2025年1月28日火曜日

義士祭

 義士祭                                             



 井上刑事が、容疑者桜木真を尾行しはじめて三日たったが、いっこうに敵は尻尾をつかませない。

 ……が、昼前になって急に家を出た。しめたと井上は思った。桜木は家を出たとき、周囲を警戒するように、注意深く眺めてから、急ぎ足で駅のほうに向かって歩きだした。幸い井上の存在には気がついていないようだった。

 街は閑散として、誰もいない。澄んだ青空の下、秋風が静かに流れているだけである。もう少し、道路に人がいれば尾行しやすいのに、と井上は思った。


 桜は赤穂線登り普通列車「播州赤穂行き」に乗った。井上と相棒の中村刑事の二人が赤穂線に乗った。すぐにパトカーの応援を頼んだ。赤穂線の後方を覆面パトカーが追尾した。

 大神警部は西大寺署からの連絡を受けて吉井川の川土手で待機することにした。国道二号線は岡山のほうからゆるやかに北上して吉井川を跨ぐ。吉井川の東側で道は大きく廻り北に向かって堤防に沿って走る。このあたりは備前長船の北部にあたる。

 尾行の中村刑事と援護のパトカーとの無線はさっきから傍受しているが、特別変わったことはない。桜木はずっと座ったままで、スポーツ新聞を読んでいるという連絡を聞いてから、その後の動きについての会話はないから、同じ動作がつづいているものと思われた。


  列車は岡山県から兵庫県へ入った。播州赤穂。車窓に入る日が温かい。途中から増えだした人の波は,赤穂駅が近づくに連れて倍増し,溢れるばかりになった。このように人混みの中では,容疑者との距離を近づけるしかない。じわりじわりと詰めていた距離を更に詰めて,いつ相手が行動を起こしてもよいようにしてある。

 しかし,あまり近すぎると危険だ。相手に気づかれるというよりも,外部との連絡が取れなくなるからだ。