2019年2月28日木曜日

夕凪亭閑話 2008年5月

2008年5月2日。金曜日。晴れ。旧暦3.27. みずのえ とら 六白 大安
 五月になった。昨日が立春から数えて八十八夜ということであった。田植え頃ということであろう。気温もここ数日でどんどんと上がり,初夏になった。
 「秦本紀 第五」(新釈漢文大系)
 秦というと何故か暗いイメージがあるし,この秦本紀にしても戦いばかりで辟易する。例外的に興味をもったのは,繆王である。「君子は畜産を以て人を害せず」(繆公曰:“君子不以畜産害人)と,実に明言を吐く。
 終わり近くに,始皇帝について以下のように記されている。
 五月丙午,莊襄王卒,子政立,是為秦始皇帝。秦王政立二十六年,初并天下為三十六郡,號為始皇帝。始皇帝五十一年而崩,子胡亥立,是為二世皇帝。三年,諸侯并起叛秦,趙高殺二世,立子嬰。子嬰立月餘,諸侯誅之,遂滅秦。其語在始皇本紀中。
 
2008年5月3日。土曜日。晴れ。旧暦3.28. みずのと う 七赤 赤口 憲法記念日
 まことに暑い日で,戸外で作業をすると紫外線に打たれかなり疲れた。
 午後5時前に因島大橋を通る。折しも大潮で,潮はよく退き,普段水没している岩礁まで浮き出て,碧の新緑の島影と蒼い海とのコントラストが美しい。因島大橋からの眺めは左右どちらを見ても素晴らしいが,め刈りの瀬戸から南は近景から遠景へと春霞で次第に淡く広がっている。因島の東端は,入り組んでいる。外浦町と鏡浦町の境が梶ノ鼻で,南側に玄武岩の層がある。さらにその南に鏡浦町の岬が見える。そこの神社の反対側の海岸には,砂岩と花崗岩が層をなした奇岩が観察される。そして,そこからさらに南を見れば,椋浦の海岸段丘が望まれる。橋の上から見るというのは難しいだろうから,興味のある方は,現地へ行かれるがよい。
 
2008年5月4日。日曜日。晴れ。旧暦3.29. きのえ たつ 八白 先勝 みどりの日
 4連休の二日目。昨日ほどは暑くはない。でも午前中は暑いようだった。昼ご飯を食べて窓を開けて眠っていると寒かった。
 鯉は病気になるし,梨の葉にはブツブツがついてくるし,四面楚歌ですね。おまけに野良猫が庭の一隅で出産しておりました。近くの大病院も産科が休診になって久しいのに,猫はどこででも生まれるのですね。猫の文明のほうが日本人より上かも。ちなみに猫の仔は五匹いました。その色は・・・,オリンピックと関係ありませんので,やめておきましょう。
 
 
 
2008年5月5日。月曜日。晴れ時々曇り雨。旧暦4.1. きのと 九紫 仏滅 子どもの日 立夏
 四時頃に雨が降っていた。明けても曇り空が続いていたが次第に晴れる。それでも時々雲って風が吹いて雨が降ったりした。天気予報では連休中は晴れる予定であったが・・・・。
 暑くもなく寒くもなく,夏がやってきております。子どもの日というものの,鯉のぼりは少なく,この先,明るい未来は望めそうにないですね。
 
2008年5月6日。火曜日。晴れ。旧暦4.2. ひのえ うま 一白 大安
 連休最後の日です。幸い朝から明るく太陽が照っておりました。どこに行ってもさぞ素晴らしい行楽日和だろうと思いましたが,行楽の予定はございません。それで,いつものように,昼寝と散歩です。
 暖かいと思って水炬燵で寝ていたら,寒かったですね。窓は開けていないにもかかわらずです。
 ゆっくりと老化へ誘う初夏の風 
 時間はいつものように流れ,明日からまた仕事という日常生活へ戻ります。
 
2008年5月7日。水曜日。晴れ。旧暦4.3. ひのと ひつじ 二黒 赤口
 初夏らしいよいお天気である。さすがにここ数日,ファンヒーターを使わなくなった。本来ならばストーブ・扇風機の交換を連休にするのだが,ここ数年その習慣がなくなった。時に寒くなるので石油ストーブは出しておく。さすがに電子毛布はしまったが。 
 
