2026年1月22日木曜日

アブ

 

アブ

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夏の畑や山ではアブはつきものである。因島では ぶと と言う。刺すのではなく咬むのだ。かまれた痕がいつまでもかゆい。タオルで叩いて落としてもすぐに飛んで逃げるから、素早く足で踏み殺す。


2013.7.17.井原市

石舞台古墳

 

石舞台古墳

奈良県の道

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おそらく岡山の最後の年の秋、体育の日に奈良へ車で行った。不思議な姉妹と弟の写真が写っている。この時は娘が二人いた。翌年7月に男の子が生まれた。そしてちょうどここの子供のような組み合わせになった。だから我が家の家族のように見える。長女に見せたら、こんなに大きくなかったから私ではない・・・と。





奈良県の道

弘法大師伝記

 弘法大師伝記一

P.1

弘法大師御伝記序

檐(のき)のしづくのとくとくときよきをあがめてこれをこひ

あしきをこばみてそれを捨、二つのものはいづれか

勝、いづれか劣れる。されは詩には見だれるを削て、

門なみにうたひ、書にはおさまれるをほめて、家一と

におこなふ、実に故あるかな、こゝろみに是をことはらん、

それ㐧一上にのぼり、下にくだつて、月日よべにめゞり

あしたにはこび、山河高にそびえ、長きになかれてか、

人畜験にあゆみ、横にはしりちじの名まへはりつらな

つて万の物かぎりなき中に貴して旦うやうやし


P.2

きは、人にならへるわるし、然れ共その心をうしなへる

僕は砂よりも多く、その徳を盛にする賢きは玉には

よりもともし故に五百にも得かたく、千載にも遇こと

まれ也、昔光仁天皇の御宇宝亀五年甲寅

の年なみに当て讃岐の国多度の郡に妙に

挺生せる大士あり、人の形にして仏のさとります法

の諱は空海和尚、登壇散花の御名は遍照金剛、

後に延喜の帝弘法大師とをくり給ふ、天精粋

をゆるして、四表におよひ、地虚霊を見がいて申方に

かゝやき、生なかに寂薄の生石蹟を慕ひづとめざる


P.3

に真常の大妙にふける兼に則野主その願

ひに随てはして法をもとむる人に櫂じ延暦の

末に纜を解て入唐し大同の始に猿をめくらして

帰朝す召身即仏の道此日にいたり頓悟頓満風

是時にしく六凡親すればわれかれ睦して万蓋

ぬれはこゝかしこ静也況や又通を飛せば目連身侭

り定を修すれは除疑念噪ぎ智を振へは文殊諍

唇を沽し悲を倩へば観音青眼を期す若夫照学

に出れば襁襴にして文翁之すゝまざるにとりひし

き草聖につけは、兮角にしも伯英て猶いやしきに

2026年1月8日木曜日

重井教育史抄

 重井教育史抄 第1回


150年以上の歴史を持つ重井小学校と、併せて戦後の重井教育のもう一つの柱であった重井中学校が来年3月末で閉校する。そこで重井教育について振り返ってみたい。井上一次先生が編集された『白滝教育百年のあゆみ』には、なぜ白滝教育と呼ぶのかは、書かれていない。そこで思いつくのは白滝山伝六のことである。

 先月紹介した「反省の泉」に連載された柏原舒延先生の論考によると、伝六さんの初期の仕事に「功過自知録」という道徳の点数化を広めたことがある。これは伝六と同じ頃生まれた広瀬淡窓が天領日田(現大分県日田市)の漢学塾で塾生たちとともに実践したものと同じものである。その根底には「積善余慶」の思想があり、白滝山の石仏に寄進するのも積善であった。その伝統は明治以降も連綿と続き、村の経済では考えられないような立派な木造校舎が次々と建てられていった。もちろん日常生活を貫く道徳心も同様であったと思われる。このように伝六さんの仕事が重井教育の根底にあると考えるのであれば、重井教育を白滝教育と呼ぶ意義は十分あると私は思う。さて、明治以降の公教育は、十六小区因島では重井村の「振徳舎」と田熊村の「研幾舎」の2つが明治6年4月に県によって認可された。場所はそれぞれの村のお寺であったから、寺小屋と紛らわしい。もちろん長い寺小屋教育の地盤の上に認められたのであろうが、それ以前の寺小屋や私塾とは違う。明治5年8月の明治国家の法律「学制」に基づく公教育の始まりであった。このことは重井村や重井小学校の歴史であるのみならず、因島の公教育の記念すべき歴史である。「村立」とか「小学校」と言う言葉が一般的でなかった時代であったので、校名や制度は新しい法律とともにめまぐるしく変わるのであるが、とにかく明治近代国家における公教育は、このようにして始まった。図は認可を伝える文書の一部。(『因島市史』、p. 892による。)




