町成願寺境内) トイレ有

13番大日寺(因島中庄町若八幡神社境内)

14番常楽寺(因島中庄菅原神社境内)

15番国分寺(因島中庄町)

16番観音寺(因島中庄町)

17番井戸寺(因島中庄町山口)

18番恩山寺(因島中庄町大江)

19番立江寺(因島中庄町)

20番鶴林寺(因島中庄町)

21番大龍寺(因島中庄町)

番外大龍寺奥の院(因島中庄町)

22番平等寺(因島外浦町)

23番薬王寺(因島外浦町)

24番最御崎寺(因島外浦町地蔵院内)

25番津照寺(因島鏡浦町)

準番外地蔵堂(因島鏡浦町)

26番金剛頂寺(因島鏡浦町)

27番神峰寺(因島椋浦町)

28番大日寺(因島椋浦町)

番外長戸庵大師堂(因島椋浦町)

29番国分寺(因島三庄町)

30番安楽寺(因島三庄町)

31番竹林寺(因島三庄町)

32番禅師峯寺(因島三庄町観音寺内) トイレ有

準番外石井坊薬師堂(因島三庄町)

33番雪蹊寺(因島三庄町善徳寺内) トイレ有

準番外番はりこ大師(因島三庄町善徳寺境内) トイレ有

34番種間寺(因島三庄町)

35番清瀧寺(因島三庄町)

36番青龍寺(因島三庄町)

準番外薬師堂(因島三庄町浜上)

37番岩本寺(因島三庄町明徳寺内) トイレ有

番外高野山別院 

38番金剛福寺(因島三庄町) トイレ有

番外鼻地蔵(因島三庄町) トイレ有

39番延光寺(因島三庄町)

40番観自在寺(因島三庄町)

41番龍光寺(因島三庄町)

42番仏木寺(因島三庄町)

43番明石寺(因島土生町)

44番大宝寺(因島土生町)

45番岩屋寺(因島土生町)

番外高野山奥の院(因島土生町) トイレ有

番外札所 薬師堂(尾道市因島土生町)

46番浄瑠璃寺(因島土生町)

47番八坂寺(因島土生町)

48番西林寺(因島土生町)

49番浄土寺(因島土生町)

50番繁多寺(因島土生町)

51番石手寺(因島土生町)

52番太山寺(因島土生町対潮院内) トイレ有

53番円明寺(因島土生町)

54番延命寺(因島土生町箱崎)

55番南光坊(因島田熊町)

56番泰山寺(因島田熊町)

57番栄福寺(因島田熊町)

58番仙遊寺(因島市田熊町)

59番国分寺(因島田熊町)

60番横峰寺(因島田熊町)

61番香園寺(因島田熊町浄土寺境内) トイレ有

62番宝寿寺(因島田熊町)

63番吉祥寺(因島田熊町)

64番前神寺(因島田熊町)

番外寺仙龍寺(因島市田熊町)

65番三角寺(因島田熊町)

66番雲辺寺(因島田熊町)

67番大興寺(因島田熊町金山) トイレ有

68番神恵院(因島田熊町金山)

69番観音寺(因島田熊町竹長)

70番本山寺(因島中庄町西浦)

71番弥谷寺(因島中庄町西浦)

72番曼荼羅寺(因島重井町長崎)

73番出釈迦寺(因島重井町明神)

74番甲山寺(因島市重井町)

75番善通寺(因島重井町善興寺内) トイレ有

76番金倉寺(因島重井町久保)

77番道隆寺(因島重井町馬神)

78番郷照寺(因島重井町砂原)

79番高照院(因島重井町小林)

80番国分寺(因島重井町郷新開)

81番白峯寺(因島重井町須越)

82番根香寺(因島重井町有浜)

83番一宮寺(因島重井町一宮)

84番屋島寺(因島重井町川口)

85番八栗寺(因島重井町白滝山)

番外白滝観音寺(因島重井町白滝山)

白滝山 四国八十八ヶ所御本尊

白滝山 弘法大師立像

86番志度寺(因島重井町東浜) 志度寺玉垣(寄付石)

87番長尾寺(因島重井町伊浜新開)

88番大窪寺(因島重井町宮の上)

 




