一観居士柏原伝六と妻の座像。妻の座像の円座には、右から「一観妻」か。「妻」の文字は風化して読めない。さらにその下の直方体の石には右から「一観像」、左には縦書きで「施主」「柏原伝六」それに箱形の符号。
一観像の左側(向かって、右側。西側)が空いている。これについて、今迄耳にした説が3つあった。
1.家を建てると、その気苦労からか、安心感からか、せっかく建てたのにほどなく亡くなることがよくある。そのため、縁起をかついで、最後の部分は施行せずに未完成にしておくという風習がある。お城でも天守閣の最後の部分は施行してなくて、七不思議だとか言われたりする。これと同様に、白滝山の石仏群も、未完成で終わりにした。
2.参拝者、あなたの席ですよ、というもの。
3.伝六さんの息子の座る位置だった、というもの。後に作れよ、という意味か?