  初夏偶成
新緑竹陰五月天
青山一路昼蕭然
幽窓浄机薫風裏
午睡堆書落枕辺
 
 
2008年5月8日。木曜日。晴れ。旧暦4.4. つちのえ さる 三碧 先勝
 Newton の五月号,六月号にヘボンのことが紹介されている。あのヘボン式ローマ字のヘボンである。幕末から明治にかけて来日していたアメリカ人宣教医師で英和辞典を作った人である。その協力者が津山洋学の流れを汲む岸田吟香である。
 かなり暖かくなったが,夜はやはり冷える。
    餞春
黄昏新樹落花軽
影裡斜風燕子鳴
無頼空過春又去
浮生残日暮煙横
 
 
2008年5月9日。金曜日。曇り後雨。旧暦4.5. つちのと とり 四緑 友引
 朝から雲っていたと思っていたら,夕方から小雨になった。いつもでも,日が暮れずたそがれ時が長い。今日は近くの郵貯銀行へ行って,少しばかり米ドルに替えてもらってきました。以前のことはわかりませんが,こういうことができるようになったのは,民営化のおかげでしょうか。 
 
   寄暮窓
眼前躑躅緑陰前
猶有青苔五月鮮
満架繙書山館夕
日長閑座雨余天
 
2008年5月10日。土曜日。雨。旧暦4.6. かのえ いぬ 五黄 先負
 天気予報通り,寒い雨となりました。夕凪亭はまだファンヒーターも電気炬燵も出したままになっておりますから,この時ばかりと復活し,活用しております。ということで,今日は一日中雨を眺めておりました。
 佐藤春夫現代語訳の「徒然草」(河出・日本文学全集3)を読みました。カラー版日本文学全集という大版のものがありまして,そちらでは4巻目に同じものがあって,以前も読んだことがありますが,今回はこちら豪華版日本文学全集3で読んでみました。こちらは昭和40年11月発行で480円ということなのですが,装幀も紙もしっかりしていて,当時の技術の高さが伺えます。多分どこかの古書店で100円で買ったものでしょう。さて,何度読んでも,この人の精神のあり方には感心します。ただ,多分野にわたって記述されていますから,わかった,おわり,という気持ちになかなかなれませんので,また読んでしまうというようになるのだと思います。もちろん,文章なり,考え方なり,作者の生き方に魅力があるからでしょうが。鴨長明にしても吉田兼好にしても,隠者ということになっておりますが,果たして本当の隠者であったか。ここまで人間について興味をもっていれば,精神的には隠者とは言えないでしょうね,きっと。
     寒雨
黄散残花形影単
薔薇匆々暮雲端
帰来燕子簾前夕
坐雨孤吟夢自寒
 
2008年5月11日。日曜日。晴れ。旧暦4.7. かのと い 六白 仏滅 さんりんぼう
 今日は晴れましたが,相変わらず,気温が上がりません。初夏はどこへ行ったのでしょうか。
 「秦始皇本紀第六」(新釈漢文大系)。
 史記本紀も,やっと面白くなります。始皇帝の統一事業は,やはり偉大だと思います。でも,後半の暴政と焚書坑儒などから,一般的に始皇帝の評価は低いのではないかと思います。創業と守業に分けて考えましょう。そして創業においては革新的,天才的であったと思います。
 これで新釈漢文大系38の史記一(本紀)が終わりです。次は本紀の後半,史記二(本紀)になります。
 
2008年5月12日。月曜日。晴れ。旧暦4.8. みずのえ ね 七赤 大安
 少し寒いようです。
 夜,「カラマーゾフの兄弟」(光文社文庫)「第3編女好きの男ども」の「2 リザヴェータ・スメルジャーシチャヤ」を読む。スメルジャコフの母親のことである。「一生をとおして女は,夏も冬も同じ麻の肌着を身につけたまま,裸足で歩きまわっていた」(p.256)というようなみすぼらしい頭の弱い,しかし健康で強い,普通なら嫌われもので,蔑まれるような女であるが,人々はの扱いはその反対で,たいそう親切である。お金や服や,靴までも彼女に与える。しかし,すぐに彼女は教会や刑務所に寄付してもとの姿に戻る。「白痴」の主人公にも似た感動的な人物である。
 