四国八十八ヶ所 御本尊・真言・御詠歌


第1番 霊山寺 (釈迦如来)のうまく さんまんだ ぼだなん ばく

霊山の 釈迦の御前に 巡り来て 万の罪も 消え失せにけり

第2番 極楽寺 (阿弥陀如来)おん あみりた ていせい からうん

極楽の 弥陀の浄土へ 行きたくば 南無阿弥陀仏 口ぐせにせよ

第3番 金泉寺 (釈迦如来)のうまく さんまんだ ぼだなん ばく

極楽の 宝の池を 思えただ 黄金の泉 澄みたたえたる

第4番 大日寺 (大日如来)おん あびらうんけん ばざらだどばん

眺むれば 月白妙の 夜半なれや ただ黒谷に 墨染めの袖

第5番 地蔵寺 (延命地蔵 勝軍地蔵菩薩)おん かかかび さんまえい そわか

六道の 能化の地蔵大菩薩 導き給え この世のちの世

第6番 安楽寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

仮の世に 知行争う むやくなり 安楽国の 守護を望めよ

第7番 十楽寺 (阿弥陀如来)おん あみりた ていせい からうん

人間の 八苦を早く 離れなば 到らん方は 九品十楽

第8番 熊谷寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

薪とり 水熊谷の 寺に来て 難行するも 後の世のため

第9番 法輪寺 (涅槃釈迦如来)のうまく さんまんだ ぼだなん ばく

大乗の 誹謗もとがも ひるがえし 転法輪の 縁とこそきけ

第10番 切幡寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

欲心を ただ一筋に 切幡寺 後の世までの 障りとぞなる 

第11番 藤井寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

色も香も 無比中道の 藤井寺 真如の波の たたぬ日もなし

第12番 焼山寺 (虚空蔵菩薩)のうぼう あきゃしゃ きゃらばや  おん ありきゃ まりぼり そわか

後の世を 思へば恭敬 焼山寺 死出や三途の 難所ありとも

第13番 大日寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

阿波の国 一の宮とや ゆうだすき かけてたのめや この世後の世






第14番 常楽寺 (弥勒菩薩)おん まい たれいや そわか

常楽の 岸にはいつか いたらまし 弘誓の船に 乗り遅れずば

第15番 國分寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

薄く濃く わけわけ色を 染めぬれば 流転生死の 秋のもみじば

第16番 観音寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

忘れずも 導きたまへ 観音寺 西方世界 弥陀の浄土へ

第17番 井戸寺 (七仏薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

おもかげを うつして見れば 井戸の水 むすべば胸の あかや落ちなん

第18番 恩山寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

子を産める その父母の 恩山寺 訪いがたき ことはあらじな

第19番 立江寺 (延命地蔵菩薩)おん かかかび さんまえい そわか

いつかさて 西の住居の わが立江 弘誓の船に 乗りていたらん

第20番 鶴林寺 (地蔵大菩薩)おん かかかび さんまえい そわか

しげりつる 鶴の林を しるべにて 大師ぞいます 地蔵帝釈

第21番 太龍寺 (虚空蔵菩薩)のうぼう あきゃしゃ きゃらばや  おん ありきゃ まりぼり そわか

太龍の 常にすむぞや げに岩屋 舎心聞持は 守護のためなり

第22番 平等寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

平等に 隔てのなきと 聞く時は あら頼もしき 仏とぞみる

第23番 薬王寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

皆人の 病みぬる年の 薬王寺 瑠璃の薬を 与えましませ

第24番 最御崎寺 (虚空蔵菩薩)のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきや まりぼり そわか

明星の 出ぬる方の 東寺 暗き迷は などかあらまじ

第25番 津照寺 (地蔵菩薩)おん かかかび さんまえい そわか

法の舟 入るか出るか この津寺 迷ふ吾身を のせてたまへや

第26番 金剛頂寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

往生に 望みをかける 極楽は 月のかたむく 西寺のそら

第27番 神峯寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

み仏の 恵みの心 神峯 山も誓ひも 高き水音

第28番 大日寺 (大日如来)おん あびらうんけん ばざらだどばん

露霜と 罪を照らせる 大日寺 などか歩みを 運ばざらまし

第29番 国分寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

国を分け 宝を積みて 建つ寺の 末の世までの 利益のこせり

第30番 善楽寺 (阿弥陀如来)おん あみりた ていせい からうん

人多く 立ち集まれる 一の宮 昔も今も 栄えぬるかな

第31番 竹林寺 (文殊大菩薩)おん あらはしゃ なう

南無文殊 三世の仏の 母と聞く 吾も子なれば 乳こそほしけれ

第32番 禅師峰寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

静かなる 我がみなもとの 禅師峰寺 浮かぶ心は 法の早船

第33番 雪蹊寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

旅の道 うえしも今は 高福寺 後のたのしみ 有明の月 

第34番 種間寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

世の中に 蒔ける五穀の 種間寺 深き如来の 大悲なりけり

第35番 清滝寺 (厄除薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

澄む水を 汲むは心の清滝寺 波の花散る 岩の羽衣

第36番 青龍寺 (波切不動明王)のうまくさんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん

わずかなる 泉に棲める 青龍は 仏法守護の 誓ひとぞきく

第37番 岩本寺 

  • (不動明王)なうまく さんまんだばざらだん せんだまかろしゃだ そはたや うん たらた かんまん
  • (観世音菩薩)おん あろりきゃ そわか
  • (阿弥陀如来)おん あみりたていぜい から うん
  • (薬師如来) おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
  • (地蔵菩薩) おん かかか びさんまえい そわか

