2020年7月22日水曜日

植物誌




掲載日は写真の撮影日と必ずしも一致しておりません。      

アオイ
アオキ 
アオサ 
お好み焼きにかけるアオノリはヒトエグサが用いられます。
アカシア
マメ科アカシア属 
ミモザアカシアが多いのではないでしょうか。オジギソウのことをミモザ・プディカと言います。葉が似ているようにも見えます。
 (2:34) (0:28)
 
五月の半ばを過ぎた頃、南山麓の歩道のあちこちに沢山植えられている並木のアカシヤは、一斉に花を開いた。すると、町全体に、あの悩ましく甘美な匂い、あの純潔のうちに疼く欲望のような、あるいは、逸楽のうちに回想される清らかな夢のような、どこかしら寂しげな匂いが、いっぱいに溢れたのであった。 清岡卓行アカシヤの大連』(講談社文庫)p.98
アキニレ → ニレ
アサ
 麻のことです。
  (リンクミスではありません。ドンゴロスの松の服をご覧ください。)
拙作:除虫菊ドンゴロス一杯で家が建つ いにしへの瀬戸きつねぐさ咲く 
アザミ    (これは園芸種)
 (1:20)
 
 拙作:交差点アザミの写真写さんと車を駐める場所を求めて
アシ
 
アジサイ     2   3                                   
紫陽花
日が経つにつれ、刑務所に肉体労働がある理由が解るようになった。紫陽花とにわか雨のように、労働というものは「孤独」となじむのだ。作業をしていれば、頭がよけいなことも考えないし、ごくわずかにせよ、精神が健康になる。  島田荘司「山手の幽霊」(講談社ノベルス上高地切り裂きジャック』)p.261
 拙作:水無月になったとばかり紫陽花の咲き競えけり街のおちこち
  
アズサ(梓)  梓弓、上梓のアズサ→ミズメ  中国での梓→キササゲ 
 
アベリア       説明板
 

 
 
 (1:47)
ほととぎすなくやさ月のあやめぐさ あやめもしらぬ こひもする哉(かな)
古今和歌集 巻十一 題しらず   讀人知らず 469
さ月のあやめ草: ・・5月5日の節句に用いる菖蒲(しょうぶ)。時機に遅れて役にたたないもののたとえ。六日のあやめ、十日の菊。
あやめもしらぬ :物事のすじめもわからない、夢中の。岩波書店、『日本古典文学大系8』、p.200 
 
いづれあやめかかきつばた
「五月雨に沢べのまこも水たえていづれあやめと引きぞわづらふ」太平記 二一』
 
アロエ    
 
アンズ    
 (1:03)
 
イケマ 
 生馬。つる性の雑草です。
イタドリ    
 拙作:虎杖も宿り木もあり故郷(さと)の山
 
イチゴ 
「わあこれ、いちじくですか? 懐かしい。子どもの頃、おばあちゃんちでよく食べてました。ケーキになるとどんな味がするんだろう」  湊かなえサファイア』(角川春樹事務所)p.26
 
 
ウキツリボク  (アブチロン・メガボタミクム)
 アオイ科アブチロン、フラワリング・メイプルとも。


ウツギ
   唄と映像(花+ホトトギスの鳴き声)
 拙作:卯の花の咲く仕事場の懐かしき
 拙作:中空のうつぎの花が卯の花
 
ウバメガシ  

ウメ     梅の実
 
 
 
 
ネコジャラシ(猫じゃらし)である。穂先を猫の前にもっていって揺さぶると、猫は喜んで前足を交互に出して、じゃれてくる。だから、ねこじゃらし。また、穂先で乳児や幼児の首のあたりを撫でると、嫌がっているのか喜んでいるのかわからないような表情で笑いながら身体をそむける。
エリカ  
 
Romeo :Your plantain leaf is excellent for that.    The Arden Shakespeare p.97
ロミオ 例のおおばこの葉でたくさんだ、そんな病気なら。   第一幕 第二場  岩波文庫p.32   *訳注に おおばこの葉 血止め薬に用いられた。(p.238)とある。
   
 
 
