2015年2月22日日曜日

因島三庄町 千守城跡

2015.2.22.登山口にあった説明板。f:id:crystal23:20150203004717j:plain2015.2.1.左手前のこんもりとしたところ。標高79mの丘。うしろに観音寺。背後の高い山は、観音山と呼ばれる奥山。
2015.2.22.本丸跡。
2015.2.22.井戸跡。本丸の東、少し下がったところ。
堀跡。

石垣が続く。

参考:
城主はわからない。各地方史にものせていない。その麓に小字政所があり、土井があるが、荘園制時代はなやかな時代には、城郭の必要もなかったろうから、土井の地名になぞらえて、小早川支族が定番をはじめてからのものであろう。
青木茂編、「因島市史 全」、因島市史編集委員会、昭和43年、p.413
篠塚伊賀守の名は吉川栄治さんの「私本太平記」に新田方として何度か出てきた人物である。松岡進さんの「芸予叢島史」のp.103に記述がある。