六つのちり 五つの柱 あらわして 深き仁井田の 神のたのしみ

第38番 金剛福寺 (三面千手観音)おん ばざらたらま きりく

ふだらくや ここは岬の 船の棹 取るも捨つるも 法のさだやま

第39番 延光寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

南無薬師 諸病悉除の 願こめて 詣る我身を 助けましめせ

第40番 観自在寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

心願や 自在の春に 花咲きて 浮世のがれて 住むやけだもの

第41番 龍光寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

この神は 三国流布の 密教を 守り給はん 誓いとぞ聞く

第42番 仏木寺 (大日如来)おん あびらうんけん ばざらだどばん

草も木も 仏になれる 仏木寺 なを頼もしき 鬼畜人天

第43番 明石寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

聞くならく 千手の誓ひ 不思議には 大盤石も 軽くあげ石

第44番 大寶寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

今の世は 大悲のめぐみ 菅生山 ついには弥陀の 誓いをぞまつ 

第45番 岩屋寺 (不動明王)なうまく さんまんだばざらだん せんだまかろしゃだ そはたや うん たらた かんまん

大聖(だいしょう)の 祈る力の げに岩屋 石の中にも 極楽ぞある

第46番 浄瑠璃寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

極楽の 浄瑠璃世界 たくらへば 受くる苦楽は 報いならまし

第47番 八坂寺 (阿弥陀如来)おん あみりたていぜい から うん

花を見て 歌読む人は 八坂寺 三仏じょうの 縁とこそ聞け

第48番 西林寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

弥陀仏の 世界を訪ね 行きたくば 西の林の 寺に詣れよ

第49番 浄土寺 (釈迦如来)のうまく さんまんだ ぼだなん ばく

十悪の 我身を棄てず そのままに 浄土の寺へ まいりこそすれ

第50番 繁多寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

よろずこそ 繁多なりとも 怠らず 諸病なかれと 望み祈れよ

第51番 石手寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

西方を よそとは見まじ 安養の 寺に詣りて 受くる十楽

第52番 太山寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

太山に 登れば汗の 出でけれど 後の世思えば 何の苦もなし

第53番 円明寺 (阿弥陀如来)おん あみりたていぜい から うん

来迎の 弥陀の光の 圓明寺 照りそう影は 夜な夜なの月

第54番 延命寺 (不動明王)のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うん たらた かんまん

くもりなき 鏡の縁と ながむれば 残さず影を うつすものかな

第55番 南光坊 (大通智勝如来)なむ だいつうちしょう ぶつ

このところ 三島に夢の さめぬれば 別宮とても おなじ垂迹

第56番 泰山寺 (地蔵菩薩)おん かかかび さんまえい そわか

みな人の 詣りてやがて 泰山寺 来世の引導 たのみ置きつつ

第57番 栄福寺 (阿弥陀如来)おん あみりた ていせい からうん

この世には 弓矢を守る 八幡なり 来世は人を 救う弥陀仏

第58番 仙遊寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

立ち寄りて 佐礼の堂に 休みつつ 六字を唱え 経を読むべし

第59番 国分寺 (薬師瑠璃光如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

守護のため 建ててあがむる 国分寺 いよいよ恵む 薬師なりけり

第60番 横峰寺 (大日如来)おん あびらうんけん ばざらだどばん

縦横に 峰や山辺に 寺建てて あまねく人を 救うものかな

第61番 香園寺 (大日如来)おん あびらうんけん ばざらだどばん

後の世を 思へば詣れ 香園寺 止めて止まらぬ 白瀧の水

第62番 宝寿寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

さみだれの あとに出でたる 玉の井は 白坪なるや 一の宮川

第63番 吉祥寺 (毘沙門天)おん べいしらまんだや そわか

身のうちの 悪しき悲報を 打ち捨てて みな吉祥を 望み祈れよ

第64番 前神寺 (阿弥陀如来)おん あみりたていぜい から うん

前は神 後は仏 極楽の よろずの罪を くだくいしづち

第65番 三角寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

おそろしや 三つの角にも 入るならば 心をまろく 慈悲を念ぜよ

第66番 雲辺寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

はるばると 雲のほとりの 寺にきて つきひを今は ふもとにぞ見る

第67番 大興寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

うえおきし 小松尾寺を ながむれば 法の教えの 風ぞ吹きける

第68番 神恵院 (阿弥陀如来)おん あみりた ていせい からうん

笛の音も 松吹く風も 琴弾きも 歌うも舞うも 法のこえごえ

第69番 観音寺 (聖観世音菩薩)おん あろりきゃ そわか

観音の 大悲の力 強ければ 重き罪をも 引き上げてたべ

第70番 本山寺 (馬頭観世音)おん あみりとう どはんば うん ぱった そわか

もとやまに 誰が植えける 花なれや 春こそたおれ 手向けにぞなる

第71番 弥谷寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

悪人と 行き連れなんも 弥谷寺 只かりそめも 良き友ぞよき

第72番 曼荼羅寺 (大日如来)おん あびらうんけん ばざらだどばん

わずかにも 曼荼羅おがむ 人はただ ふたたびみたび 帰らざらまし

第73番 出釈迦寺 (釈迦如来)のうまく さんまんだ ぼだなん ばく

迷ひぬる 六道衆生 救はんと 尊き山に いづる釈迦寺

第74番 甲山寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

十二神 味方に持てる 戦には おのれと心 甲山かな

第75番 善通寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

我住まば よも消えはてじ 善通寺 深き誓ひの 法のともしび

第76番 金倉寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

まことにも 神仏僧を 開くれば 真言加持の 不思議なりけり

第77番 道隆寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

ねがいをば 仏道隆に 入りはてて 菩提の月を 見まくほしさに

第78番 郷照寺 (阿弥陀如来)おん あみりた ていせい からうん

踊りはね 念仏唱う 道場寺 ひょうしをそろえ 鐘を打つなり

第79番 天皇寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

十楽の 浮世の中を たづぬべし 天皇さへも さすらひぞある

第80番 国分寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

国を分け 野山をしのぎ 寺々に 詣れる人を 助けましませ

第81番 白峯寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

霜さむく 露白妙の 寺のうち 御名を称ふる 法の声々

第82番 根香寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

よひのまの たへふる霜の 消えぬれば あとこそかねの 勤行の声

第83番 一宮寺 (聖観世音菩薩)おん あろりきゃ そわか

讃岐一 宮の御前に 仰ぎ来て 神の心を 誰かしらいふ

第84番 屋島寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

梓弓 屋島の宮に 詣でつつ 祈りをかけて 勇むもののふ

第85番 八栗寺 (聖観世音菩薩)おん あろりきゃ そわか

煩悩を 胸の智火にて やくりをば 修行者ならで 誰か知るべき

第86番 志度寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

いざさらば 今宵はここに しどの寺 祈りの声を 耳に触れつつ

第87番 長尾寺 (聖観世音菩薩)おん あろりきゃ そわか

あしびきの 山鳥の尾の 長尾寺 秋の夜すがら 御名を唱えて

第88番 大窪寺 薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

南無薬師 諸病なかれと 願いつつ 詣れる人は おおくぼの寺

村四国八十八ヶ所霊場 

  重井村  中庄村 外浦村 田熊村





白滝山 四国八十八ヶ所御本尊

白滝山 弘法大師立像

 いんのしまみち 因島四国八十八カ所

1番霊山寺(因島大浜町) トイレ有

2番極楽寺(因島大浜町)

3番金泉寺(因島大浜町)

4番大日寺(因島大浜町)

5番地蔵寺(因島大浜町)

6番安楽寺(因島大浜町見性寺境内)  トイレ有 

7番十楽寺(因島大浜町)

8番熊谷寺(因島中庄町新開)

9番法林寺(因島中庄町鹿穴) トイレ有

番外 大師堂

10番切幡寺(因島中庄町寺迫長福寺境内) トイレ有

11番藤井寺(因島中庄町金蓮寺境内) トイレ有

12番焼山寺(因島中庄町成願寺境内) トイレ有

13番大日寺(因島中庄町若八幡神社境内)

14番常楽寺(因島中庄菅原神社境内)

15番国分寺(因島中庄町)

16番観音寺(因島中庄町)

17番井戸寺(因島中庄町山口)

18番恩山寺(因島中庄町大江)

19番立江寺(因島中庄町)

20番鶴林寺(因島中庄町)

21番大龍寺(因島中庄町)

番外大龍寺奥の院(因島中庄町)

22番平等寺(因島外浦町)

23番薬王寺(因島外浦町)

24番最御崎寺(因島外浦町地蔵院内)

25番津照寺(因島鏡浦町)

準番外地蔵堂(因島鏡浦町)

26番金剛頂寺(因島鏡浦町)

27番神峰寺(因島椋浦町)

28番大日寺(因島椋浦町)

番外長戸庵大師堂(因島椋浦町)

29番国分寺(因島三庄町)

30番安楽寺(因島三庄町)

31番竹林寺(因島三庄町)

32番禅師峯寺(因島三庄町観音寺内) トイレ有

準番外石井坊薬師堂(因島三庄町)

33番雪蹊寺(因島三庄町善徳寺内) トイレ有

準番外番はりこ大師(因島三庄町善徳寺境内) トイレ有

34番種間寺(因島三庄町)

35番清瀧寺(因島三庄町)

36番青龍寺(因島三庄町)

準番外薬師堂(因島三庄町浜上)