オカメヅタ→ツタ
オギザリス→カタバミ
オグラセンノウ 
     オオアレチノギク
 
オリーブ 
オルヴィオ
穀象虫を駆除するには、壁にも屋根にも、隣接家屋の境界にも家の中にまでも、至るところに、花の咲いているオルヴィオを吊るすように指導した。  『レ・ミゼラブルⅠ』  鈴木信太郎坪井一訳(集英社・世界文学全集15)p.97
カ 
カイズカイブキ  
カエデ  
  トウカエデ        ヤマモミジ     説明板
 
 
カキ  柿の木  柿の葉(5月下旬)  柿の実 
 
柿の赤き実隣家(りんか)のへだて飛び越えてころげ廻れり暴風雨(あらし)吹け吹け 北原白秋『桐の花』(全集6・p.124)
その澤にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五文字を句の上にすゑて、旅の心をよめ」といひければ、よめる。  から衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ  とよみければ、皆人、乾飯(かれいひ)のうへに涙おとしてほとびにけり。 『伊勢物語 九』(岩波文庫)p.14 
カズラ        
 拙作:祖谷に来て二度と渡らぬかずら橋誓いを胸に見るだけの橋
  オギザリス・ボーウィー ピンクの花 
  カタバミの仲間で地下に球根をもつものをオギザリスという。
 
さいころ、10円玉をカタバミで磨いて遊んだことがある。新品の10円銅貨は赤銅色で美しいが、すぐに酸化されて茶色っぽくなる。この酸化銅(Ⅰ)はカタバミに含まれる弱酸であるシュウ酸に溶ける。シュウ酸はスイバ、イタドリ、ホウレンソウなどにも含まれ、その渋味の原因となる。なおシュウ酸の英語名はoxalic acidでカタバミ(Oxisalis)による。
カツラ
カナリーヤシ →ヤシ
 
カネメモチ
 
  
カヤ(榧)       四国(カヤ説明板) 
 イチイ科カヤ属。        
カヤツリグサ 
 
 【遊び方】 茎が三角形をしているので花部を切って二人で茎の両側を持つように向かい合います。そしてそれぞれが三角形の茎の2面に爪をたてて切っていきます。見事に四角形ができれば、「蚊帳(かや)が吊れた」と言って喜ぶという遊びです。
  拙作:夏の日のカヤツリグサの遊び方 教えし母はすでに老いたり
 別名オランダカイウ (カイウ:海芋)
 サトイモ科。葉がサトイモと似ている。修道女の僧服の襟(カラー)からカラーリリーという。
 
カラジウム カラジウム・フンボルティ)
 サトイモ科。葉の形はサトイモと似ている。
 
カラタチ 花 

 
  拙作: 去年(こぞ)ゆきし吾妻の山のキャンプ場 カワラナデシコ咲き始めたり
カンナ   
キキョウ 
キク
 
 
 
 
キュウリ 
 
 
 
 拙作:クスノキの黄緑色の花咲きて 無人の公園夏の日照らす
そこの幕中に、幹の太さ三抱えもある楠《くす》の大木があった。義元は、雨をも忌《いと》って、梢《こずえ》の下へ寄った。
「ここならば――」
 と、後から、人々は義元の敷物やら膳部を、あわててそこへ移して行ったが、楠の巨木は根土をゆるがして
、烈風の中に吼《ほ》えていた。病葉《わくらば》も若葉も、塵《ごみ》のように舞って、人々の鎧へ吹きつけて来るし、炊事している兵站部《へいたんぶ》の、薪のけむりが風圧のために地を低く這って、さなきだに息づまっている義元や幕将たちの眼や鼻をついて来るのだった。吉川英治新書太閤記 第二分冊」「白雨・黒風」

 
 
グラジオラス  
下から咲いていきます。
クリ  (栗の花と三日月) (栗の花と蛾) (実)
 
 梅雨時に栗の花の匂いがよくします。
 拙作:栗の香やひと家越えて届きおり
To the north we could look across a valley and see a forest of chestnut trees and behind it another mountain on this side of the river. There was fighting for that mountain too, but it was not successful, and in the fall when the rains came the leaves all fell from the chestnut trees and the branches were bare and the trunks black with rain.       E. Hemingway, "A Farewell to Arms" Chap.1 ,Penguin Books, p.7
クロコスミア  →ヒメヒオウギスイセン
クワ        桑の葉と蚕(2012.8.19白川郷・和田家)
 
