2020年11月1日日曜日

読書旧記



 読書旧記 (1)   『ロミオとジュリエット』  


 はじめに。読書日記と誤読していただいて構わない。でも、読書日記というタイトルなら4度に3回は新刊書を紹介しないといけないようなイメージをもっている。しかし、そんな元気はもうない。だから、横に縦棒を一本入れて読書旧記とした。これなら、昔読んだ本のことなどを書いて、いつまでも続けられる・・。因島文学散歩は随時掲載ということで深く考えずに始めたが、4、5回目あたりで、20回はしんどいなと気づいたものの後の祭りだった。因島の、文学の、という2つの限定を取れば少しは肩の荷は軽くなるだろうと安易に考えての再出発である。

 これは紙媒体として出版文明への挽歌ではない。私は紙の本も読むし、パソコンで読むこともある。時代とともに変わるのは当然で惜しんでも仕方がない・・。しばらくは紙の本を見てみよう。

 誰もが知っている『ロミオとジュリエット』。文学全集でも文庫本でも各種出ている。最初は旺文社文庫を買った。昭和42年の5月だから1967年である。今でも新本と変わらない。緑の表紙も上等なら本文用紙も白色の上質紙で立派な造本である。高校生人口も増え、学習参考書の出版社も限られてていた時代だったから旺文社も景気の良い時代だったのだろう。学習参考書のみならず一般書籍、雑誌などもどんどん増加する、今から見れば面白い時代がしばらく続いた。

 さて、本題に入ろう。清水義範さんという私より少し年上の作家はパスティーシュ(文体模写)の名人で『世界文学全集』という小説では、女子短大生の卒業論文ということで「ロミオとジュリエット」は、いきなり「バッカじゃなかろうか」と始まったのには、驚きかつ笑ってしまった。まさにその通りなのだ。親どうしが喧嘩して仲が悪い家があった。片方の家のロミオがこともあろうに、相手方のジュリエットに一目惚れし、やがて相思相愛となり、ひょんなことから死んだ真似ごっこをして、本当に死んでしまうのである。だから、「バッカじゃなかろうか」と言われても仕方のない二人の話なのである。

 それでは、もう少し利口な人の話だったらどうであろうか。親どうしも知り合いで・スポーツと勉強ができて、英会話とピアノが趣味の美男美女が家族からも親戚からも祝福されてゴールインなどという話を書けば、作家や出版社の方が「バッカじゃなかろうか」の標的となる。知らない人からもらったものは食べないような理性的な白雪姫は、物語の主人公にはなれない。そして本の前の「そのリンゴ、食べちゃいけない!」という多くのこどもたちの忠告を無視して、食べるから世界中のこどもたちに読まれる本が存在する。

 シェイクスピア著、大山敏子訳『ロミオとジュリエット』(旺文社文庫)、昭和41年、150円。



読書旧記 (2)  氷点


 旭川市で個人病院を経営する院長の辻口啓造が旅行から帰ってきた時には、3歳の娘は殺されていた。その時間帯に病院の勤務医と密会していた妻夏枝に嫉妬した辻口院長は、後に、養女がほしいと言った妻に、犯人の娘であることを隠して陽子を育てさせる。仮面夫婦の生活が始まる。ここで普通の読者なら、バッカじゃなかろうか!さっさと離婚すれば済むのに、と思うだろう。どうやら名作にはバカな人間が必要なようだ。・・しかし秘密は長く保てない。犯人の娘であることを知った夏枝の復讐が始まる。すなわち陰湿な継子(ままこ)いじめ物語へと話は展開する。あらゆる試練に知性と良心で立ち向かうのが太陽の子、陽子で、日本の小説史上稀なヒロインであろう。どうしてこんなに賢い子なんだろうかという疑問は、『続氷点』の出生の秘密を読めばわかるのだが、諸悪の根源である辻口院長が陽子の身方になり、理想の男性のように描かれるのは何故なのかは理解できなかった。

 さて、本作品は朝日新聞社が昭和39年に行った1千万円懸賞小説の入選作で、多くの話題を生んだ。朝日新聞連載後に出版されベストセラーになり、映画化もされた。また、テレビ等で何度もドラマ化された。募集要項等は見ていないが、常識的に考えれば、それらの諸権利はすべて朝日新聞社側にあり、朝日新聞社は十分に元は取れたのではないかと、私は想像する。作者の三浦綾子さんは、病身との闘いではあったが、以後順調な作家生活を送られた。一方、我々読者や視聴者は費やした時間に十分満足した。このように考えると、『氷点』の出現は三者を益した稀有な昭和史の一コマだったように思う。