2008年5月13日。火曜日。曇り時々雨。旧暦4.9. みずのと うし 八白 赤口
 初夏なのに冷たい雨。  
 カラマーゾフの兄弟「3 熱い心の告白-詩」は一転してアリョーシャと長男ドミートリーの会話で,ほとんどがドミートリーの独白のようなものです。
 
2008年5月18日。日曜日。晴れ。旧暦4.14. つちのえ うま 四緑 大安
 まるで眠り病であった。その間に気温はどんどん上昇し,昨日本日と夏らしくなった。
 今日は夕暮れ,窓を開けていると雀の声に混ざってホトトギスが忍び音を漏らしているではないか。かなり遅くまで鳴いていた。  
 富士川英郎「菅茶山」(筑摩書房・日本詩人選30を読んだ。大作「菅茶山の東遊」をはじめととする菅茶山に関する著者の論考を集めたものである。随所に茶山の詩を配して茶山の交友,事跡のみならず,茶山の人物や感じ方がよくわかる。そしてそこには,現在ではとうてい望み得ないほど静かに時間が流れている。
 
2008年5月19日。月曜日。曇り後雨。旧暦4.15. つちのと ひつじ 五黄 赤口
 雲っていたが,午後になって天気予報通り雨になった。夜になってよく降る。
 佐藤春夫現代語訳「方丈記」(河出書房・日本文学全集3)を読む。少し前にも読んだし,何回も読んでいるのだが,今回はこの日本文学全集3王朝日記随筆集の中で,ただひとつ読まずに残っていたので,終えてしまおうと思った次第。この編には土佐日記,蜻蛉日記,更級日記,枕草子,方丈記,徒然草が現代語訳で省略なしで入っている。豪華版というシリーズ名に恥じぬ内容である。
 それはさておき,方丈記の前半と後半のトーンの違いが面白い。前半の美文は,人間にとって不幸な出来事を列挙すればこうもなろうか,と思わせるものばかりである。誰でも五〇年も生きておれば天変地異のいくつかに遭遇するものである。逆におめでたい事ばかり並べて,人生とはこんなものだとも示せるわけであるが,作者はそうはしなかった。後半の質素な暮らしを肯定するために前半があったようなものだ。後半は,そこまで開きなおらなくても,慎ましく暮らすことは立派なことであるから,もっとトーンを下げてもいいではないかと思う。そして,全体を通して伺われるのは,厭世的なように見えて,決して現実から目をそらしてはいない作者の覚めた眼だ。それが,何度読んでも面白い理由なのだろう。
 
2008年5月20日。火曜日。晴れ。旧暦4.16. かのえ さる 六白 先勝
 今日はよく晴れて,初夏らしいよいお天気です。でも気温はあまり上がらず,快適です。夕方,散歩してみると,実にここちよい。この時期にしては暑くないようです。
 昨夜,雨の中で庭でごそごそという音がしていて,仔猫の泣き声がしていたと思ったら,案の定,生まれておりました。野良猫です。またも五匹。どうも雨の中,草の間から,軒下の段ボールの中へ移動したようです。その段ボールを親猫がいないときを狙って,少しずつ動かして,できるだけ庭から遠ざけるつもりです。そして,親が連れて行くのを待ちましょう。 
 カラマーゾフの兄弟「4 熱い心の告白-一口話の形で」は,熱い心の告白というサブタイトルにふさわしい内容です。アリョーシャが訪ねていこうとしているカテリーナについての,長男ドミートリーの体験が披露されます。
 
