幽霊たいじ
春のよく晴れた日のことです。
秀ちゃんは、いつものように日のよく当たる部屋で、ひとりでブロック遊びをしていました。青や緑のブロックが太陽の光を反射して、魔法の世界を作っています。
雀が五、六羽、庭にやってきて、木の枝にいる虫を食べています。ほんとうによいお天気です。
黒猫のピョンは塀の上にピョンと飛び上がると、あたりに誰もいないということを確かめてから、飛びおりました。雀は驚いて飛び立ちました。四本の足が軽やかにしなって、芝の上に着くと、日当たりのよいところをさがして、そこに腹ばいになりました。柔らかい緑の芝がピョンの腹を優しく押しているようです。
「あー、春の日は気持ちいいなあ」
ピョンは、口を思いきり大きく開けて、大きく背伸びをしました。しばらくすると、目がひとりでに細くなって眠くなってきました。
どれくらい時間がたったのでしょうか。
「コンコンコンのこんばんわー、じゃあなかった。まだ、昼だった。はぁーい、コン太きつねの登場! おいおい起きろよ。大変なんだ」
「あーあー、うるさいなぁ。せっかくいい気持ちで眠っていたのに。何をそんなにあわてているのだ?」
ピョンにしてみれば、ついさっきから眠りに入ったばかりだったのです。
ピョンは、どこからともなくやってきて、心地よい眠りをさまたげたきつねのコン太を、恨めしそうに見つめました。
「ピョン、驚くなよ。……ふふふ。これが驚かずにいられようか。じつは大変なんだ」
「だから、何が大変なんだ? さっきから聞いているじゃぁないか」
「いや、とにかく大変なんだ。えーと、えーと、あれぇ、うまく言えないや」
苦しそうにコン太は顔を左右に動かしています。調子がでません。
「早く言えよ!」
「そうあせらすなよ。そうだ、これはピョンには手におえないことだった。秀ちゃんにぜひ相談にのってもらおうと思ってきたんだ。秀ちゃんはいるかい?」
「何? ピョンさまじゃあ、話しても無駄とでも言うのか?」
ピョンは怒りの表情をしてすごんでみせました。驚いたのはコン太です。
「そ,そんなつもりじゃないんだ。そんなにむきになるなよ」
「まぁ、今日のところは大目にみてやるか。」
「ところで、秀ちゃんはいるのか?」
「うん、いるとも。しかし、まあ待て。秀ちゃんのママにみつかるとまずい。おいらが秀ちゃんを呼びだすから、コン太、おまえは南公園のところで待っていろよ」
「わかった。南公園の大けやきの下で待ってるぜ」
南公園というのは、秀ちゃんの家の南にあるいつもの遊び場のことです。
コン太きつねは、車庫に通じる木立ちをくぐりぬけて行ってしまいました。車庫のとなりにはカイヅカイブキが緑の細い葉をこんもり広げていました。根元のほうは葉がないので、コン太きつねはそこをくぐりぬけたのです。
こうして、黒猫ピョンはコン太きつねを南公園へ追いやってから、秀ちゃんがいつもいる部屋の下に行って、呼びかけました。
「秀ちゃん、いる?」
返事はありません。春の日がのどかに照りつけ、窓ガラスに反射して光っているだけです。
「秀ちゃん、いる?」
今度はもっと大きな声を出しました。
「バァーン、バァーン、バァーン」
秀ちゃんは、赤と青のブロックで作ったピストルを持って、せいいっぱい伸ばした手をピョンのほうにむけて、ねらいをさだめるように片目をつむっています。
驚いたのはピョンです。秀ちゃんのいたずらには、慣れているはずのピョンも、この突然の秀ちゃんの行動には驚きました。
「悪いぞ、秀ちゃん!」
「バァーン、バァーン、バァーン。どうだ、ピョン! まいったか!」
「あはっは、いつまでピストルごっこをやっているんだい秀ちゃん」
「そういう言いかたをされると、しらけるなぁ」
秀ちゃんは、さも落胆したように、ピョンを見ました。ピョンは、飽きれたように秀ちゃんを見ています。
「秀ちゃん、コン太きつねが、何か大切な話があると言っていたよ」
「コン太か、何だろう?」
「僕も気になるので問いただしたんだが、黒猫ピョンさまではだめだと言うんだ。ぜひ、秀ちゃんに聞いてもらいたいと言うんで、南公園のところに待たせてあるよ」
「そういうことなら、コン太きつねの言うことを聞いてみようよ」
秀ちゃんは、遊んでいたブロックをかたづけもせず、飛び出して行きました。黒猫ピョがそれに遅れじと、走ってついて行ったのは言うまでもありません。
南公園の大けやきの下では、コン太きつねがゴソゴソと動きまわりながら、ピョンと秀ちゃんが来るのを今かいまかと待っていました。