37番岩本寺(因島三庄町明徳寺内) トイレ有

番外高野山別院 

38番金剛福寺(因島三庄町) トイレ有

番外鼻地蔵(因島三庄町) トイレ有

39番延光寺(因島三庄町)

40番観自在寺(因島三庄町)

41番龍光寺(因島三庄町)

42番仏木寺(因島三庄町)

43番明石寺(因島土生町)

44番大宝寺(因島土生町)

45番岩屋寺(因島土生町)

番外高野山奥の院(因島土生町) トイレ有

番外札所 薬師堂(尾道市因島土生町)

46番浄瑠璃寺(因島土生町)

47番八坂寺(因島土生町)

48番西林寺(因島土生町)

49番浄土寺(因島土生町)

50番繁多寺(因島土生町)

51番石手寺(因島土生町)

52番太山寺(因島土生町対潮院内) トイレ有

53番円明寺(因島土生町)

54番延命寺(因島土生町箱崎)

55番南光坊(因島田熊町)

56番泰山寺(因島田熊町)

57番栄福寺(因島田熊町)

58番仙遊寺(因島市田熊町)

59番国分寺(因島田熊町)

60番横峰寺(因島田熊町)

61番香園寺(因島田熊町浄土寺境内) トイレ有

62番宝寿寺(因島田熊町)

63番吉祥寺(因島田熊町)

64番前神寺(因島田熊町)

番外寺仙龍寺(因島市田熊町)

65番三角寺(因島田熊町)

66番雲辺寺(因島田熊町)

67番大興寺(因島田熊町金山) トイレ有

68番神恵院(因島田熊町金山)

69番観音寺(因島田熊町竹長)

70番本山寺(因島中庄町西浦)

71番弥谷寺(因島中庄町西浦)

72番曼荼羅寺(因島重井町長崎)

73番出釈迦寺(因島重井町明神)

74番甲山寺(因島市重井町)

75番善通寺(因島重井町善興寺内) トイレ有

76番金倉寺(因島重井町久保)

77番道隆寺(因島重井町馬神)

78番郷照寺(因島重井町砂原)

79番高照院(因島重井町小林)

80番国分寺(因島重井町郷新開)

81番白峯寺(因島重井町須越)

82番根香寺(因島重井町有浜)

83番一宮寺(因島重井町一宮)

84番屋島寺(因島重井町川口)

85番八栗寺(因島重井町白滝山)

番外白滝観音寺(因島重井町白滝山)

白滝山 四国八十八ヶ所御本尊

白滝山 弘法大師立像

86番志度寺(因島重井町東浜) 志度寺玉垣(寄付石)

87番長尾寺(因島重井町伊浜新開)

88番大窪寺(因島重井町宮の上)

 

 

付記

松本賢編、「ふるさと三庄」、三庄老青会連合会、昭和59年、p.37に次のように記してある。
明治四十五年(一九一二)因島重井の大師講連中の発起で島内八十八ケ所に堂宇を設立し、大師入寂の旧三月二十一日を期して巡拝を始めたのが始まりである。
 

沼隈町教育委員会編、「沼隈町誌 民俗編」、平成一四年、p.469に次の記述がある。

本四国を巡るには、金も時間もかかるので、岡山県の神島(笠岡市神島)や因島の新四国(島しょ部にあるものは「島四国」と呼ぶ)、福山の港町・川口・野上を巡る新四国を巡礼する人が多かった。

 また、沼隈町の子安講については、同書p.465に次の記述がある。

昭和三〇年(一九五五)代までは、春と秋に神島(岡山県笠岡市)や因島にある新四国の子安さんに参っていた。




四国八十八ヶ所 御本尊・御詠歌


第1番 霊山寺 (阿弥陀如来)

霊山の 釈迦の御前に 巡り来て 万の罪も 消え失せにけり

第2番 極楽寺 (釈迦如来)

極楽の 弥陀の浄土へ 行きたくば 南無阿弥陀仏 口ぐせにせよ

第3番 金泉寺 (釈迦如来)

極楽の 宝の池を 思えただ 黄金の泉 澄みたたえたる

第4番 大日寺 (大日如来)

眺むれば 月白妙の 夜半なれや ただ黒谷に 墨染めの袖

第5番 地蔵寺 (勝軍地蔵菩薩)

六道の 能化の地蔵大菩薩 導き給え この世のちの世

第6番 安楽寺 (薬師如来)

仮の世に 知行争う むやくなり 安楽国の 守護を望めよ

第7番 十楽寺 (阿弥陀如来)

人間の 八苦を早く 離れなば 到らん方は 九品十楽

第8番 熊谷寺 (千手観音菩薩)

薪とり 水熊谷の 寺に来て 難行するも 後の世のため

第9番 法輪寺 (涅槃釈迦如来)

大乗の 誹謗もとがも ひるがえし 転法輪の 縁とこそきけ

第10番 切幡寺 (千手観音菩薩)

欲心を ただ一筋に 切幡寺 後の世までの 障りとぞなる 

第11番 藤井寺 (薬師如来)

色も香も 無比中道の 藤井寺 真如の波の たたぬ日もなし

第12番 焼山寺 (虚空蔵菩薩)

後の世を 思へば恭敬 焼山寺 死出や三途の 難所ありとも

第13番 大日寺 (十一面観音菩薩)

阿波の国 一の宮とや ゆうだすき かけてたのめや この世後の世

第14番 常楽寺 (弥勒菩薩)

常楽の 岸にはいつか いたらまし 弘誓の船に 乗り遅れずば

第15番 國分寺 (薬師如来)

薄く濃く わけわけ色を 染めぬれば 流転生死の 秋のもみじば

第16番 観音寺 (千手観音菩薩)

忘れずも 導きたまへ 観音寺 西方世界 弥陀の浄土へ

第17番 井戸寺 (七仏薬師如来)

おもかげを うつして見れば 井戸の水 むすべば胸の あかや落ちなん

第18番 恩山寺 (薬師如来)

子を産める その父母の 恩山寺 訪いがたき ことはあらじな

第19番 立江寺 (延命地蔵菩薩)

いつかさて 西の住居の わが立江 弘誓の船に 乗りていたらん

第20番 鶴林寺 (地蔵大菩薩)

しげりつる 鶴の林を しるべにて 大師ぞいます 地蔵帝釈

第21番 太龍寺 (虚空蔵菩薩)

太龍の 常にすむぞや げに岩屋 舎心聞持は 守護のためなり

第22番 平等寺 (薬師如来)

