2015年3月16日月曜日

因島重井町 重井川


重井川は地元では大川原(おおがわら)と呼ばれているが、国土地理院の地図にも「重井川」と出ている。太田、一町田を南から北へ流れる「菜洗い川原」(なあらいがわら、なあらーがあら)とともに流水量、長さともに、重井東部の中心となる川である。
大池を源流とし、馬神新開、郷沖新開の間を瀬戸内海へ注ぐ。
重井川は、重井村の新田開発の証しの人工川で、その源は大池あたりに始まり、友貞・山田・三反田を経て、西側は有浜・須越・郷新開、東側は一町田・青木・青木沖新開など低地の排水を担う川でその川裾に明治橋がある。明治5年の架橋。現在は東西橋の交差点の蔭の存在となっている。村上安弘、「重井の石造物」(2009)、p.90
現在の青木・青木沖新開の排水路については、調査の必要がある。また、重井川の西側については、おそらく丸福旅館、幼稚園のあたりが分水嶺で、東へ流れた水は東西橋付近で重井川に注ぐのだろう。
画面の上下に対応させて、上流から下流へ写真を配置する。
大池
2015.1.7.因島運動公園手前。旧・大池と池之上小田之浦道路改修碑。
棚子山方面からも水は流れ込む。
大池を出た重井川は北に向かって流れる。一本松上流、みつばちの裏付近で、東から消防署(因北分署)の裏を流れてきた水と合流する。東から流れ込むこちらが、川幅も小さく支流である。

一本松上流付近
2014.12.10.一本松の南。みつばち付近。消防署(因北分署)裏の川は大石、本谷、崩石あたりの水が大浜往還(旧道)を入ったところで合流してここで重井川に注ぐ。大池方向か消防署裏方向かどちらを重井川の本流とすべきか考えたが、ここに来て、大池方向が川幅が広いことがわかったので、こちらを重井川本流とする。運動公園付近から大池に注ぐ川も水量は多いが、ここは重井川と呼ばないほうが妥当だろう。
友貞、山田からの流れが合流したあと、一本松で道路の下を通り、丸小山川が合流する。
2014.12.10.

一本松

(推定:1961年ごろ)。左下が大池。右上が一本松。日本線に見えるのが繁井川。


******ここから一本松より下流に入る。*******

一本松で、丸小山川が左(東側)から合流する。縄手の土手沿いの白瀧川と、この丸小山川が重井川に注ぐが、その間はすべて一町田(太田も含む)を流れる菜洗い川原に注いでから、文化橋下で重井川に注ぐ。厳密には白滝川もその直前で菜洗い川原に注ぐ。

一本松から下流を望む。川の上に見えるのが馬神山。右の小山が青木山(地王山)。左の小山は何だろうか。有浜と須越の間に小さな丘があるのだろうか。遠くに見えるのは佐木島。左側の道路が有浜道。右側が一町田・太田との境をなす土手で、現在は遊歩道。
さらに下って政安橋の前から下流を見る。こんどは馬神山がくっきりと見えてきた。

政安橋(一本松から1つめ)
2014.12.6.「政安橋」。一本松から重井川にかかる1本目の橋。(下流からは9本目)。

2014.12.6.政安橋付近から見た白滝山。左端が峯松山。峯松山には峯松神社がある。右の山はわからないが字は池の迫。農道一本松重井こ道線から登ると、大浜往還(古道)の重井側の峠、池の迫峠に出る。池の迫山と呼んでおこう。白滝山の左側の尾根が登山道・峯松山鐘楼線。中央の濃い緑の竹薮付近を左へ向かって尾根まで登る登山道、灰の奥鐘楼線と尾根で合流する。右側の尾根がゴリラ岩往還沢線で、大浜からの登山道。途中、気をつけて見れば磨崖仏が2体並んで彫られているのが見える。また奇岩などの眺望はすばらしい。大浜往還(古道)は見えないが、位置としてはこの写真の真ん中あたりの窪んだところを左側から右あがりに尾根が交差したあたりを目指す。中央の大きな岩は、土地所有者にお尋ねしても名前はわからない(あるのだが)ということなので、許可を得て、通称「小段岩・オサム岩」としておく。

常会橋(一本松から2つめ)
2014.12.24.常会橋から一本松方面を望む。2本目の橋が「常会橋」。
2015.12.24.常会橋付近から見た白滝山。右三分の一ほどの峠が大浜往還(古道)。

丈平橋(一本松から3つめ)
2014.12.24.丈平橋から一本松方面を望む。
2014.12.24.丈平橋から見た青木山。
2014.12.24.丈平橋から見た白滝山。ここから一町田へ降りれる。

井上橋(一本松から4つめ)
2014.12.17.

文化橋(一本松から5つめ)
2014.12.10.

昭和橋(開化橋)(一本松から6つめ)。開化橋というのはひょっとすると埋め立て地内を流れるほう川の名かもしれない。


大正橋(一本松から7つめ)
2015.1.7.

東西橋(一本松から8つめ)
2015.1.7

明治橋(一本松から9つめ)
2015.1.7.総覧130 明治橋の碑。最下流の橋。すぐ隣り(上流・南)に東西橋があり、交通量は多くない。
2015.1.7.下流を見る。
2015.4.15.権現山中腹から。重井川下流。ソーラパネルがあるのが本郷沖新開。かつて塩田があった。

(推定:1961年ごろ)一本松から海まで。

(推定:1961年ごろ)大池から海まで。