2008年5月21日。水曜日。晴れ。旧暦4.17. かのと とり 七赤 友引 小満
 朝四時頃からホトトギスが鳴いておりました。
 今日もあまり気温は上がらなかったようです。夕方いつものように散歩してきました。日没後もしばらくは明るいのがこの季節の特徴です。
 昨日の仔猫は段ボールのまま少しずつ移動して,親猫が見失わないように注意しながら,無事目的地へ到着させました。夜,見ると親猫が来ておりました。あとは,少し大きくなって出ていってもらうのを待つだけです。
 プルタルコスの「英雄伝」(筑摩・古典世界文学)で「カエサル」(長谷川博隆訳)を読んでみました。筑摩・古典世界文学というのは世界古典文学全集50巻本の35巻のホルプ版です。連戦連破の世界史の中の英雄中の英雄ですから,あらゆる戦闘に圧倒的に勝利したように思っていたら,そうではなくて,ピンチに立たされたこともあったことが書かれております。それにしても,あれだけの認識力の持ち主で,敵をも味方にしていった政治的にも天才的な人間が,なぜ簡単に元老院で暗殺されたのか疑問です。カエサルの行動を,「自分自身を他人のように見なして,その自分と競いこれを凌ごうとしていたという他なく,それは,すでに果たした仕事に対して将来の仕事をぶっつけて,それを凌駕しようとする功名心でもあったのである」(p.447),と書くプルタルコスの洞察も凄いですね。
 
2008年5月22日。木曜日。晴れ。旧暦4.18. みずのえ いぬ 八白 先負
 少しずつ気温が上がっているのだろうか。夕方散歩すると汗ばむようだった。今日は,昼も夕方も夜もホトトギスの声がたびたび聞かれた。
 「項羽本紀第七」(新釈漢文大系)
 古来有名な項羽と劉邦の話である。さすがに面白い。そしてやはり白眉は,高校の教科書や参考書でお馴染みの「鴻門の会」と「四面楚歌」のところである。この間がやや不自然である。項羽がリードしていたのに,あっという間に逆転する。そこのところがあまり詳しく書かれていない。武力では圧倒する項羽が最後には退場する。それは人徳が足りないからであり,さらに言えば,政治を学ぼうとしないからである。このような項羽の人物は既に巻頭で描かれていることから予想される。だから巻頭の項羽の生い立ちのエピソードと結末は見事に呼応する。そのような面からみても,この巻がよくまとまっているということが言えよう。
 
2008年5月23日。金曜日。晴れ。旧暦4.19. みずのと い 九紫 仏滅 さんりんぼう
 昨日に続いて,気温が少し上がったようです。梅雨前線の影響で西のほうから天気は下り坂に向かうということですが,夜になってもまだ降ってはおりません。明日は雨という予報です。
 湯川秀樹「物理講義」(講談社学術文庫)を読みました。少し前,図書館で最近出た大版の「物理講義」というのを読んでいたら,以前に読んだことを思い出し,書架を捜してみるとやはりありましたので,こちらを読むことにしました。昭和57年の第6刷で,定価は360円です。58年の9月9日に読んだ記録があります。ということで随分久しぶりということになりますが,大変おもしろくためになる名著です。首都圏の大学院生を相手に64歳の湯川博士が二時間を三日間講義された全記録で,大変貴重なものだと思います。なお,図書館で見た最近出たものは,注が本文のページの余白に書いてあってなかなか読みやすい本です。
 
2008年5月24日。土曜日。雨。旧暦4.20. きのえ ね 九紫 大安
 今日は朝から雨です。昨夜12時頃から少し降り出しました。でも,夜はあまり降っていないでしょう。昼過ぎに止んでいたので,散歩すればよかったのに,気づいた時には,また降り始めていました。夕方から夜に掛けて途中小降りになりながらもかなり降りました。梅雨のような雨です。変な話ですが,昼寝をするには,まだ電気炬燵がいいようです。さすがに,ファンヒーターは使いません。
 それから,野生の仔猫,無事に引っ越ししてくれました。親が最も長くいるところへ連れていったのでしょうね。これで今回の騒動は終わりです。黒っぽい茶色の縞模様の一匹は,かわいかった。
 青空文庫でモーパッサンの「墓La Tombe」(秋田滋訳)を読みました。墓を掘っていた男が捕まり,陪審員を前に,亡き人への愛を訴えるという,情熱的な小説です。
 