平等に 隔てのなきと 聞く時は あら頼もしき 仏とぞみる

第23番 薬王寺 (薬師如来)

皆人の 病みぬる年の 薬王寺 瑠璃の薬を 与えましませ

第24番 最御崎寺 (虚空蔵菩薩)

明星の 出ぬる方の 東寺 暗き迷は などかあらまじ

第25番 津照寺 (地蔵菩薩)

法の舟 入るか出るか この津寺 迷ふ吾身を のせてたまへや

第26番 金剛頂寺 (薬師如来)

往生に 望みをかける 極楽は 月のかたむく 西寺のそら

第27番 神峯寺 (十一面観音菩薩)

み仏の 恵みの心 神峯 山も誓ひも 高き水音

第28番 大日寺 (大日如来)

露霜と 罪を照らせる 大日寺 などか歩みを 運ばざらまし

第29番 国分寺 (千手観音菩薩)

国を分け 宝を積みて 建つ寺の 末の世までの 利益のこせり

第30番 善楽寺 (阿弥陀如来)

人多く 立ち集まれる 一の宮 昔も今も 栄えぬるかな

第31番 竹林寺 (文殊大菩薩)

南無文殊 三世の仏の 母と聞く 吾も子なれば 乳こそほしけれ

第32番 禅師峰寺 (十一面観音菩薩)

静かなる 我がみなもとの 禅師峰寺 浮かぶ心は 法の早船

第33番 雪蹊寺 (薬師如来)

旅の道 うえしも今は 高福寺 後のたのしみ 有明の月 

第34番 種間寺 (薬師如来)

世の中に 蒔ける五穀の 種間寺 深き如来の 大悲なりけり

第35番 清滝寺 (厄除薬師如来)

澄む水を 汲むは心の清滝寺 波の花散る 岩の羽衣

第36番 青龍寺 (波切不動明王)

わずかなる 泉に棲める 青龍は 仏法守護の 誓ひとぞきく

第37番 岩本寺 (不動明王)

六つのちり 五つの柱 あらわして 深き仁井田の 神のたのしみ

第38番 金剛福寺 (三面千手観音)

ふだらくや ここは岬の 船の棹 取るも捨つるも 法のさだやま

第39番 延光寺 (薬師如来)

南無薬師 諸病悉除の 願こめて 詣る我身を 助けましめせ

第40番 観自在寺 (薬師如来)

心願や 自在の春に 花咲きて 浮世のがれて 住むやけだもの

第41番 龍光寺 (十一面観音菩薩)

この神は 三国流布の 密教を 守り給はん 誓いとぞ聞く

第42番 仏木寺 (大日如来)

草も木も 仏になれる 仏木寺 なを頼もしき 鬼畜人天

第43番 明石寺 (千手観音菩薩)

聞くならく 千手の誓ひ 不思議には 大盤石も 軽くあげ石

第44番 大寶寺 (十一面観音菩薩)

今の世は 大悲のめぐみ 菅生山 ついには弥陀の 誓いをぞまつ 

第45番 岩屋寺 (不動明王)

大聖(だいしょう)の 祈る力の げに岩屋 石の中にも 極楽ぞある

第46番 浄瑠璃寺 (薬師如来)

極楽の 浄瑠璃世界 たくらへば 受くる苦楽は 報いならまし

第47番 八坂寺 (阿弥陀如来)

花を見て 歌読む人は 八坂寺 三仏じょうの 縁とこそ聞け

第48番 西林寺 (十一面観音菩薩)

弥陀仏の 世界を訪ね 行きたくば 西の林の 寺に詣れよ

第49番 浄土寺 (釈迦如来)

十悪の 我身を棄てず そのままに 浄土の寺へ まいりこそすれ

第50番 繁多寺 (薬師如来)

よろずこそ 繁多なりとも 怠らず 諸病なかれと 望み祈れよ

第51番 石手寺 (薬師如来)

西方を よそとは見まじ 安養の 寺に詣りて 受くる十楽

第52番 太山寺 (十一面観音菩薩)

太山に 登れば汗の 出でけれど 後の世思えば 何の苦もなし

第53番 円明寺 (阿弥陀如来)

来迎の 弥陀の光の 圓明寺 照りそう影は 夜な夜なの月

第54番 延命寺 (不動明王)

くもりなき 鏡の縁と ながむれば 残さず影を うつすものかな

第55番 南光坊 (大通智勝如来)

このところ 三島に夢の さめぬれば 別宮とても おなじ垂迹

第56番 泰山寺 (地蔵菩薩)

みな人の 詣りてやがて 泰山寺 来世の引導 たのみ置きつつ

第57番 栄福寺 (阿弥陀如来)

この世には 弓矢を守る 八幡なり 来世は人を 救う弥陀仏

第58番 仙遊寺 (千手観音菩薩)

立ち寄りて 佐礼の堂に 休みつつ 六字を唱え 経を読むべし

第59番 国分寺 (薬師瑠璃光如来)

守護のため 建ててあがむる 国分寺 いよいよ恵む 薬師なりけり

第60番 横峰寺 (大日如来)

縦横に 峰や山辺に 寺建てて あまねく人を 救うものかな

第61番 香園寺 (大日如来)

後の世を 思へば詣れ 香園寺 止めて止まらぬ 白瀧の水

第62番 宝寿寺 (十一面観音菩薩)

さみだれの あとに出でたる 玉の井は 白坪なるや 一の宮川

第63番 吉祥寺 (毘沙門天)

身のうちの 悪しき悲報を 打ち捨てて みな吉祥を 望み祈れよ

第64番 前神寺 (阿弥陀如来)

前は神 後は仏 極楽の よろずの罪を くだくいしづち

第65番 三角寺 (十一面観音菩薩)

おそろしや 三つの角にも 入るならば 心をまろく 慈悲を念ぜよ

第66番 雲辺寺 (千手観音菩薩)

はるばると 雲のほとりの 寺にきて つきひを今は ふもとにぞ見る

第67番 大興寺 (薬師如来)

うえおきし 小松尾寺を ながむれば 法の教えの 風ぞ吹きける

第68番 神恵院 (阿弥陀如来)

笛の音も 松吹く風も 琴弾きも 歌うも舞うも 法のこえごえ

第69番 観音寺 (聖観世音菩薩)

観音の 大悲の力 強ければ 重き罪をも 引き上げてたべ

第70番 本山寺 (馬頭観世音)