 
高い水銀灯が不自然なほど明るくあたりを照らし出している。大きなケヤキの木があたりに枝を張っている。部屋は三階だが、近隣に高い建物はなく、人目を気にする必要もなかった。村上春樹1Q84 BOOK2』(新潮社)p.332
 
 
 
コウテイダリア (6月) (11月)
コウボウシバ 
 
コスモス  
 
 
コナラ       説明板
 
コニシキソウ     液 
 茎を切ると白い液が出ます。
コブシ
 
コメ   (白川郷2012.8.19)
 
ゴムノキ
どうしてこんなにあのゴムの木のことが気になるのだろう。  村上春樹1Q84 BOOK2』(新潮社)p.435
 葉の先端半分に鋸葉があります。全体に鋸葉があればムラサキシキブ
ゴーヤ 
コンニャク 
    コンニャクイモ(2013.5.10)  (6.11)  (6.12)    (6.21)
 
サクラ      花  吉野千本 
 映像
 
 
 
 
 
 
花はさくら木ひとは武士、武士によき名の吉野艦、けふ横須賀を舟出して、載せても行くか快男児。 与謝野鉄幹「東西南北」
 
 
 子供より親が大事、と思いたい。子供よりも、その親のほうが弱いのだ。
 桜桃が出た。
 私の家では、子供たちに、ぜいたくなものを食べさせない。子供たちは、桜桃など、見た事も無いかもしれない。食べさせたら、よろこぶだろう。父が持って帰ったら、よろこぶだろう。蔓(つる)を糸でつないで、首にかけると、桜桃は、珊瑚(さんご)の首飾りのように見えるだろう。
 しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐(は)き、食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、子供よりも親が大事。太宰治『桜桃』(青空文庫)巻末
 
 拙作:桜桃を添えた夕餉に老妻の子どもらいたらいいねと語る
 拙作:小雀が桜桃見つけ仲間呼ぶ
 
『姥桜(うばざくら)」の意味は盛りを過ぎても美しい女性。自分で「すっかり姥桜になりました」というのは自嘲気味に言うのだろうが、よく考えてみるとおかしい。
 
 
ザクロ    
ササ   
 クマザサ
 
ササゲ 
あずきになります。
 
 
 
 
 
「芋蔓式」という言葉は昭和初期にできた言葉。
 
サボテン 
 
ザボン ザボンの花と実 (実は取り残し)
 
十一月は冬の初めてきたるとき故国(くに)の朱欒(ザボン)の黄にみのるとき 北原白秋『桐の花』(全集6・p.125)
 
サラソウジュ
 
百日紅と呼ばれるように、約3ヶ月、次から次へと咲き続ける。
サルナシ 
 果実酒(サルナシ酒)が楽しめます。

サルトリイバラ 
 柏餅を包むのに使われる。焼餅薔薇とも呼ばれる。

サルビア サルビアグアラニチカ) メトセージとも。
 Salvia
 シソ科。
サンザシ
 
 
サンショウ 
 
シソ 
 
ジャガイモ    ジャガイモの葉茎(まわりは玉ねぎ)
ジャガイモのことを馬鈴薯(バレイショ)というのは間違いだと、牧野富太郎博士は書かれている。
ジャガタライモ、すなわちジャガイモ(Solanum tuberosum L.)を馬鈴薯ではないと明瞭に理解している人は極めて小数で、大抵の人、否な一流の学者でさえも馬鈴薯をジャガイモだと思っているのが普通であるから、この馬鈴薯の文字が都鄙を通じて氾濫している。が、しかしジャガイモに馬鈴薯の文字を用うるのは大変な間違いで、ジャガイモは断じて馬鈴薯そのものではないことは最も明白かつ確乎たる事実である。こんな間違った名を日常平気で使っているのはおろかな話で、これこそ日本文化の恥辱でなくてなんであろう。牧野富太郎著、『植物一日一題』 (青空文庫) 馬鈴薯とジャガイモ
 