 三浦綾子著『氷点』(朝日新聞社)、昭和40年、380円


読書旧記 (3) 「老人と海」 


 考えてもみてほしい。サメの棲息する海域で自分のボートより大きな魚を釣ったら、どういうことになるかを。

 そんなこともわからないで、あんた何年漁師やってんの? それとも認知症認が始まってんじゃない? と、多くの読者は思うに違いない。そうなのだ。この作品は認知症の始まったじいさんの話なのだ。 

 この作品などでにノーベル文学集が与えられた時、草葉の陰ではなく石壁の下のアルフレッド・ノーベルは思ったに違いない。東洋の島国では、オイラのことを科学者だと思っている子供たちが多いらしいが、それは違うよ。おいらは根っからの火薬職人さ。だから、職人気質(かたぎ)をもっと書き込んで欲しかったなあ・・と。

 高度に人工化された老人政策に、ほどなくお世話になることは視野に入っているのだから、それを否定するつもりは毛頭ないが、こういう現在の我が国の社会と対極にある、キューバの貧しい漁村が舞台だと思えばよい。独居老人は地域で面倒を見る。と言っても村人はクールで、かつて漁を手ほどきした少年が食事や釣りの餌を運ぶ。一人で釣りに出て、夜になって帰ってこなくても捜索隊など出たりはしない。そういう意味での自然が溢れた世界だ。

 戦い済んで日が暮れて、老人はライオンの夢を見る。動物園のライオンではなくアフリカのライオンである。動物園のライオンは自ら獲物を捕ることを禁じられた巨大な猫に過ぎない。

 もう何日も餌にありついていない、今日獲物がなければ明日死ぬかもしれない。そんなアフリカのライオンでいたい。猫になってはいけない・・。というのが老人の願いであり、それはまた作者の願いでもあった。

 明日(あした)は明日の風が吹くというのは若さの特権であるが、釣れなくても釣りに出るというのは老人の執念である。さて、我々はいつまで執念を持ち続けることができるであろうか?

E.ヘミングウェイ著、福田恆存訳『老人と海』(新潮文庫)、昭和45年2月9日購入。90円。


読書旧記 (4) 「リア王」

 年金生活者がしてはならないこと〜子供に全財産を譲ること。という週刊誌の広告を見て、そんなことは週刊誌に教えられるまでもなく、シェイクスピアが書いていたではないか、と思う人は、もうあまり多くはないのだろう。シェイクスピアも過去の人となった。私らが若い頃は、地球上で発行されるシェイクスピアに関する本は厚さにして、1日に1メートル以上あるだろうと言われていたが、こういう話も今はむかしである。

 かつて有吉佐和子さんの『恍惚の人』が出版された時、認知症文学の傑作として話題になったが、もう一つの認知症文学の傑作は、言わずとしれた「リア王」である。一説によればシェイクスピアの最高傑作とも呼ばれるが、ストーリーは単純であまり好みではなかった。だから、ある年齢になって、シェイクスピア全作品の未読のものを皆読もうと決意した時も、もう「リア王」は読まないつもりだった。
 さてシェイクスピアの全作品を、もちろん翻訳でだが、どこのもので読むかは悩ましい。小田島氏のものも出ていたが読んだことがないので、これは除外することとした。次は、新潮世界文学の福田恆存訳。あるいは新潮社の同氏の全集。どうやら全作品を網羅しているようには思えないので、新潮世界文学の「シェイクスピアⅠ」 「シェイクスピアⅡ」を横目で見ながら、今回は除外することにした。次に思い出したのは筑摩の世界古典文学全集50余巻だった。このうち6巻でシェイクスピアは全作品を網羅しているという宣伝があった。実はこの全集はまだ完結してない頃、ほるぷから35巻セットが出ており、それを既に購入していた。しかし、その中にはシェイクスピアは含まれていなかった。それでシェイクスピアの6巻をまとめて古本で買い、既読のものは飛ばしながら読んでいくことにした。
 やがて、「リア王」のところへ差し掛かった。一度読んでいるので飛ばすつもりであったのだが、どういう魔が差したのか、読み始めてしまった。そして驚いた。セリフが凄いのだ。単純なストーリーでありながら、そこには深い人生の経験が語られていた。
 やはり、「リア王」はシェイクスピアの最高傑作であった。



