小林秀雄さんの巻
小林さんのもので,まず1冊あげるとすると,角川文庫の「私の人生観」である。これほど楽しい本は他にはなかなか見あたらない。この本には,舟木一夫の歌ではないが,「若さがいっぱいとんでいた」。「処女講演」には,ビールを一杯ひっかけて行ったことが書いてある。井守を山椒魚の子だと間違えて佃煮にしたら,と言ったりする話しもどこかにあった。と,どうでもいいようなことばかりしか,今では覚えていないが,この本一冊で私は小林さんの大ファンになった。そして圧巻は講演録「私の人生観」である。文化人というサルはラッキョウの皮ばっかり剥いて・・・という有名な文句も出てくる。
小林さんの晩年の講演を聴く機会が一度だけあった。正宗白鳥さんの生家が取り壊されて,その後に文学碑が建って,そのときの記念講演だった。足が少しふらついていたし,赤い顔をされていたので,やはりビールをひっかけておられたのではなかろうか。正宗さんについては,一杯書いてあるので,話すことはありません,と言われながら,いくらでも話しが出てきた。すごい人だと思った。その時,安岡章太郎さんと大江健三郎さんも,正宗さんについて話しをされた。
付録:正宗文庫のことなど。 正宗白鳥さんの兄弟はすごい。画家もおられれば,国文学者もいる,という案配だ。その国文学者の正宗敦夫さんが白鳥の弟で,白鳥は東京に出てしまうので,田舎の家を守る形になった。とはいえ,次男故にか,生家には住まず,少し山のほうに登ったところに分家した。本家より少し小さいのは,分家という配慮か。その正宗敦夫さんは独学で万葉集総索引を完成される。その敦夫さんの蔵書が正宗文庫で,白壁の土蔵で,母屋よりも立派であるから,いかに古典の蒐集に務められたかが偲ばれた。敦夫さんの息子さんと,その奥さんがおられ,息子さんは昼間から酒を飲みながら何か書かれていた。宇田川容庵の「舎密開宗」の版本が見たいと来意を告げると,快く,重々しい土蔵の扉を開いて見せてくださった。白鳥のことなどもお聞きすることができた。
次に手に入れたのが筑摩の現代日本文學大系60「小林秀雄集」(昭和44年2月)この全集は全巻は持っていないが,今から思えばまことに贅を尽くした,戦後文化の,まだ元気な頃の雰囲気が伺われて,楽しいのだが,思い出してみれば,この全集の刊行中に筑摩書房は会社更生法を申請しているから,単純には喜べないか。しかし,この小林さんの本は中身も装幀,紙質も豪華で今でも大切に扱っている。さて,中身だが,様々なる意匠,Xへの手紙,おふぇりあ遺文,ドストエフスキイの生活,ランボオⅠ,Ⅱ,Ⅲ,無常といふ事,などなどと,タイトルを見ただけで血が湧き肉が踊る作品のオンパレードである。
小林さんの全集は新潮社のものをもっております。これで、「本居宣長」などを読みました。でも、全ては読んでいないと思います
三島由紀夫さん
今までに一番ん熱心に読んだのは『春の雪』であるが、「豊饒の海」4巻の最終巻である「天人五衰」について書く。これはまさに三島さんが辿り着いた最後の境地だと思う。そしてそれは認知症の文学でもある。認知症の文学といえば、有吉佐和子さんの『恍惚の人』が有名だが、シェイクスピアの『リア王」とヘミングウェイの『老人と海』も優れた認知症文学である。
「天人五衰」の最後は、ということは三島由紀夫さんの人生の最後の認識であもあるが、主人公の本多繁邦が1巻から見てきたことが否定される。否定されても読者にはそれは事実であって消えていくものではない。すなわち、小説上の結末でそのような認識論に到達するのである。いやその認識論は「春の雪」ですでに到達していたのであるが、それを具体的に書いただけであった。それを三島さんは大乗仏教の唯識論だという。唯物論でも唯神論でもない。唯識論である。
主人公の本多繁邦は、聡子から松枝清顕はいなかったと言われて、それを否定できない。そんなことはない、と言ってみたところで、それを否定される。あると思えばあったのだし、なかったと思えばなかったのだと思う。人生の最後は、来し方を見れば、すべて遠い幻である。