もとやまに 誰が植えける 花なれや 春こそたおれ 手向けにぞなる

第71番 弥谷寺 (千手観音菩薩)

悪人と 行き連れなんも 弥谷寺 只かりそめも 良き友ぞよき

第72番 曼荼羅寺 (大日如来)

わずかにも 曼荼羅おがむ 人はただ ふたたびみたび 帰らざらまし

第73番 出釈迦寺 (釈迦如来)

迷ひぬる 六道衆生 救はんと 尊き山に いづる釈迦寺

第74番 甲山寺 (薬師如来)

十二神 味方に持てる 戦には おのれと心 甲山かな

第75番 善通寺 (薬師如来)

我住まば よも消えはてじ 善通寺 深き誓ひの 法のともしび

第76番 金倉寺 (薬師如来)

まことにも 神仏僧を 開くれば 真言加持の 不思議なりけり

第77番 道隆寺 (薬師如来)

ねがいをば 仏道隆に 入りはてて 菩提の月を 見まくほしさに

第78番 郷照寺 (阿弥陀如来)

踊りはね 念仏唱う 道場寺 ひょうしをそろえ 鐘を打つなり

第79番 天皇寺 (十一面観音菩薩)

十楽の 浮世の中を たづぬべし 天皇さへも さすらひぞある

第80番 国分寺 (千手観音菩薩)

国を分け 野山をしのぎ 寺々に 詣れる人を 助けましませ

第81番 白峯寺 (千手観音菩薩)

霜さむく 露白妙の 寺のうち 御名を称ふる 法の声々

第82番 根香寺 (千手観音菩薩)

よひのまの たへふる霜の 消えぬれば あとこそかねの 勤行の声

第83番 一宮寺 (聖観世音菩薩)

讃岐一 宮の御前に 仰ぎ来て 神の心を 誰かしらいふ

第84番 屋島寺 (十一面観音菩薩)

梓弓 屋島の宮に 詣でつつ 祈りをかけて 勇むもののふ

第85番 八栗寺 (聖観世音菩薩)

煩悩を 胸の智火にて やくりをば 修行者ならで 誰か知るべき

第86番 志度寺 (十一面観音菩薩)

いざさらば 今宵はここに しどの寺 祈りの声を 耳に触れつつ

第87番 長尾寺 (聖観世音菩薩)

あしびきの 山鳥の尾の 長尾寺 秋の夜すがら 御名を唱えて

第88番 大窪寺 薬師如来)

南無薬師 諸病なかれと 願いつつ 詣れる人は おおくぼの寺


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大三島橋


2022年3月24日木曜日

ふるさとの史跡をたずねて 増補版 261-270

 ふるさとの史跡をたずねて(261)


青木早嵐道路改修碑(尾道市因島重井町八幡神社)

 島四国88番大窪寺前の重井町八幡神社境内には、外から見えるように東を向いた石碑が何基かある。その一つが青木早嵐道路改修碑である。



これまでも青木道路と繋がる道路改修碑を書いて来たが、今回のもその一つである。そしてこの道路は、例の両端にブルーラインが書かれたサイクリングロードである。この道は青木城跡の東側で、かつては海側の伊浜新開と山側の農事試験場に挟まれた八幡神社の裏参道であった。しかし、因島大橋開通後、フラワーセンターが出来た時、大きく改修され、この石碑にある改修の面影はなくなったと考えてよい。

 これまで紹介したのと似たパターンで中央に「本村字 自青木至早嵐 道路改修碑」と書かれており大正四年二月起工、同年五月竣工である。

 北の端は白滝山フラワーラインの入口よりさらに北寄りの、重井中学校から伸びる道路と接する辺りではないかと思う。

 石碑の左面から総工費が壱千三百三拾八円十六銭で、内訳として村費補助が四百円、特別寄付四拾二円二十銭、関係者寄付四百七拾五円六銭、関係者出勤人夫壱千四百三人であることがわかる。

 集まったお金に、人夫一人当たりの日当を30銭(0.3円)として計算した額を加えたものが総額となっているのだから、関係者出勤というのは無賃の勤労奉仕であったということであろう。現金の支出としては材料費や石工等の職人への手当ての他、出勤人夫への弁当代などが含まれていたとしても、この書き方と矛盾はしない。


参考 地図など




ふるさとの史跡をたずねて(262)

         

高浜通谷道路改修碑(尾道市因島重井町長崎)

 重井町北西端から見る光景は、左から佐木島、宿袮島と三原方面、細島、馬神城跡とまことに美しい。特に満潮の頃になると海面の反射が引き立つ。

 そこのゴミステーションの隣に大きな道路改修碑がある。



中央に「本村字 自高浜至通谷 道路改修碑」、右左に「明治廿八年四月廿一日起工」「明治廿九年四月廿二日落成」と書かれており、丸一年を要した大工事だったことがわかる。左面には総額八百七十二円、内訳として村費補助百六十円、関係寄付百四十三円、特別寄付七十一円、そして人夫三千三百廿人四百九十八円と書かれている。人夫一人当たり15銭(0.15円)という計算になる。総額の内訳の中に他の収入と並べて書いてあるということは、支払った額ではなく無賃奉仕を一人の日当15銭として計上したとしか考えられないのは、これまでと同じ。でも人数が多いので、再度考えてみよう。普請、人足、人夫などという言葉はもともと無賃奉仕に対する言葉だった。協力を「あまねく請う」のが普請。「万葉集」に出てくる防人(さきもり)、江戸時代の城普請に駆り出された農民も、日当などもらっていない。日当という考え方自体が極めて現代的なのかもしれない。

 村普請、略して「むらぶ」あるいはさらに略して「ぶ」と呼ばれるものが、かつてはよく行われていた。

 なお、高浜はこの石碑のあたり、通谷は鬼岩のやや北側。


地図YAMAP

ふるさとの史跡をたずねて(263)

須越樋口道路改修碑(尾道市因島重井町公民館)

 重井公民館の駐車場横の花壇の中にも道路改修碑がある。駐車場入口のガソリンポンプ等寄付碑の裏である。南の一段高くなったところの道路の改修が行われたことを示す。だから、石碑は南向きに設置されている。



そこには、これまでと同様に中央に「本村字 自須越至樋口 道路改修碑」、そして右左に「明治廿七年十一月起工」「明治廿八年五月落成」と書かれている。

 そして左面にはその費用についての記録がある。まず「金高 三百五拾円六十四銭」とあり、これはその下に書かれてある内訳金の合計に一致する。しかし、左側には「右 人夫二千八十六人 金三百四拾一円八十五銭」とある。一人当たり約十六銭である。