 
馬鈴薯を掘りながら
少女(おとめ)が静かにそれを歌うと、
夜(よ)のおそい夢のなかにも
そのしらべはひびいてくる。
リルケ 星野慎一訳「民謡」(岩波文庫リルケ詩集』 p.23)
さて、これはジャガイモのことか牧野博士のいう中国の馬鈴薯のことかということになる。原文はKartoffeljätenで辞書にKartoffel は女性名詞で馬鈴薯、じゃがいも であるから、ジャガイモのことである。
シュロノキ  
茶色い皮は網戸ようなメッシュになっているので、簡易浄水装置を作るのに使われた。
ショウブ    キショウブ
端午の節句(5月5日)が江戸時代になると、「この日、湯屋では、菖蒲を湯の中に入れた菖蒲湯をし、また菖蒲酒を酌み、柏餅・粽を食う。」森本義彰・日野西資孝編「風俗辞典」(東京堂出版)p.451 ようになった。「また菖蒲酒」以下が湯屋でのことか各家庭でのことか、この本ではわからない。銭湯でそこまでサービスをしたとは思われないが・・・。ローマのように公衆浴場が集会所を兼ねていたこともあるので、すべで湯屋でのことかもしれない。
 
大村城の庭園で栽培されているのは江戸菖蒲だそうである。花びらが大きく一見はなやかであるが葉身に水がゆきわたらず、開いた花も一両日でしおれてしまう。伊勢菖蒲、肥後菖蒲、みな同じである。 ところがそれらの原種である諫早菖蒲は野性のまま手を加えられていないので、花びらは小さいかわりに葉身が大きく強く、少々の日でりにあってもしゃんとしている。  野呂邦暢諫早菖蒲日記』(文藝春秋社)p.32
 
 
 
 
ジョチュウキク   1988
   除虫菊畑(尾道市因島重井町馬神)   
           JAおのみち329
   
 拙作:潮騒に耳かたむけし除虫菊
 拙作:故郷の白き畑は除虫菊今盛りなりラジオは伝う
 
  
 
シラン 
シロタエギク 
 
四つ葉のクローバーで有名。
 
 
スイトピー   
 
  
 リンクミスではないかとご指摘があったが、これはここでいいのです。
スギ 
 
ススキ
月はひとつしかない。いつも見慣れたあの黄色い孤高な月だ。ススキの野原の上に黙して浮かび、穏やかな湖面に白い丸皿となって漂い、寝静まった家屋の屋根を密やかに照らすあの月だ。 村上春樹1Q84 BOOK3』(新潮社)p.592
スズメノテッポウ  
 
 
 
極楽鳥花(ゴクラクチョウカ)
 
スベリヒユ        ポーチュラカ      花    (園芸品種)
 夏の雑草です。
 拙作:スベリヒユ名前を変えてポーチュラカ自然のものと思われぬ美に
スミレ
 
 
スモモ 実 
 
セコイア 
ゼフィランサス (淡黄) (ピンク)
センダン (栴檀は双葉より芳し) →ビャクダン 
センダン      (両側の薄いピンク 5月)
  オウチ 
 
 拙作:栴檀のおちこち咲きしハイウェイ老いの車はのどかに走る

 千日紅。ゴンフレナ。
  26秒で蘇鉄の実の写真。
 
 
ソヨゴ 
タイサンボク   
 拙作:見上げれば泰山木の白き花かつて歩きし路の傍咲く
 
タケ         竹の子 
 拙作:故郷の緑の山の竹藪は黄金色にて老いにけるかな
 
 
タマネギ 
 
チドリソウ 
 拙作:千鳥草空に向かいて伸びゆけばいかなる宇宙そこに開くや
ヒエンソウとかラークスパーとか呼ばれます。葉はコスモスに似ています。
 
   歌詞
 
 
 老婆も何かしら、私に安心してゐたところがあつたのだらう、ぼんやりひとこと、
「おや、月見草。」
 さう言つて、細い指でもつて、路傍の一箇所をゆびさした。さつと、バスは過ぎてゆき、私の目には、いま、ちらとひとめ見た黄金色の月見草の花ひとつ、花弁もあざやかに消えず残つた。
 三七七八米の富士の山と、立派に相対峙(あひたいぢ)し、みぢんもゆるがず、なんと言ふのか、金剛力草とでも言ひたいくらゐ、けなげにすつくと立つてゐたあの月見草は、よかつた。富士には、月見草がよく似合ふ。太宰治富嶽百景』(青空文庫
 
