2016年2月26日金曜日

ネムノキ2013.6.23.笠岡市篠坂



触ると猫の毛のような感じです。





 倚《よ》り合っている二本の喬木の下に腰をおろして、
「なんの樹だろ?」
 城太郎がいう。
 お通も、眸を上げながら、
「合歓《ねむ》の樹です」
 と教える。そして、
「わたしや武蔵様が、まだ幼い時分によく遊んだことのある、七宝寺というお寺の庭にも、この樹がありましたっけ。六月ごろになると、糸のような淡紅色《ときいろ》の花が咲いてね、夕月が出るころになると、あの葉がみんな重なり合って眠ってしまう」
「だから、ねむ[#「ねむ」に傍点]の木というのかしら」
「でも、文字で書くと、眠《ねむる》という字は書きません、合《あ》い歓《よろこ》ぶと書いて、合歓《ねむ》と訓《よ》むんですの」
「どうしてだろ?」
「どうしてでしょうね。きっと誰かが拵《こしら》えた当字《あてじ》でしょう。……だけど、この二本の樹の姿を見ると、そんな名がなくても、いかにも歓び合っているといったような姿じゃありませんか」
「樹なんか、歓ぶも悲しむも、あるもんか」
「いいえ城太さん、樹にも心があるんです。よく御覧、この山の樹々のうちにも、よく見ると、独り楽しんでいる樹もあるし、独り傷《いた》ましそうに嘆いている樹もある。また城太さんのように、歌を謡《うた》っているのもあれば、大勢して、世を怒っている樹の群れもあるでしょう。石でさえ、聞く人が聞けば物をいっているというくらいですもの、なんで樹にもこの世の生活がないといえましょう」

「そういわれてみると、そんな風にも見えてくるなあ。——するとこの合歓《ねむ》の木なんか、どう思っているんだろう」

吉川英治「宮本武蔵 風の巻」「連理の枝」

植物誌 (植物誌・旧