重井教育史抄 (2)  2026 2月


昭和28年に何が起こったか? 5月1日に因島市が誕生した。御調郡重井村から因島市重井町に住居表示が変わった。一見、村が町になっただけのように見える。しかし現実は重井村という地方自治体は消滅し、重井町は住居表示であっても地方自治体ではなくなったのである。だから小学校も中学校も重井町立ではなく因島市立となった。このことは従来の重井教育・白滝教育という言葉が根本的に意味をなさなくなったと考えてよい。あえて言えば、重井教育ではなく因島教育の時代になったのである。因島市を構成する元の町村でも事情は同じであった。歴史と児童・生徒数に違いがあるものの、因島教育というべき普遍化に向かうのが法の上での平等というものである。さて、ここで因島市立重井小学校へ目を向けると、聞き慣れない因島市というものを子供たちに理解させるために、児童会活動を地域のシンボルであった白滝山にちなみ、白滝市と名付け、児童会長を白滝市長と呼び、児童(白滝市民)の選挙で選ぶというような、白滝市活動が登里豊校長により提案され実践された。このユニークな活動は、ラジオ、テレビ、新聞、雑誌等で報道されたり表彰されたりした。子供達はますます熱心に活動するとともに、保護者・町民からも支持され協力があったことは多くの人の記憶に残っている。確かに因島市の市政の一端は子供達にもよくわかった。しかし子共達の視線は因島のことよりも重井小学校の活動に集中した。保護者・町民の視線も同様であったであろう。すなわち、ここで死語となるはずであった重井教育という言葉が復活した。重井教育・白滝市教育として。だから重井村時代を含めて重井教育・白滝教育という新たな伝統が生まれたのであった。写真中央は村上泰通初代白滝市長と登里豊校長。その後ろは安松延二初代因島市長。










(因島重井町文化財協会・柏原林造)

2026年1月2日金曜日

夕凪亭閑話2026年1月

クリスタルホーム

2026年1月1日。木曜日。晴れ。4020歩。73.7kg。

穏やかな新年。少し庭木の剪定。マドンナの取り入れ。


2026年1月2日。金曜日。晴れ。1843歩。73.7kg。

今日は気温が低く、風も強いので、庭木の剪定はせずに家の中。閉校記念誌少し。


2026年1月3日。土曜日。晴れ。2180歩。72.4kg。

寒い。午後、庭木の剪定。


2026年1月4日。日曜日。曇り時々晴れ。1165歩。72.4kg。午後庭木の剪定。高い木を切る。かなり進む。古文書が進まない。化学の本を気分転換に読む。やはり面白いので、老後の余暇として読みたい。


2026年1月5日。月曜日。曇り時々晴れ。2850歩。72.4kg。今日は朝から年賀状の返事。昼過ぎ終わる。

 新年  一東

新春天地又春風

山色吉祥万古固

草木浮生身王台

昭和景物五運中

 