 
 
   イヌツゲ
ヘアピン。つげの櫛。黒いゴム-これは髪を束ねるためのものだろう。  宮部みゆき『蒲生邸事件』(光文社カッパノベルルス)p.115
 
ツタ                      
  
 
 
 
     
     
 
 
 
 
 
 
ツリガネソウ 
 カンパニュラとも。
ディッソディア 
ダールベルグデージー。キク科。
ドイツトウヒ
 カラスの死骸をさけながら、陽子はドイツトーヒの林の中に入っていった。雪があって、この暗い林も意外にあかるかった。徹が陽子と鬼ごっこをして、この林の中を追ってきた日のことが思い出された。 三浦綾子『氷点』、(朝日新聞社・昭和40年)、p.406
 映像
 
ドクダミ     花   
その日までこころすなほにわれありき君と恐れしどくだみの花 北原白秋『桐の花』(全集6・p.182)
あるいは地獄蕎麦(そば)とも呼ばれる草(どくだみ)のように、悪く臭いので人を近づけぬものもある。柳田國男「野草雑記」(青空文庫
 
どこにでも生えて邪魔物扱いされるが花は可憐。でも直接手で草むしりをすると悪臭がつく。この悪臭はデカノイルアセトアルデヒド。別名ジュウヤクというのは十薬、すなわち薬10種に相当するということで、アロエのイシャイラズ(医者いらず)と民間薬の双璧だろう。乾燥さしたものが用いられる。
 拙作:梅雨晴れの午後に輝く太陽に時間を止めし時計草花
 葉を乾燥させて杜仲茶を作ります。
 
ナギ 
ナシ
 
宮沢賢治「やまなし」(青空文庫) 短いけれど、むずかしい!?!
[原文]黄葉之 丹穂日者繁 然鞆 妻梨木乎 手折可佐寒
[訓読]黄葉のにほひは繁ししかれども妻梨の木を手折りかざさむ
[仮名],もみちばの,にほひはしげし,しかれども,つまなしのきを,たをりかざさむ  万葉集・10-2188
ナス 
ナツメ 花 実   9月
夏から秋にかけて淡紅色の小花が咲く。秋の七草のひとつ。瞿麦(クバク)とも書く。セキチク(石竹)、ダイアンサスとも。
 
ナノハナ
   
 
 
ナワシロイチゴ (熟れすぎ。棘があります。)
代表的な野いちごです。食べられるけど・・・。小さな種があります。
ナンテン        実 
 
 肉桂。シナモンのことです。昔、ニッケイ紙というのがあった。色がついていた短冊型の紙を舐める。鹿ではないので食べない。ニッケイ水は、最近よく見かけるが、ニッケイ紙は見ませんね。
ニラ 
 
ニレ
 アキニレ  
  

拙作:高校のフォークダンスの楡の唄まだ成績の下がる前なり
 
ヌマスギ 
 
ネム  
  映像
 
 
ノウゼンカズラ  幼木  木  蕾   花       根 
 
茎や葉を切ると白い液が出るので、チチグサと呼んでいた。兎の好物である。
 
 1年草と宿根草があって宿根草バーベナ・テネラという。
ハイネズ 
ハイビスカス 
 
ハギ 
 
煙の木、霞の木、スモークツリーなどと呼ばれています。花後に花柄が伸びて長い毛に覆われぼやーとした煙状になります。ウルシ科ハグマノキ属。ハグマとは白熊(ヤク)のこと。
春の七草のひとつ。方言名 ヒヨコグサ ヒールズ ヒズル。戦後の食糧難のとき雑炊に入れていたとか。七草なのだから、ほんとうだろう。
 
 
千曲川旅情の歌  島 崎 藤 村
   一
小諸なる古城のほとり 
雲白く遊子(いうし)悲しむ
緑なす繁蔞(はこべ)は萌えず
若草も藉くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡邊
日に溶けて淡雪流る
以下
『藤村詩抄』(青空文庫)
 