「コン太、どうしたんだ?」
秀ちゃんは、久しぶりにコン太きつねと会ったというのに、そのあいさつもせずに、いきなり、この話題に入りました。
「ああ、秀ちゃん。会えてよかった。じつは大変なんだ」
「そこまではピョンから聞いたよ。いったい何がそんなに大変なんだ?」
秀ちゃんは、ピョンほどせっかちではありません。でも、やはり気になるようでした。
「じつは、大変言いにくいことだが、幽霊なんだ」
「何! 幽霊?」
秀ちゃんも、ピョンもあっけにとられたようにコン太きつねを見つめました。
「幽霊なんだ。うそじゃないよ。僕もほんとに見たんだ」
「いつ? どこで?」
秀ちゃんは、コン太をじっと見つめています。
「昨日の晩だよ。暗くなって、しばらくしてからだった。半月のお月さんが、西の山に沈んでからだよ」
「場所は?」
「たぬき村だよ」
「たぬき村というと、しらたき山の北のへんにあるとかいう……」
「そうだよ。ぼくも昨日行ったんだから間違いはない」
コン太は、今でも昨夜のことを思い出すと、心の中が冷たくなりました。
秀ちゃんは、しばらく黙って考えていました。ピョンは長い尻尾をくるりくるりと回しています。きっと、秀ちゃんと同じように、このコン太きつねの言う幽霊のことを考えているに違いありません。
秀ちゃんは、じっとピョンの長い黒い尻尾を見つめていましたが、いつまで待ってもいい考えが浮かばないので、あきらめたように口を開きました。
「ピョン、行ってみるか?」
「そうだな。そうだよ、そうしよう」
「コン太、道はわかる?」
「もちろん!」
秀ちゃんは、たぬき村をめざして歩きはじめました。南公園の東側にある道を山のほうへ進むのです。
「こう行けばいいんだろう?」
秀ちゃんが、前を向いたままで歩きながら言いいました。
「そうだ。このまま行けばいい」
コン太は何度もこの道は通っているので自信満々です。
しばらく行くと、赤い煉瓦でできた西洋館が見えてきました。この西洋館がこのへんでは一番高いところにある家で、これから上には人は住んでいません。
「西洋館の裏のほうにも、かつてはタヌキの仲間たちが住んでいたこともあるんだぜ」
コン太きつねが後を振り返って、秀ちゃんのほうを見ました。
「へえ、はじめて聞いたよ。それで、今はだれもいないのかい?」
ピョンが興味をもったようです。目がぎょろりと大きくなって、コン太のほうを見ています。
「そうさ。いないよ。この西洋館に人が住むようになってから、タヌキくんたちはずっと向こうに帰ったのだよ」
コン太はさすがに山の情報通です。よく知っています。
だんだんと坂道を登ると、やがてその西洋館の横にさしかかりました。
ちょうど山道が西洋館の横を通り、少し高くなっていますから、西洋館の屋根がよく見えます。赤い瓦屋根は、遠くから見ると、煉瓦と同じように見えますが、ここからだったら、瓦と煉瓦のちがいがよくわかります。瓦は表面がつるつると光っています。
「この屋根が満月の夜になると、お月さまに化けるんだ。そうすると、空のお月さまと屋根のお月さまの二つになるんだよ」
コン太がピョンのほうを向いて、目をぱちぱちさせました。
「そういうのは、瓦がお月さまに化けたといわないのだ。ただ屋根にお月さま写っただけなんだよ」
ピョンもコン太を見返しています。
「でも、あのときはたしかにお月さまに化けたんだよ。とても怖かったよ」
コン太はますますむきになっています。
「そんなことでは、たぬき村の幽霊だって、たいしたことはないな」
ピョンは、幽霊のことをすぐに言ってもらえなかったことの仕返しのつもりで、言いました。
「見ればわかるさ」
コン太も負けてはいられません。
秀ちゃんは笑いながら、どんどん歩いて行きます。
だんだんと木が繁ってきます。それにつれて坂道は急になりました。いよいよここから、森の小道です。
左手の小さな谷は笹の葉が積もって、今年生まれた竹の子が、大きなどっしりとした竹にまざって空をめざして伸びています。
「ここのやぶの中だよ。さっき言ったたぬきの一家が住んでいたというのはね」
コン太きつねが得意になって話します。
「いいところだなぁ」
秀ちゃんが目を細めて、コン太のほうを見たので、コン太はますます、大きな声で言いました。
「秀ちゃんもそう思う?」
「うん。でもどうしてよそへ引っ越したのかなぁ」