2026年1月6日。火曜日。晴れ。2669歩。72.2kg。

朝燃えるゴミを出す。タイムズ原稿。昼過ぎに終わる。バベの大きな幹を切る。

 書懷  下平七陽

風雲和気吐満香

旭日満天一草堂

白髪浮世身好在

汪然別有記星霜


2026年1月7日。水曜日。晴れ。3104歩。72.2kg。

朝、買い物。一日中古文書。灯油1万円買う。

 新春  下平六魚

東山佳気曙光初

旭日紅粧感有餘

山色眼前身壮大

海波告暁愛吾居


2026年1月8日。木曜日。晴れ。2156歩。72.15kg。

寒く何もしない。部屋の中で閉校記念誌の原稿を書く。

  深夜思  侵

耿然灯火夜方深

従事詩音学海沈

書架図書猶不倦

深更破壁夜寒侵


2026年1月9日。金曜日。晴れ。3114歩。72.4kg。

今日は朝から閉校記念誌の原稿かき。タイムズ配る。寒い日。


2026年1月10日。土曜日。曇り。1386歩。72.2kg。

寒波到来風強。早朝読書食後又眠。起編閉校誌。夜漫然無為成事。

 偶感   下平七陽

春光和気亦尋常

詩句鏡中入酔郷

相英草覚既老大

星移感慨已無望


2026年1月11日。日曜日。曇り時々雪。1591歩。72.4kg。

朝、買い物。大変寒い。風強し。雪も。



2026年1月12日。月曜日。晴れ時々曇。2990歩。72.8kg。

風は止んだが気温が低い。少し庭木の剪定。古文書。


2026年1月13日。火曜日。晴れ時々曇。6879歩。72.8kg。よく晴れた。庭の木を切ったり、一町田へ行って雑木を切って帰る。古文書。タイムズ書いて送る。


2026年1月14日。水曜日。晴れ。2697歩。72.8kg。

朝、買い物。午後、論語の会。4人。


2026年1月15日。木曜日。晴れ。3318歩。72.9kg。朝、午後、山へ竹切り。庭木の剪定。イチジクの剪定。


2026年1月16日。金曜日。晴れ。7351歩。72.4kg。

朝、文化財協会役員会の打ち合わせ。2時間ほど山のたけきり。」

タイムズ配布。閉校記念誌原稿。


2026年1月17日。土曜日。晴れ。3235歩。73.1kg。

朝、小学校。トランペット鼓隊60周年記念式。午後、竹切り。
水野弥穂子訳『正法眼蔵随聞記』、筑摩文庫、終わる。3回目。
  書を読む  一東
読書知是入新語
相英海波万里風
客到草堂香和酒
仁風山色五雲中


2026年1月18日。日曜日。晴れ。2357歩。73.2kg。
朝、買い物。帰ってから山へ竹を切りに行く。切っても切っても亦生える。そそて僕が死んだら、元の竹やぶに戻って、もっともっと下へと竹やぶは広がってくる。いつまでも面倒を見ることはできないのだから、到るところが荒地になるのは仕方がない。
 午後、昼寝。夕方から閉校記念誌のための写真を検討していたらつい熱中して、遅くなってしまった。目がぼーっとして長時間パソコンに向かっていることがいかに悪いか、わかる。でも仕方がない。出来るだけ休憩をとりながらやるしかないのだろう。
 だんだんと残り人生が短くなる。どう生きるか? いつも自分で自分に問いかけているが、答えは出ない。曖昧なままだ。どこへ行き着くかわからないが、これまで通り本を読んで、そして少し考えたことを書き続けるしかないのではないか。その価値があるとかないとかはどうでも良いことで、自分は自分ありに思うことを自分の流儀で書けば良いのだろう。
 幸いごくわずかの方にではあるが喜んでいただけた著作もできた。これを深めたり範囲を広げることができれば、それでよしとすべきだろう。

2026年1月19日。月曜日。晴れ。2570歩。72.8kg。
朝9時ごろから山へ竹切り。12時過ぎに帰る。13時半から公民館で文化財協会役員会。夕方、藤井医院。
 帰って明日の準備など。


