2026年8月11日火曜日

増補版461〜470回

 

ふるさとの史跡をたずねて(461)

           


 九番札所法輪寺(尾道市因島中庄町鹿穴)

               

 次は西に進んで、県道を越えるとやはりため池がある。「鹿穴池」である。因島に鹿がいたのではない「ししあな」と読むからイノシシのことであろう。

 その鹿穴池の南西であるから前回と池に対して反対の位置になる。ただ、池から少し離れているが、道路から西の方を見ればお堂があるのがわかる。

 さて、丸池から県道を越えるルートは3本ある。どれを通っても鹿穴池のところで接近するので心配はいらない。

 南の山側へ少し歩いたところにもお堂がある。番外札所ということで、これが有名な、あるいはかつて有名だった鹿穴の掘り出し大師さんである。島四国設立より少し前に畑から大師像が掘り出され、お堂を作り大師講として信仰されていた。そこに島四国の話が起こり、そのお堂を島四国九番とした。その後近くの現在地に拡張移転された。祭壇の中央が掘り出し大師さんである。その後もお籠りしたりする人も増えたので掘り出されたところに奥の院が設けられた。それが現在の番外札所である。









ふるさとの史跡をたずねて(462)

              文・写真 柏原林造


 十番札所切幡寺(尾道市因島中庄町寺迫長福寺内)


 次の十番切幡寺は長福寺の境内にあるから、道案内は不要だろう。

 かつての歩き遍路は山越えであった。片刈山と水軍城を結ぶ尾根筋の低い所を越える。このような低い所を「タヲ」という。「タヲ越え」が「トウゲ」になり「峠」という字が発明された。だから高いところが峠なのではなく「高いところの低いところ」が峠なのである。

 さてその峠道を目指すには九番法輪寺からどう行けば良いか。かつての遍路道標があればよいが、無ければ試行錯誤することになる。

 歩き遍路道を復元しようと思ったら、目的地から後戻りするのが有効である。長福寺から峠までは一本道である。そこから歩けそうな古い道を通って法輪寺の方へ下って行けば、それがかつての遍路道だとわかる。

 さて、この長福寺から峠の間で、峠近くの広い場所が公文清原守高の屋敷跡だと言われている。あまりに古い話なので、どこまで信じて良いかわからない。

 長福寺では、切幡寺のお堂の横の美しい観音菩薩像を是非拝んで帰りたい。墓所の高い位置から見るお姿も見事である。
















 文・写真  柏原林造