 はこべの花  北原白秋
ついてる、つゆが、
はこべの花に、
はこべの花は
カワイイピーズ。 
  らんろん、らんろん
  よあけがくるよ。
「七つの胡桃」、(全集・27 童謡集3)、p.324  
バショウ 
子供の頃、「バナナの木だ」、「いや、バショウだ」と決着がつかなかった。ジャパニーズ・バナナとも言うらしい。
  
ハス   
ハゼノキ  
 かぶれます。ロウがとれます。
ハタバコ
茶色い欠片(かけら)になる前は、柔らかい黄緑色の大きな葉であり、茎の先端には可憐なピンク色の花を咲かせることを説明しても、いまいち想像できない様子だ。どんな花? と訊かれ、ナスの花によく似ている、と答えると、ナスって野菜なのに花なんて咲くの? とトンキチな答えが返ってくることもある。  湊かなえサファイア』(角川春樹事務所)p.45
 
 
  
Outside, the late afternoon sun slanted down in the yard, throwing into gleaming brightness the dogwood trees that were solid masses of white blossoms against the background of new green.   M.Mitchell , "Gone with the Wind", Part one Chap.1 Macmillan, p.6
 
 
 
 
 
 
浜木綿、浜昼顔
 
  中赤  
薔薇
 
 
 
 
 
 くれなゐの薔薇(ばら)のかさねの唇に霊の香のなき歌のせますな 與謝野晶子『みだれ髪』(青空文庫) 
固有名詞にも薔薇にちなむものは多い。ローズ、ローザは当然としても、その短縮形、ロゼッタの他、ローズマリー、ルージイ、ロザリア、ロザリンダ、ルイーズ、ロザンナ。セシルローズなどなど。植民地主義者セシルローズからはローデシアという国名が生まれた。それいロザンヌ地方というのもあった。
白ワインと赤ワインの中間の色をしたのをロゼという。薄いバラ色でロゼという名前がよく似合う。
有名なUmbberto Eco の「薔薇の名前」の原題はIL NOME DELLA ROSAです。
 
 拙作:
   初夏夕
薔薇新樹緑囲門 そうびのしんじゅみどりもんをかこむ
躑躅一庭夏木繁 つつじいいっていなつきしげる
花落薫風山館夕 はなおちてかぜはにおうさんかんのゆうべ
夕陽窓外漏疎垣 せきようそうがいそがきをもる
 
 拙作:退職にご苦労さんと贈られし薔薇(そうび)の花は庭に移りし
 拙作:薔薇も咲き夏ホトトギス待つばかり
 
 
ヒ   
 
 
拙作:彼岸花幽霊花に曼珠沙華毒もつ華の美しさ哉
 
 
ヒゴダイ 
 拙作:ヒゴダイを車越しに写せしは夏の高原秋の気配の
ヒシ 
菱形の実がなります。ここから菱形という言葉ができたのでしょう。実にはトゲがあります。食べていたということを聞きました。冬は葉が枯れて実は底に沈んでいて、春になったら実から茎と葉が出て浮いてきます。夏に白い花も咲きます。
さうして歩むにつれて、その水面の隨所に、の葉、蓮、眞菰、河骨、或は赤褐黄緑その他樣々の浮藻の強烈な更紗模樣のなかに微かに淡紫のウオタアヒヤシンスの花を見出すであらう。水は清らかに流れて廢市に入り、・・・・ 北原白秋「思ひ出」(青空文庫

ひっつき虫
ヒノキ 
檜。すなわち火の木。昔、火起こしに使っていたので。
ヒペリクム  
ヒマワリ
 
ヒマラヤスギ 
 
美味しそうだが実は有毒。
 
 タチバナモドキ。秋の赤い実はおいしそうだが、まずい。トゲがあるので剪定した枝の処理は大変。
 
 拙作:赤い実のタチバナモドキ本になく白い花咲くピラカンサあり
ビロードソウ 
 ビロード草。一度聞いたら覚えます。葉の感じがとてもよく出ています。でも、ビロードを知らなかったら・・・。ビードロはガラスのこと、間違えないように。
 