2008年5月25日。日曜日。曇り一時晴。旧暦4.21. きのと うし 八白 赤口
 雲っていたらまずまずなのですが,晴れたら暑い,という1日で,夕方も暑かった。もう夏ですね。
 なんと,また野良猫が仔猫を生みました。今度は白いのが一匹です。最初と同じ所です。前回と同じように,道路に近いところへ移してやりました。早速,真っ黒な親猫が来ておりました。一週間後には出ていってくれるでしょう。
 O・ヘンリーの「二十年後の再会」というのを河出文庫(小鷹信光編/訳)で読みました。20年後に同じ場所で会おうと約束して,来てみると・・・。警察と指名手配中の犯人という関係になっていたという,よく知られている作品です。高校のとき英語の副読本で読んで,「最後の一葉」とともに,感心するのですが,高校生と違って,50年以上も生きてきますと,20年くらいではそんなに顔は変わらないということを知っていますから,ここに書かれていることはあり得ないと思います。境遇がそういうようになることはあっても,一目で気づかないということは,あり得ないでしょうね。きっと。
 
 
2008年5月26日。月曜日。晴。旧暦4.22. ひのえ とら 七赤 先勝
 五月も残り一週間となった。今日はぐんぐんと気温が上がり,28℃が最高気温ということで,夕方まで暑い一日であった。間もなく梅雨になってもおかしくはない。
 昨日の仔猫は,今朝はいなくなっていました。親猫が「実家」へ連れて帰ったのでしょう。
 モーパッサン,秋田滋訳「初雪Premiere neige」(青空文庫)は,一言で言えば,結婚の悲劇でしょうか。でも主人公は南仏の明るい太陽の下で,死を前にしてとても幸福だと言います。嫌なノルマンディーの陰鬱な冬を送らなくてもよくなるからです。南仏とノルマンディー地方が見事に描き分けられます。そして人間の性格も。
 
 
2008年5月27日。火曜日。晴。旧暦4.23. ひのと う 六白 友引
 今日も夏らしい天気だった。また,猫の話題です。昨日の仔猫がまた戻ってきました。親が銜えて移って来たのでしょう。そして外へ。さらに戻って・・・。と,猫とイタチごっこをしてもシャレにもなりません。
 モーパッサン,辻潤訳「頸飾りLa parure」(青空文庫)は,傑作です。まずまず男好きのする顔立ちだが,たいしていい生まれでもないので,当時の階級社会でのことですから,いいところへはお嫁にいけなくて,小役人と結婚する。しかし,もっといい生活が自分にはふさわしいと思って,満足しない。そんな妻の無聊を慰めるために,夫は夜会の招待券をもらってきます。しかし妻は服がない,首飾りがない,と夫を困らせます。服は夫の貯金から仕立て,首飾りは妻の友人から借りて夜会に行きます。仮初めの姿なれど大人気で夫をそっちのけにして明け方までうつつを抜かします。そして困ったことに友人から借りてきたダイヤの首飾りを紛失してしまうのです。ここで,普通の展開であるならば,夫が妻を責めるということになるのでしょうが,さにあらず。夫は借金をして,代替品を買い返させます。そして二人は家を出て,貧しい人たちの中に住んで負債を返すのに努力します。そして10年ほどたって負債を完済したころ,妻は首飾りを借りた友人に出会い,その顛末を打ち明けます。その友人が言うことには,その首飾りはイミテーションだったということです。ということで,O・ヘンリーの「最後の一葉」などにも似たオチで終わるのです。
 しかし,この小説の妙味は,このオチだけではありません。作者は何も書いていないのですが,この10年間の苦労があったからこそ,この妻は地に足をつけた生活をすることができるようになったということがわかります。もし,イミテーション相当の安物を買って返済,というようになっていれば,この愚かな妻は,愚かな元の生活を続けるしかなかったでしょう。要するに,とんだアクシデントから,転落の人生を歩むようになったのが,返って本当の人生を歩む結果になった,ということが想像できる,見事な小説です。ラストは,イミテーションだったと知ったところで終わります。それ以上,この妻の心を描写することはありません。彼女が何を思ったかはわかりませんが,多分,とんだつまらない10年だったとは思わなかったでしょう。10年間の苦労はごく簡単に書かれておりますが,そのことを読みとることは可能でしょう。
 