2026年1月20日。火曜日。晴れ。1619歩。72.8kg。
朝、定例会。12人。午後、タイムズ原稿。夜、送る。
寒い。またまた寒波到来。

2026年1月21日。水曜日。曇り時々晴れ。1783歩。72.8kg。朝、文学散歩の会。8人。帰りに買い物。昨日よりさらに寒い。

2026年1月22日。木曜日。曇り時々晴れ。1856歩。72.8kg。この冬一番の寒さ。ずっと家の中にいる。

2026年1月23日。金曜日。曇り時々晴れ。3735歩。72.8kg。
午後山へ竹切り。夕方タイムズ配る。

2026年1月24日。土曜日。曇り時々晴れ。2006歩。73.2kg。
昼過ぎ竹切り。それ以外はずっと家にいる。

2026年1月25日。日曜日。曇り時々晴れ。4106歩。73.35kg。デコポン摘みはじめる。
司馬遼太郎『空海の風景』上、中公文庫、終わる。2回目。

2026年1月26日。月曜日。晴れ。1059歩。72.25kg。
佐島遍路5回目。11名。

2026年1月27日。火曜日。晴れ。2344歩。73.2kg。
朝ゴミ出し。午後、市民病院、向島。一日中、公民館だより、タイムズの原稿書く。夜、送る。





クリスタルホーム

2025年12月12日金曜日

生名島八十八箇所

 島四国八十八ヶ所霊場 向島 岩子島 因島 重井村  中庄村 外浦村 田熊村 生口島 大三島 伯方島 大島 弓削島 佐島 生名島 岩城島 佐木島 

四国八十八ヶ所 御本尊・真言・御詠歌


第1番 霊山寺 (釈迦如来)のうまく さんまんだ ぼだなん ばく

霊山の 釈迦の御前に 巡り来て 万の罪も 消え失せにけり

第2番 極楽寺 (阿弥陀如来)おん あみりた ていせい からうん

極楽の 弥陀の浄土へ 行きたくば 南無阿弥陀仏 口ぐせにせよ

第3番 金泉寺 (釈迦如来)のうまく さんまんだ ぼだなん ばく

極楽の 宝の池を 思えただ 黄金の泉 澄みたたえたる

第4番 大日寺 (大日如来)おん あびらうんけん ばざらだどばん

眺むれば 月白妙の 夜半なれや ただ黒谷に 墨染めの袖

第5番 地蔵寺 (延命地蔵 勝軍地蔵菩薩)おん かかかび さんまえい そわか

六道の 能化の地蔵大菩薩 導き給え この世のちの世

第6番 安楽寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

仮の世に 知行争う むやくなり 安楽国の 守護を望めよ

第7番 十楽寺 (阿弥陀如来)おん あみりた ていせい からうん

人間の 八苦を早く 離れなば 到らん方は 九品十楽

第8番 熊谷寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

薪とり 水熊谷の 寺に来て 難行するも 後の世のため

第9番 法輪寺 (涅槃釈迦如来)のうまく さんまんだ ぼだなん ばく

大乗の 誹謗もとがも ひるがえし 転法輪の 縁とこそきけ

第10番 切幡寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

欲心を ただ一筋に 切幡寺 後の世までの 障りとぞなる 

第11番 藤井寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

色も香も 無比中道の 藤井寺 真如の波の たたぬ日もなし

第12番 焼山寺 (虚空蔵菩薩)のうぼう あきゃしゃ きゃらばや  おん ありきゃ まりぼり そわか

後の世を 思へば恭敬 焼山寺 死出や三途の 難所ありとも

第13番 大日寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

阿波の国 一の宮とや ゆうだすき かけてたのめや この世後の世

第14番 常楽寺 (弥勒菩薩)おん まい たれいや そわか

常楽の 岸にはいつか いたらまし 弘誓の船に 乗り遅れずば

第15番 國分寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

薄く濃く わけわけ色を 染めぬれば 流転生死の 秋のもみじば

第16番 観音寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

忘れずも 導きたまへ 観音寺 西方世界 弥陀の浄土へ

第17番 井戸寺 (七仏薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

おもかげを うつして見れば 井戸の水 むすべば胸の あかや落ちなん

第18番 恩山寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

子を産める その父母の 恩山寺 訪いがたき ことはあらじな

第19番 立江寺 (延命地蔵菩薩)おん かかかび さんまえい そわか

いつかさて 西の住居の わが立江 弘誓の船に 乗りていたらん

第20番 鶴林寺 (地蔵大菩薩)おん かかかび さんまえい そわか

しげりつる 鶴の林を しるべにて 大師ぞいます 地蔵帝釈

第21番 太龍寺 (虚空蔵菩薩)のうぼう あきゃしゃ きゃらばや  おん ありきゃ まりぼり そわか

太龍の 常にすむぞや げに岩屋 舎心聞持は 守護のためなり

第22番 平等寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

平等に 隔てのなきと 聞く時は あら頼もしき 仏とぞみる

第23番 薬王寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

皆人の 病みぬる年の 薬王寺 瑠璃の薬を 与えましませ

第24番 最御崎寺 (虚空蔵菩薩)のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきや まりぼり そわか

