身代わり地蔵
秋のよく晴れた日曜日のことです。
「秀ちゃん、元気?」
と、ブロックの塀をぴょんと飛び越えてやってきたのは、黒猫ピョンでした。
黒猫ピョンというのは、秀ちゃんと大のなかよしのまっ黒な猫です。顔のまん中で緑色に光る眼以外は、とにかくまっ黒なのです。
「ああ、いるよ。久しぶりだね、ピョン」
「うん。ずいぶんしばらく会ってないようだね」
「しばらく会っていないと言えば、ピョン、よりも、コン太のほうだぜ」
「コン太か? ほんと、しばらく会ってないね」
「天気もいいし山へ行ってみようか?」
秀ちゃんは日曜日の午後を過ごすのにいいアイデアだと自分でも思いました。
「そうしよう」
今日は、すぐに秀ちゃんとピョンの意見が一致しました。性格の違うふたりにしては珍しいことです。
「地蔵峠から行こう。行くぞ、ピョン!」
地蔵峠というのは、コン太きつねの住むしらたき山の南にある峠のことです。そこには石でできたお地蔵様が二つなかよく並んで立っています。
細い道が。畑にはさまれるようにして山へ続いています。
「あ、きれいな石」
ピョンが見ている前で、秀ちゃんは小石を二つ拾いました。ひとつをズボンのポケットに入れ、もうひとつは手にもったままで歩きはじめました。
お地蔵さまの前まで来たとき、近くの山で雉子の鳴く声が聞こえました。
ケーン、ケーンと二回鳴きました。
野山の草が枯れて茶色になって風にゆれています。
秀ちゃんは、手にもっていた石をお地蔵様の足元に置いてから、手を合わせてむにゃむにゃと言いました。
「秀ちゃん、何を言ったんだい?」
ピョンがふしぎそうな顔で秀ちゃんを見ました。
「ここのお地蔵様まで来たのは久しぶりだからね、いいことがありますようにって、お祈りしてたんだ」
「お祈り?」
「ああ、こうして手をあわせて、自分の願い事を言うんだよ」
秀ちゃんはピョンに、ていねいに教えてやりました。
地蔵峠を越えると下り坂になります。峠を越えて、少し行ったところに左へのびる山道があります。ここを登っていくと、きつね村です。道は狭くて、人が一列に歩けるだけですが、草が両側に茂って、気持ちのいい道です。秀ちゃんが前を行き、ピョンがすぐうしろを歩いていきます。
その時です。何かパシュというような音がしました。
「何だろう?」
と言いながら秀ちゃんは顔をあげてあたりを見渡しました。しかし、これといって変わったものがあるわけではありません。
「このへんで、何か音がしたようだったが……」
秀ちゃんはズボンを上から下へと見ています。ピョンが同じように秀ちゃんの身体をズボンの上から見ています。
「あ、秀ちゃん、ズボンに穴が開いている」
秀ちゃんは、ピョンの見ているところを注意深く探しました。ちょうどポケットの上の少しふくらんだところに、小さな穴が開いて白く見えています。
「ああ、これか」
と言いながら秀ちゃんは、ポケットの中に手を入れてみました。
「あ、この石に何か当たったんだ」
秀ちゃんが、そう言って取り出した石をピョンは近づいてじっと見つめました。灰色の石のまん中より少しだけそれたところが、傷ついて白くなっています。
「おーい、秀ちゃん、ピョン!」
きつねのコン太が山のほうから下りてきます。
「やあ、コン太、久しぶりだね。今日はいっしょに遊ぼうと思って来たんだ」
ピョンが言いました。
「そうか、ちょうどよかった」
コン太も喜んで言いました。
秀ちゃんはポケットから出した石をじっと見ています。
「それ、なあーに?」
コン太が、不思議そうな顔をしてじっと見つめています。
「さっき、へんな音がして、ズボンに穴があいたんだよ。そして、この石にもこんな傷がついたんだ」
秀ちゃんが言うと、コン太はもっと近よってその石を見つめました。
「あ、これは鉄砲の玉が当たったんだよ」
「鉄砲の玉?」
秀ちゃんとピョンが同時に言いました。
「そうだよ、鉄砲の弾だよ。たぶん雉子を打つとき使う鉄砲だろうな」
コン太が言いました。
「すると、猟をする人がまちがって打った弾がここまできて、秀ちゃんのポケットに当たったんだね」
ピョンは何が起こったのかやっとわかったという顔をしました。
「そういうことか」
秀ちゃんも、やっとわかりました。
「すると、この石がなかったら、僕の足に弾は当たってけがをするところだったんだね」
「そうだよ。この石が身代わりになったたんだ。身代わり地蔵様かもしれないね」
「身代わり地蔵様?」
ピョンが目を丸くしてコン太を見ました。「ああ、身代わり地蔵様というのはね、何か危険なことがせまったとき、お地蔵様が石のようなものに変わって、その危険から守ってくれるんだよ。これを身代わり地蔵様と昔から呼んでいるのだよ」
「ふーん。さっきお地蔵様の前を通ったから、そのとき、身代わり地蔵様になったんだね」
ピョンはコン太の話をほんとうだと思いました。
「よく見ると、この石はお地蔵様に似ているね。さっそく地蔵峠のお地蔵様にお礼をしてこなくちゃ」
秀ちゃんはその石をコン太とピョンに見せてからすぐに歩きはじめました。もと来た道を、こんどはコン太を入れて三人で歩いて行きました。
地蔵峠まで来たとき、遠くでまた、雉子がケーンケーンと鳴きました。
「お地蔵様、さきほどは身代わり地蔵になられて、鉄砲の玉から僕を守ってくれてありがとうございました」
こう言って秀ちゃんは、お地蔵様に両手を合わせました。となりでピョンとコン太きつねも両手を合わせています。
お地蔵様は、にっこりと笑っているようでした。