2008年5月28日。水曜日。晴後雨。旧暦4.24. つちのえ たつ 五黄 先負
 また雨です。午後になって天気予報通り降り出しました。夕方からは風も出てきました。今年は春から毎週のように雨が降っていますが,昨年の秋の反動というか,バランスというか,通して見れば,うまく廻っているとも言えます。
 モーパッサン,秋田滋訳「寡婦Une  euve」(青空文庫)は情熱的な小説です。情熱的な恋をして,そして自殺をするという家系の少年に恋されて,裏切ったら死ぬと言われ,その通り,その少年が自殺したので,一生を寡婦で過ごしたという老女の物語です。
 
2008年5月29日。木曜日。晴。旧暦4.25. つちのと み 四緑 仏滅
 明け方まで雨は降っていたのでしょうか。地面はよく濡れておりました。しかし,今日は雨は降らず,気温もさして上がらず,過ごしやすい一日でございました。 
 モーパッサン,秋田滋訳「ある自殺者の手記Suicides」(青空文庫)は,邦訳タイトルの通り,自殺者の手記,すなわち遺書です。「アンナ・カレーニナ」の,有名な冒頭の部分にあるように,不幸な家庭というのはそれぞれに不幸なように,自殺者は,それぞれに理由があるわけですから,いくらその理由を小説の形で書いても,書ききれるものではないでしょう。閑話子は,ここに書かれているような考え方はとりませんが,これはこれで一つの人生観と言ってもいいでしょう。
 
2008年5月30日。金曜日。晴。旧暦4.26. かのえ うま 三碧 大安
 天気はやや下り坂で,夕方から降るかと思われましたが,なんとかもちこたえましたので,夕食後日没前の公園を散歩してきました。冬の間毎日電気炬燵であたためたのがよかったのか,足の調子もよくなりましたので,20分ばかり歩くようにしております。以前の半分まではいっておりません。もう少し様子を見ながら増やしていくつもりです。
モーパッサン,秋田滋訳「狂女La folle」(青空文庫)は,25歳のとき,一月ばかりの間に父親と夫と生まれたばかりの赤ちゃんを亡くし,気が変になって寝込んだ女がいた。戦争でプロシア軍が占領して,少佐がこの女の家を占拠した。女が挨拶に出てこないので,布団ごと運び去ってしまった。後年,盛りで遺骸らしきものを発見したという話で,作者は戦争が呪わしいと書いていますが,救いようのない話です。ここは,自国の病院で治療させて,快方に向かっているというような話が展開しておれば,情感のあるよい小説になっていただろうと思う。

 聞杜宇 
客愁灯暗見疎星
杜宇穿雲鳴不停
幽巷不知千里夢 
花緑樹在山亭
 
2008年5月31日。土曜日。晴。旧暦4.27. 二黒 赤口 かのと ひつじ
 明け方まで降っていた雨は7時前には止んで,その後は天気予報に反して,降りませんでした。初夏の太陽にしては少し弱い日射しでございました。そのせいかわかりませんが,一日中,ホトトギスが鳴いておりました。 
 「高祖本紀第八」(新釈漢文大系)を終わった。項羽本紀でやや意外にも簡単だった,「鴻門の会」と「四面楚歌」の間のところが,詳しく書かれておりました。高祖,すなわち劉邦はあまり強くありません。勝ったり負けたりです。その分,多くの人が登場します。人間や政治の機微に精通した雄弁家の機略はありませんが,多くの武将の活躍ぶりは本紀の中でも異色ではないでしょうか。その分,他の本紀に比べても読み応えがあります。文章も実に名文です。現代では,漢文といっても高校で学習するのが大部分でしょうが,そこでは,項羽本紀が圧倒的にポピュラーだと思います。しかし,通して読むと,高祖本紀のほうが面白い。以下の巻にはあまり期待できそうにないので,この巻をもってピークと思っておりますので,峠を越えたという心境です。
 晩春初夏の連休で始まった5月は,梅雨前の初夏の末期にさしかかっております。

 ということで,5月の夕凪亭閑話は,これにて終了。