三島由紀夫さんの本はたくさん持っていますが,いわゆるお値打ち品はありません。そういうものを集める趣味は今も昔もありませんので。普通の出版物と古本屋に安くあったものを求めただけです。 強いて珍しいものを探せば,婦人公論の付録の「文章読本」というのがあります。といっても,読むだけなら中公文庫にも全集にもありますから,珍しくも何でもありません。
せっかくですから,紹介しておくと,婦人公論昭和34年新年号付録ということです。旧仮名使い,新漢字です。159ページで,「特価本誌とも150円」とあります。中身は勿論おもしろいです。
完全な全集は、二度出ております。一度目が黒、二度目が赤茶っぽい煉瓦色です。二度目のものは少し買っただけです。一度目のものは、インフレの時代で、定価改定の前に揃えました。昭和51年のことです。広島で市内の大型書店にないものは、郊外までバイクで周り、店頭に残っているのを買ってきました。
2・26事件
三島さんはよっぽど2・26事件が好きだったようで,いろいな作品がありますが,旧全集(旧全集というのは,没後刊行された最初の全集のことです)の35巻補遺の214ページに「壮年の狂気」(原文は旧漢字,以下同じ)という未発表エッセーがあります。「旧臘のクー・デタ未遂事件」とか「私自身の同世代の三十半ばの人」「新年だからと云って」というような表現がありますから,昭和35年頃の12月に書かれた原稿だと思われます。このクーデター未遂事件というのは,聞いたことのある,外電がスクープして,政府筋が否定したというのと同じかどうかわかりませんが,今思い当たりません。この文と,集英社の文学全集の磯田光一氏の解説は見事に符合しておりますから,興味のある方は是非,併せてお読み下さい。
「青春と読書」というのは集英社の月刊PR誌だが,その200.5に森詠「はるか青春」という連載小説がある。そこに,あの11月25日のことが出てくる。「空はあくまで澄み切った秋晴だった。」(p.104)
このように,三島さんの生前に若年だった人たちの回想のようなものは,印象的なものがままあるが,総じて,没後数年後の三島論やその類のものは面白くない。だから,雑誌の特集号などは買うが,2・3行読んだだけで,ほとんどうっちゃっている。そんな中にも時々例外がある。「すばる」200年10月号の瀬戸内寂聴・三輪明宏両氏の対談「今こそ語る三島由紀夫」はなかなか良いお話に溢れいて,結局最後まで読んでしまった。
辻邦生さん
辻邦生さんの亡くなられてからの最初の全集の目録を見ていて,「フーシェ革命暦」の第三部というのがあって,驚いたものです。ある年,ニートからの足を洗う見込みがたったことと,少し経済的余裕があって,1月号から,「新潮」「文学界」「群像」「海」「文藝」という,今では死語となった「純文学」誌を定期購読することにしました。そのときの,文学界で「フーシェ革命暦」は連載が始まったので,目を皿のようにして読んだことを今でもはっきりと覚えております。しかし,配達の本屋さんのエリアの外に出てしまい,購読が止まりました。それに忙しくて全てに目が通せなくなって,それにあまりおもしろくない小説が大部分で・・・・。ということで,雑誌購読が止まり,単行本になってから買って読んで,私の頭の中では,第二部で完結していると思っていた訳です。どこかで読んだのですが,第三部は。未完ということで,単行本になる可能性はないでしょうから,いつか,全集で買って読むしかありませんね。
三島さんと辻さんは,ほぼ同世代なのですが,辻さんの著書が爆発的に出版されていくのは,三島さんが亡くなられてからです。ということは小生が成人した後ですから,辻さんの本はほとんどを購入してきましたので,全集は買うつもりはありません。「背教者ユリアヌス」は中公文庫。「春の戴冠」は新潮社の単行本という具合です。「パリの手記」や「モンマルトル日記」などの日記に近いエッセーや,その他の作品もいつも発売と同時に買って読んだものです。