読書旧記 ( ) 「潮騒」
 
 ギリシア古典に借りた、「潮騒」の陳腐なありふれたストーリーは馬鹿らしくて紹介する気にならないが、しかしこの作品は名作である。
 例えて言えば、これはギリシア旅行をしてアポロンの黄金の杯(さかづき)を買って、それに地中海の太陽をなみなみと注いで、それを飲み干して悪酔いして書いた作品である。
 もちろん登場人物の髪の毛一本一本の先端まで自分の思い通り書かないと気のすまない三島さんだったから、生涯酒に酔って文章を書くというようなことはありえなかっただろうが。
 だから、陳腐なストーリーも、この作品を書く上で必要なことだったに違いない。
 そしてまたその故か、何度も映画化されて成功している。海辺の寒村を舞台にすると明るい太陽と輝く海があっても、古い因習やら湿った人間関係などを書かないとリアリティーは出てこないし、書いたら書いたで若者の陽気さにケチがつく。そこを三島流の都会小説の文体で外面だけを微細に描写したので、稀有な、おとぎ話のような古典小説が誕生したのである。だから、中学生向の名作全集の中に「次郎物語」などと並んでいるが、私には違和感がある。
 かつて小林秀雄さんが「海の匂いがしない」と言ったが、「汗の臭いがしない」と書くと、土俵でボクシングをするようなもので、次元が異なるのである。「潮騒」というタイトルだから「海の匂いがしない」でいいのである。そしてそれは、今から思えば小林秀雄流の逆説で、最大の賛辞だったと思う。

付記 細島が潮騒の舞台になった可能性

 三島由紀夫さんが、まだ「潮騒」を書いてない頃、井伏鱒二さんへ瀬戸内海の小さな島を買いたいので探してもらえないかと頼んだ。井伏さんはその件を因島の知人に頼んだ。・・・しかし、この話はここまでで終わった。結局、三島さんは父親の知人の紹介で伊勢湾の神島を「潮騒」の舞台に選んだ。
 そこは万葉集にも歌われているところで、
  潮騒に伊良虜の島辺漕ぐ船に妹乗るらむか荒き島廻を(万葉集・巻1・42)
から「潮騒」というタイトルがつき、潮騒という言葉が一般的になった。
 もし、井伏さんがもっと熱心にこの話を進めておれば、三島さんが小細島か四十島を購入してとしたら、面白い展開になっていたことであろう。



読書旧記 ( ) 「万葉集」

 大学の教養課程は巨大なカルチャーセンターだった。ただ受講生の大部分がこれから一人で人生を歩き始めようとしている若者か、人生の荒波をくぐりぬけてきた人たちかの違いがあった。
 また、レポートや試験で単位を獲得しなければならないという制約はあったが、これはその気になれば、カルチャーセンターだって同じことだ。
 昭和46年だから、五十年も昔といっていい。だから詳しいことは忘れたが、体育は実技と理論が何単位か必須だった。それから教職免許には日本国憲法というのが必須であった。それから義務教育学校の免許には倫理学が必須であった。その他、外国語は第一外国語が8単位、第二外国語が4単位。とはいえ、語学と実験は90分一期が1単位であった。それから学科の指定単位というのもあった。そういう制約があったものの、人文社会で何単位以上、自然科学で何単位以上を2年間で取得するように決まっていた。
 その中で国文学は源氏物語と万葉集がそれぞれ4単位で同時展開で両方受けたかったが、バランス上どちらかに決めなければならなかった。結局、万葉集を選んだのだが、今でも、どちらが良かったのか、わからない。

 その時のテキストが岩波文庫の佐々木信綱編『新訓万葉集』(上・下)二冊だった。その時のことをもっと詳しく書くと、科目名は「国文学」で前期2単位、後期2単位で、担当は岩佐正教授。岩佐先生はその年を最後に、広島大学を定年退職された。後期のある時間に今年が最後で、定年後は各地の同級生を訪ねてみたい、と話されていた。



読書旧記 ( ) 三浦哲郎「忍ぶ川」(新潮文庫)
 トルストイの『アンナカレーニナ』の有名な冒頭の言葉を引用するまでもなく、文学作品には幸福な家庭よりも不幸な家庭を描くことが定石のようになっている。
 そして不幸な家庭を描くことがいかに難しいかということを教えてくれる作品が「忍ぶ川」なのである。そして読者は、どこまで書いて、どこからは書かないかという作者の選択を追いながら、そのことがわかるだろう。書きすぎても行かないし、書かなかったら作者の意図は伝わらない。

読書旧記 ( )岡村昭彦「南ベトナム戦争従軍記」(岩波新書)
 トラ、キリン、ベトコンと書くと、天童荒太さんの「永遠の仔」を連想される方がおられれば、遠からず、近からず、と言っておこう。



読書旧記 ( )大仏次郎『天皇の世紀』(朝日新聞社)

読書旧記 ( )平家物語

 祇園精舎の鐘の音で始まる平家物語は寂光院の鐘の音で巻を閉じる。夕陽西に傾けば・・