まして妙齢になったならどれほどの美人になるであろうと思われた。さきに中将の見た麗人の二人を桜と山吹にたとえるなら、これは藤(ふじ)の花といってよいようである。高い木にかかって咲いた藤が風になびく美しさはこんなものであると思われた。與謝野晶子訳『源氏物語・野分』(青空文庫
 
心理学用語の「葛藤(かっとう)」はカズラとフジでツル性植物。もつれてからみあって、すごい状況のことでしょうね。ラブロマンスの「愛染かつら」は「藍染鬘」でもなく「愛染かずら」でもないのでしょうね。でも、葛藤劇のような感じです。葛(かづら)は「かつら」とも読めますから、「愛染葛」だったら愛憎からみあった三角関係、四角関係のおぞましいイメージですね。でも、以前かつら(桂)の木に二人の手を重ねるよなシーンがあったことを思い出しました。もちろん、本文も映画も見てはいませんが。・・・善光寺に愛染堂というお堂があって、その前に桂の木があってその木が縁起ものの木で、それに因んで作者が「愛染かつら」とうい名前をつけたということです。
 ブラシの木。歯ブラシのブラシ。真っ赤な雄しべ。虫の卵のようなものが枝のまわりにつきます。果実です。
 
プラタナス (実・葉)   (幹)
 
    
 
ベゴニア    2014
ヘビイチゴ  (季節的には合わない。それに茎も違うような・・・?)
食べられません。「毒はないがおいしくない」と書いてあります。ほんとうにおいしくなかった。 
「あら、あれは薔薇ぢやありませんわ」少女の聲はまだいくらか少年よりも落着いてゐる。「あれは蛇苺よ。あなたは花さへ見れば何でも薔薇だと思ふ人ね……」 堀辰雄「あひびき」(青空文庫
 
ボダイジュ
 
 
ホテイアオイ        
 
 
ポプラ  1  2  (晩秋)  (ひこばえ)
 
 
マサキ  
マーガレット 
マツ
  クロマツ    アカマツ 伊勢神宮内宮) (弥高山) 
 唄
 
 
 
 
雄松とか雌松と言われるので、雌雄異株かと思ったらさにあらず。俗にクロマツを雄松、アカマツを雌松という。 
松茸はアカマツのあるところしか出来ない。アカマツに夕陽が当たると美しい。
松の剪定の難しさ:葉を切ると、その葉(2本で1対)は枯れます。葉のすべて落ちた枝は枯れます。手入れ:長い葉と短い葉があります。長い葉が昨年のもの。これを2本(1対)ずつ引き抜きます。 葉が重なりすぎて日当たりや風通しの悪いところは枯れます。適当に隙間を作ります。特に上下間の。枝は自分の好きな形に切ります。枯れた枝は切り落とします。暑いときは樹勢をつけるときですから、あまり切りません。涼しくなってから剪定をします。春先には新芽をいくらか残して、切ります。ということで、とてもデリケートな植物です。
 拙作:松葉散るみぎわのメダカ餌(えさ)を喰い
マテバシイ           葉    幹       説明板
 
 
   
 
ミカン  花
 唄
ミカンのヘタからのびる細い枝を約一センチ残したところをはさみで切り、次にヘタのギリギリのところで枝を切る。それを肩から提げたカゴに入れ、重くなったらコンテナに移す。湊かなえ『望郷』(文藝春秋社)p.9 
 
ミズメ  
  別名、アズサ(梓)、ヨグソミネバリ(夜糞峰榛)。 キササゲも梓という。中国で梓といえばキササゲを指す。
  弓の材料や版木として使われたアズサはミズメのことである。これより梓弓というのは枕言葉や、出版したり本を作ることを上梓するという。
 
 
 上高地河童橋の下を流れ、大正池を経る川が梓川である。それに因んで「特急あずさ」、さらに「特急スーパーあずさ」がて松本・東京間を主とする列車の名前になった。梓川流域が弓の産地だったということであるから、これらの梓が、漢字はともかくとして一続きのものと解釈しても間違いはないと思う。だから、ミズメの項でこの唄を聞いても悪くはないと思う。
 なお、サリチル酸メチルを含むのでその悪臭から夜糞峰榛などと呼ばれる。榛は榛(ハン)の木による。 
 拙作:梓川手の冷たさの思い出を確かめにまた行かんと思う
ムギ 
 