 さて、この「右」は何を意味するのであろうか。見ただけなら、支出における人件費と思うだろう。しかし、これまでの例と同様に考えれば、無賃奉仕の人件費を加算したものを総工費と考えるべきであろうか。この書き方ではどちらかわからない。

 内訳金については、関係寄付八十二円廿二銭、村費補助百六十円、特別寄付八十九円九十二銭。これは世話人の寄付のようだ。そして残りの拾八円五拾銭については文字が読めないのでわからないが、細島、岩子島、忠明、寄付などの文字がかすかに読める。

 この道路は須越のバス停から公民館の上を通って、大小路、南小路の接する交差点までである。その交差点には、明治31年の大小路南小路道路改修碑が建っている。



ふるさとの史跡をたずねて(264)

           

道路改修碑(尾道市因島三庄町二区)

 因島三庄町善徳寺から南へ向かうと、峠の上で左右にバス通りに降りる道が別れる。ここの三叉路に道路改修碑がある。そのバス通りは因島市時代は市道土生三庄線と呼ばれていたが、今でもそれでよいのだろうか。 



 その石碑には右から左へ三行にわたって次のように記されている。「大正十二年三月」「道路改修記念碑」「建設昭和十五年五月」。

 これは何を表しているのだろうか。記念碑が先にできて後から工事が行われるということはありえないから、大正十二年三月に道路改修工事が完了し、昭和十五年五月にこの石碑が建てられた、と解釈するしかあるまい。まことに不思議なことであり、理解に苦しんだ。昭和昭和十五年に何があったのだろうか。

 昭和15年は神武天皇即位紀元2600年にあたり、国を挙げての記念行事が行われた年だとわかった。その祝賀行事の一つだったのだろう。

 石碑には土地寄付者が10人とその面積、設計者、石材寄付者、木材運搬者、道路委員7人、記念碑建設委員8人の名称が記されている。なお右端に書かれている金三百円、通組、土地二畝などの文字は解読できなく、解釈を保留しておく。(金三百円之通組替地二畝であろうか? でも意味はわからない。通というのは東端の地区名)

 ともかく昭和15年の祝賀行事を彷彿させる貴重な石碑である。

 この石碑に接するように道標があり、隣り合った2面に「左土生田熊村」「右中庄村」と書いてある。これは現在地の反対のところにあったものと考えられ、山側が中庄村方向だろう。また、道路改修碑よりも古いものだと考えられる。


ふるさとの史跡をたずねて(265)

千守道路記念碑(尾道市因島三庄町一区)


 前回の市道土生三庄線の道路改修工事碑の三庄町側の終点では南北に走る道路と接する。その道路は現在は海側に新しく作られて海岸道路となっており、北側が水軍スカイラインとなって椋浦方面へ続く。千守から椋浦峠までの道路改修を記念した石碑が地蔵堂(金比羅堂)・島四国29番国分寺の前の広場にある。



もちろん護岸工事や舗装改修やらのインフラ整備は日常的に行われているのだから、現在の姿とこの石碑建立時の改修による姿とは想像できないほどの隔たりがあると思ってよいだろう。しかし、立派な記念碑が建っているのだから、画期的な改修が行われたことは確かだと思われる。また、この石碑から三叉路への海岸通りはもっと後にできたものであろうから、内側の道も含まれていたのかもしれない。

 石碑には、右から「千守道路記念碑」と大きく書かれており、上には三角形の石が載り、丸く磨かれた面には「悪しき昔の道を忘るな」と詠んだ歌が書かれている。下には「大正八年三月着工、大正十年三月竣工」とあり、村長、助役、収入役、村会議員の氏名が書かれている。それに続けて、「金三千六百円三庄村費補助 金三千六百円千守組住民工費 金三千三百円土地寄附 金二百円睦硯会員工費」、そして寄付者と金額が書かれている。最後に工費総額として一万二千三百円と書かれている。この額は上記金額を合計したものに近いが、収入と支出の関係はわかりにくい。また裏面に廻ってみれば、「千守道路委員」として13名の氏名が記されている。




ふるさとの史跡をたずねて(266)

向山釜ノ浜道路改修碑(尾道市因島三庄町四区)


 因島三庄町の地蔵鼻へ行く道路は、北側の石田造船の横を通るのが一般的だが、南側の折古の浜の側を通る道の他、その間を通る道もある。今回はその間の道の話である。

 元三庄小学校前の交差点は、かつてはバスと離合するのが難しく慎重に通ったところであるが、今は道幅が拡張されていて、あっと言う間に通過してしまう所となった。その交差点から東側に向かって登ると大きなため池がある。室内池と言うユニークな名前には何かいわれがありそうであるが、わからない。そのため池の北側の道を東へ少し進むと右側に「道路記念」と書いた石碑がある。



 道路を新設したのなら、そのことを大きく書くだろうから、やはり道路改修記念碑にちがいない。表には寄付者として金額と氏名、右側に「大正十四年三月」、左側に世話人の氏名が書かれている。



 市道の路線名は向山釜ノ浜線であるから、「向山釜ノ浜道路改修碑」と記しておく。



ふるさとの史跡をたずねて(267)

天神道路改修碑(尾道市因島中庄町天神)


 因島中庄町の因島消防署の前の信号を東に向かって進み、最初の左に入る道を左折する。すると電柱の隣に巨大な石碑がある。



 大きく右から「天神道路改修碑」とあり、金額と寄付者名が四段に書かれている。高額者から順になっている。一番上の段の右端に本村補助として金額が書かれているが、三千円か三百円か三十円か判読できない。また下段左には「順位抽籤」とあるから、これは同額の場合という意味だろう。また「外八拾六名」とも読める。これも寄付者のことだろう。

 裏面には、「大正十四年竣工」「発起者 天神組青年」と書いてあり、「世話人」として25名の氏名が書かれている。最後の文字は消えかけているが年齢順という意味だろうか。

 大正14年は年末の数日が昭和元年になる、大正最後の年である。






ふるさとの史跡をたずねて(268)

道路改修碑(尾道市因島中庄町西浦)


 国道317号線の新青影トンネルは、まもなく開通するのだが、その西浦側の入口の上から北へ入れば、本連載5回で紹介した掛迫農道へ行ける。また、この入口のところから北側の側道を西に降れば、夫婦岩がある。