明星の 出ぬる方の 東寺 暗き迷は などかあらまじ

第25番 津照寺 (地蔵菩薩)おん かかかび さんまえい そわか

法の舟 入るか出るか この津寺 迷ふ吾身を のせてたまへや

第26番 金剛頂寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

往生に 望みをかける 極楽は 月のかたむく 西寺のそら

第27番 神峯寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

み仏の 恵みの心 神峯 山も誓ひも 高き水音

第28番 大日寺 (大日如来)おん あびらうんけん ばざらだどばん

露霜と 罪を照らせる 大日寺 などか歩みを 運ばざらまし

第29番 国分寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

国を分け 宝を積みて 建つ寺の 末の世までの 利益のこせり

第30番 善楽寺 (阿弥陀如来)おん あみりた ていせい からうん

人多く 立ち集まれる 一の宮 昔も今も 栄えぬるかな

第31番 竹林寺 (文殊大菩薩)おん あらはしゃ なう

南無文殊 三世の仏の 母と聞く 吾も子なれば 乳こそほしけれ

第32番 禅師峰寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

静かなる 我がみなもとの 禅師峰寺 浮かぶ心は 法の早船

第33番 雪蹊寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

旅の道 うえしも今は 高福寺 後のたのしみ 有明の月 

第34番 種間寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

世の中に 蒔ける五穀の 種間寺 深き如来の 大悲なりけり

第35番 清滝寺 (厄除薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

澄む水を 汲むは心の清滝寺 波の花散る 岩の羽衣

第36番 青龍寺 (波切不動明王)のうまくさんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん

わずかなる 泉に棲める 青龍は 仏法守護の 誓ひとぞきく

第37番 岩本寺 

  • (不動明王)なうまく さんまんだばざらだん せんだまかろしゃだ そはたや うん たらた かんまん
  • (観世音菩薩)おん あろりきゃ そわか
  • (阿弥陀如来)おん あみりたていぜい から うん
  • (薬師如来) おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
  • (地蔵菩薩) おん かかか びさんまえい そわか