 
小傘(をがさ)とりて朝の水くみ[#「水くみ」は初出では「水くむ」]我とこそ穂麦(ほむぎ)あをあを小雨(こさめ)ふる里 與謝野晶子『みだれ髪』(青空文庫
 
メランポディウム 
 
モクレン    
わかき小指(をゆび)胡紛(ごふん)をとくにまどひあり夕ぐれ寒き木蓮の花 與謝野晶子「みだれ髪」(青空文庫
モッコク     幹   説明板 
 
モモ
鉄冠子はかう言ふ内に、もう歩き出してゐましたが、急に又足を止めて、杜子春の方を振り返ると、
「おお、幸さいはひ 、今思ひ出したが、おれは泰山の南の麓ふもと に一軒の家を持つてゐる。その家を畑ごとお前にやるから、早速行つて住まふが好い。今頃は丁度家のまはりに、桃の花が一面に咲いてゐるだらう。」と、さも愉快さうにつけ加へました。  芥川龍之介杜子春」(青空文庫)巻末
 
モミジバアサガオ 
 
ヤ  
ヤエムグラ 
 
君道誰か易きと云ふ、臣義本自難(もとよりかた)しとやら、往時(いんじ)保元(ほうげん)の亂に敗れ、君は白峯(しらみね)八重葎(むぐら)、臣は大嶋八重波に、幽明隔つる捨小舟(すてをぶね)、曳くに甲斐なき強弩(きやうど)の末、・・・・・・ 三島由紀夫椿説弓張月』(新潮社・全集24)p.100

ヤキモチバラ➡️サルトリイバラ
ちょうど今ごろは柏餅に使う柏の若葉を、それが足りない時には焼餅薔薇《やきもちばら》のすべすべした円い葉を、集めて歩く季節である。
和辻哲郎「古寺巡礼」
ヤシ
 カナリーヤシ  
  フェニックス
  
 
飛び立つと急に早くなって飛んで行く。植え込みの八つ手の花がちょうど咲きかけで蜂はそれに群がっていた。自分は退屈すると、よく欄干から蜂の出入りを眺めていた。志賀直哉「城の崎にて」(中央公論社・日本の文学)p.180
ヤナギ  (左端です)
 
 
これも夕凪亭の窓のすぐ傍に梅、モッコクなどの下にあります。梅雨時に時々咲きます。花の命は短くて・・・一日だけです。
ヤマスゲは今でいうヤブランかまたはジャノヒゲ(別名リュウノヒゲ)だそうです。どちらも夕凪亭から見えます。ヤブランは花の咲いた写真があります。そのうち、upします。リュウノヒゲは実がなりません。カリンやナシと同様。
ヤマブキ
八重の山吹(やまぶき)の咲き乱れた盛りに露を帯びて夕映(ゆうば)えのもとにあったことを、その人を見ていて中将は思い出した。このごろの季節のものではないが、やはりその花に最もよく似た人であると思われた。與謝野晶子訳「源氏物語・野分」(青空文庫
万葉集・20-4303 大伴宿祢家持
 
 
 
 
ユリ       オニユリ)    (白) 
 
 
  
ゆあみする泉の底の小百合花(さゆりばな)二十(はたち)の夏をうつくしと見ぬ 與謝野晶子『みだれ髪』(青空文庫
 
 
 
万葉集・18-4116 大伴宿祢家持
ラークスパー → チドリソウ
ラベンダー 
リラ
 
 
リンドウ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  1分後にリンゴの画像
       歌詞
 
ルリマツリ プルンバゴ・アウリクラタ)
瑠璃茉莉。アオマツリ、プルンバゴPlunbagoとも。イソマツ科。
レモン レモンの花
 
  レモンの蕾は淡いピンクです。木に長いトゲがあります。剪定した枝の処理は大変です。
レンゲ
 
 
 
 
ワラビ 
 地下茎のデンプンからワラビ餅を作った。
ワレモコウ