 今回はその夫婦岩の前を通り過ぎ、しまなみ海道西浦高架橋の下まで行ってみよう。右手に「道路改修」と書いた石碑がある。



右側面に昭和十一年と書かれている。工事区間の記載もないし、高架橋の工事で当然、道路も変わっているだろうから、元の道路を推定することはできないが、この近くの道路改修が行われたという記念の石碑である。

 正面右隅に「本村補助割石二百箇」とあるのが興味深い。現在と違い、法面の工事に石組みが用いられ、その200個分の材料費に村費が当てられたということであろう。

 次に寄付金の額と氏名が書かれている。15名が氏名で2名が屋号であるのも珍しい。寄付金の合計が176円である。また世話人として6名の氏名が書かれている。

 人も、道路も変わる。でも石碑だけは残っていて、人々が協力して自分たちの住んでいるところをよくしようと協力していたことがうかがえる。自分の住んでいるところの石碑は、毎日見ていて風景の中に溶け込んでいるので、あまり意識することはないが、こうして各地の石碑を見ていると、少しずつ違っており興味深い。






ふるさとの史跡をたずねて(269)

御即位大典道路改修碑(尾道市因島中庄町西浦)


 前回とほぼ同じところであるが、やや東に高いところにある。

 新青影トンネルの西浦側入口近くの北側の側道を山に沿って西に降って夫婦岩に行く。その手前に道路改修碑がある。これは、石垣の中にあってなおかつ風化も進んでおり、緑色の昆虫が葉っぱの中にいるように目立たないから、季節によっては気をつけて探さないと見過ごしてしまうかもしれない。また、表面が丸いので道路改修碑だと気づかない。



 中央に「御即位大典記念工事」と大きく書かれている。右側に小さく「自峠至西浦里道路改修」とある。左側の文字も小さいが「大正四年十一月竣成」と書いてある。これは大正4年11月10日に京都御所紫宸殿で大正天皇の即位礼が挙行されたことを記念して、道路改修工事が行われたということである。

 ここで251回で紹介した青影トンネルの上にある「自字中須加権防至峠道路改修記念」碑を思い出しておくのも悪くないだろう。こちらは「大正五年竣成」だから、西浦側が少し早く改修され、それに続けるように改修されたことがわかる。




ふるさとの史跡をたずねて(270)

金蓮寺道路改修碑(尾道市因島中庄町寺迫)


 金蓮寺山門前の参道左手に奇妙な形の道路改修碑がある。一見、ふたつの石を巧妙に繋ぎ合わせたような印象を受けるが、自然石の原型をうまく使ったものだろう。



 まず正面の上の段。「道路改修之碑」と中央に大きく書かれ、右には「自字時森到字寺迫金蓮寺」、左には「大正二年二月起工同年五月竣成」と深く彫られている。

 下の段には右端に「金三十円中庄村補助」とあって次に40円から10円までの寄付者21人の金額と氏名が記されている。他の寄付者については、左側面に「金百八拾七円 拾円以下ノ者九十三人」とある。

 また裏面の下部には「当山十世大豊代」、檀徒惣代3人、発起者2人の氏名が書かれている。そして「墓所石壇 寄附者中 世話人」と16名の氏名が書かれているのだが、16名全員が世話人なのか、そうでないのか、書かれた文字の配置からは理解できない。



 しかし、いずれの面も文字が書かれてあるところはきれいに磨かれ、文字が深く彫られていて鮮明で楽しい石碑である。

 また、設置場所もよく、多くの人に見てもらえる。





                                            写真・文 柏原林造 




➡️ブーメランのように(文学散歩)

本館 白滝山 いんのしまみち         

水戸烈士ノ墓ニ詣ズ


水戸烈士ノ墓ニ詣ズ -江木鰐水日記抄-


 


明治元年九月


 大政を奉還して幕府は瓦解するもなお、一部の吏員党を組みて、反抗する。福山藩阿部候はもと徳川幕藩体制下においては親藩なりて、代々幕閣人士を出す家柄なり。御一新このかた、福山藩、薩長の新政府に恭順を示すこと頗るなり。新政府、藝州より上るに際し、城を開け恭順を示し、戊辰の役に協力す。


 我が藩に函館へ兵士五百名の出張の命が下りしは、去る九月七日のことなり。


 我は正月以来、小丸山修築の業に携わり、巴隍(はこう)の水車を管理している。それが突然、呼び出しがあり慌てて登城したのが十九日午後のことであった。城では執政の山岡氏から命を受けた。軍事参謀として函館へ行けという。御番頭の席なり。陣服が準備してあった。末世とはいえ、懼れ多いことである。自分には勤まらぬ、固辞するも、極北寒沍の地函館は攻めるに難き所なれば、是非にと乞われる。軍機戦略の才無し。平生水理地形に心を留めて國の守備を昼慮い夜思うばかりなり。


 イギリス国軍艦モーナ号が着岸したので明日鞆の浦に行くよう指示あり。


 十日ばかりあり、巴隍(はこう)の水車の事は五十川基の甥に後事を託すべく官よりより許可をいただき、あれこれと伝う。


 


 明治元年十月二日午後四時 イギリス国軍艦モーナ号にて備後福山鞆津より出航す。


 明治元年十月五日 加州敦賀の港にモーナ号接岸ス。


 函館戦争に向かう道すがら、われわれは敦賀の港に停泊した。大野藩兵乗船のためである。


 ここはつい先年まで、常陸から中山道を通って、世を騒がした、水戸烈士が投降して斬首された土地である。


 元治元年十二月二十二日、のことであった。上坂し、水戸の武田耕雲齊ら百余人が加賀藩に降ったことを聞いた。


 上京し冤を訴えんとし、木曽路より上る。路、梗塞(きょうそく)不通、撃してこれを開く、曲してこれを迂る。艱苦して江北(神保)駅に至る。加州の兵これを守る。一橋候逆を撃たんと欲す。浪士すなわち加州の営に至って降る。


 思えば異常な事態は、彼我もまた同じであった。親藩ご三家の水戸藩から激越な尊皇攘夷の天狗烈士が生まれ、幕府に刃向かったということで処分された。一方我々のほうはどうだ。老中首座阿部正倫公を出した親藩の福山藩が、今函館にいる幕府軍を撃とうとしている。まるで夢の中の世界の出来事のようではないか。