六つのちり 五つの柱 あらわして 深き仁井田の 神のたのしみ

第38番 金剛福寺 (三面千手観音)おん ばざらたらま きりく

ふだらくや ここは岬の 船の棹 取るも捨つるも 法のさだやま

第39番 延光寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

南無薬師 諸病悉除の 願こめて 詣る我身を 助けましめせ

第40番 観自在寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

心願や 自在の春に 花咲きて 浮世のがれて 住むやけだもの

第41番 龍光寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

この神は 三国流布の 密教を 守り給はん 誓いとぞ聞く

第42番 仏木寺 (大日如来)おん あびらうんけん ばざらだどばん

草も木も 仏になれる 仏木寺 なを頼もしき 鬼畜人天

第43番 明石寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

聞くならく 千手の誓ひ 不思議には 大盤石も 軽くあげ石

第44番 大寶寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

今の世は 大悲のめぐみ 菅生山 ついには弥陀の 誓いをぞまつ 

第45番 岩屋寺 (不動明王)なうまく さんまんだばざらだん せんだまかろしゃだ そはたや うん たらた かんまん

大聖(だいしょう)の 祈る力の げに岩屋 石の中にも 極楽ぞある

第46番 浄瑠璃寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

極楽の 浄瑠璃世界 たくらへば 受くる苦楽は 報いならまし

第47番 八坂寺 (阿弥陀如来)おん あみりたていぜい から うん

花を見て 歌読む人は 八坂寺 三仏じょうの 縁とこそ聞け

第48番 西林寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

弥陀仏の 世界を訪ね 行きたくば 西の林の 寺に詣れよ

第49番 浄土寺 (釈迦如来)のうまく さんまんだ ぼだなん ばく

十悪の 我身を棄てず そのままに 浄土の寺へ まいりこそすれ

第50番 繁多寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

よろずこそ 繁多なりとも 怠らず 諸病なかれと 望み祈れよ

第51番 石手寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

西方を よそとは見まじ 安養の 寺に詣りて 受くる十楽

第52番 太山寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

太山に 登れば汗の 出でけれど 後の世思えば 何の苦もなし

第53番 円明寺 (阿弥陀如来)おん あみりたていぜい から うん

来迎の 弥陀の光の 圓明寺 照りそう影は 夜な夜なの月

第54番 延命寺 (不動明王)のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うん たらた かんまん

くもりなき 鏡の縁と ながむれば 残さず影を うつすものかな

第55番 南光坊 (大通智勝如来)なむ だいつうちしょう ぶつ

このところ 三島に夢の さめぬれば 別宮とても おなじ垂迹

第56番 泰山寺 (地蔵菩薩)おん かかかび さんまえい そわか

みな人の 詣りてやがて 泰山寺 来世の引導 たのみ置きつつ

第57番 栄福寺 (阿弥陀如来)おん あみりた ていせい からうん

この世には 弓矢を守る 八幡なり 来世は人を 救う弥陀仏

第58番 仙遊寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

立ち寄りて 佐礼の堂に 休みつつ 六字を唱え 経を読むべし

第59番 国分寺 (薬師瑠璃光如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

守護のため 建ててあがむる 国分寺 いよいよ恵む 薬師なりけり

第60番 横峰寺 (大日如来)おん あびらうんけん ばざらだどばん

縦横に 峰や山辺に 寺建てて あまねく人を 救うものかな

第61番 香園寺 (大日如来)おん あびらうんけん ばざらだどばん

後の世を 思へば詣れ 香園寺 止めて止まらぬ 白瀧の水

第62番 宝寿寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

さみだれの あとに出でたる 玉の井は 白坪なるや 一の宮川

第63番 吉祥寺 (毘沙門天)おん べいしらまんだや そわか

身のうちの 悪しき悲報を 打ち捨てて みな吉祥を 望み祈れよ

第64番 前神寺 (阿弥陀如来)おん あみりたていぜい から うん

前は神 後は仏 極楽の よろずの罪を くだくいしづち

第65番 三角寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

おそろしや 三つの角にも 入るならば 心をまろく 慈悲を念ぜよ

第66番 雲辺寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

はるばると 雲のほとりの 寺にきて つきひを今は ふもとにぞ見る

第67番 大興寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

うえおきし 小松尾寺を ながむれば 法の教えの 風ぞ吹きける

第68番 神恵院 (阿弥陀如来)おん あみりた ていせい からうん

笛の音も 松吹く風も 琴弾きも 歌うも舞うも 法のこえごえ

第69番 観音寺 (聖観世音菩薩)おん あろりきゃ そわか

観音の 大悲の力 強ければ 重き罪をも 引き上げてたべ

第70番 本山寺 (馬頭観世音)おん あみりとう どはんば うん ぱった そわか

もとやまに 誰が植えける 花なれや 春こそたおれ 手向けにぞなる

第71番 弥谷寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

悪人と 行き連れなんも 弥谷寺 只かりそめも 良き友ぞよき

第72番 曼荼羅寺 (大日如来)おん あびらうんけん ばざらだどばん

わずかにも 曼荼羅おがむ 人はただ ふたたびみたび 帰らざらまし

第73番 出釈迦寺 (釈迦如来)のうまく さんまんだ ぼだなん ばく

迷ひぬる 六道衆生 救はんと 尊き山に いづる釈迦寺

第74番 甲山寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

十二神 味方に持てる 戦には おのれと心 甲山かな

第75番 善通寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

我住まば よも消えはてじ 善通寺 深き誓ひの 法のともしび

第76番 金倉寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

まことにも 神仏僧を 開くれば 真言加持の 不思議なりけり

第77番 道隆寺 (薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

ねがいをば 仏道隆に 入りはてて 菩提の月を 見まくほしさに

第78番 郷照寺 (阿弥陀如来)おん あみりた ていせい からうん

踊りはね 念仏唱う 道場寺 ひょうしをそろえ 鐘を打つなり

第79番 天皇寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

十楽の 浮世の中を たづぬべし 天皇さへも さすらひぞある

第80番 国分寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

国を分け 野山をしのぎ 寺々に 詣れる人を 助けましませ

第81番 白峯寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

霜さむく 露白妙の 寺のうち 御名を称ふる 法の声々

第82番 根香寺 (千手観音菩薩)おん ばざらたらま きりく

よひのまの たへふる霜の 消えぬれば あとこそかねの 勤行の声

第83番 一宮寺 (聖観世音菩薩)おん あろりきゃ そわか

讃岐一 宮の御前に 仰ぎ来て 神の心を 誰かしらいふ

第84番 屋島寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

梓弓 屋島の宮に 詣でつつ 祈りをかけて 勇むもののふ

第85番 八栗寺 (聖観世音菩薩)おん あろりきゃ そわか

煩悩を 胸の智火にて やくりをば 修行者ならで 誰か知るべき

第86番 志度寺 (十一面観音菩薩)おん まか きゃろにきゃ そわか

いざさらば 今宵はここに しどの寺 祈りの声を 耳に触れつつ

第87番 長尾寺 (聖観世音菩薩)おん あろりきゃ そわか

あしびきの 山鳥の尾の 長尾寺 秋の夜すがら 御名を唱えて

第88番 大窪寺 薬師如来)おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

南無薬師 諸病なかれと 願いつつ 詣れる人は おおくぼの寺