「西洋館に人が住むようになったからだよ。やはりたぬきは人の近くには住みたくはないんだよ。この西洋館は長い間空き家だったんだ。そのころ、たぬきの一家がこの竹やぶに来たんだ」
コン太は、たぬきたちと友達ですから、よく知っています。
「ああ、そういうことか。それならわかったよ。なぁ、ピョン」
「ううん、ぼくわからないよ」
秀ちゃんは、ピョンがへそを曲げているのだと思いました。だから、このへんで竹やぶの話はやめようと思いました。
山道は狭くなっているうえに、くにょくにょと曲がっています。その上、坂が急でみんな苦労しました。竹やぶのとなりの小さな谷からこちら側は、大きな木が何本も生えています。その幹づたいに蔓が何種類もからまって高い枝まで伸びています。ちょうど道の上に葉がおおっているところには、蔓から出た葉もあり、その下の道が、薄暗くなっています。いよいよ森へ入ったな、という感じです。
ピョンはぎょろりと上をにらんで、葉の間から見える、青空を見ました。青い空をうしろにして木の枝が黒い網のように見えます。黒い影があちこち移動しています。小鳥たちです。鳴き声から、いろんな小鳥がいることがわかります。
「おーい、待ってよ」
ピョンは、はねるように走って、追いかけました。空を見上げているうちに、秀ちゃんとコン太はどんどん進んでいたのです。
今度は、山道が大きくカーブしました。それと同時に見晴らしがよくなって、麓の家が小さく見えるようになりました。さらに進んで、尾根にあたるところ出ると、海が見えてきました。
「この下が、たぬき村だよ」
コン太がさし示すほうへと下り坂が続いています。しかし、注意しないと、見すごしてしまいそうです。というのは、ほんとうの道は大きくカーブしながら、登り坂として、続いているからです。
「ああ、こんな小さな道なら、誰も気づかないよ」
秀ちゃんが言うと、ピョンが足を止めてふりかえりました。
「へぇ、こんなところを?」
ピョンが驚いたように言います。ピョンはあまり森にくることがありませんから、たぬき村に通じる道だといわれてもピンとこなかったのです。
「気がすすまなかったら、ご自由に」
コン太が嫌味たらしく言いました。
「そんなつもりじゃないよ。誰も行きたくないなんて言ってないよ」
ピョンが怒ったように言いました。
「まあ、まあ、そう言わなくても……」
秀ちゃんは笑っています。
「こちらだよ」
みんなは、コン太きつねが案内するほうへ行きました。
ここまで来ると、森の中へ来たという感じがします。頭の上をおおう樹木が、風にゆれています。空気も少しひんやりしています。それになによりも、この木のにおいです。あるいは湿った土地のにおいかもしれませんが、今までとは違った、あまずっぱいにおいが、鼻につきます。
「何だか、胸がわくわくするなあ」
秀ちゃんの声に、コン太の顔がほころびました。やはり秀ちゃんに来てもらってよかった。これでたぬき君たちも一安心だ。コン太は、ひとりでに足が速くなるように思いました。しかし、今日は秀ちゃんとピョンを案内しているのですから、ひとりのときのように走るわけにはいきません。
「秀ちゃん、こわくない?」
「ピョン、だいじょうぶだよ」
「だって、たぬき村には幽霊が出るんだろう?」
「幽霊なんか出やしないよ。日本人が宇宙へ行くような時代に、おばけなんかいるわけないだろう」
そのときのことです。ガサガサという音がしたかと思うと、バサバサという音とともにピョンの頭上を黒い影がとおり過ぎました。
「ヒャー」
ピョンがひっくり返って、目を閉じています。
「おい、ピョン!」
秀ちゃんはピョンのほうにかけより、両手でピョンをゆさぶっています。
「ピョン! しっかりするんだ! だいじょうぶか、ピョン」
秀ちゃんの大きな声に、やっとピョンは目を開けました。緑色の瞳が、森のうす暗やみの中で、うつろに光っています。
「何でもないよ。鳥だよ」
と、秀ちゃんはピョンを元気づけました。「とんびですよ。とんびのピーヒョロというんです。恐いことありません」
コン太が秀ちゃんのうしろから、ピョンをのぞきこんでいます。
ピョンはやっと起き上がりました。
「ああ、びっくりした。突然だかね」
「だから、幽霊なんかいないと言っているのに」
秀ちゃんは、ピョンの驚きようが、おもしろくてなりません。しかし、それをあからさまにやると、ピョンの機嫌が悪くなっては大変ですから、じっとこらえていました。
「だって秀ちゃん、ぼくたちはたぬき村に出る幽霊をつかまえるために行ってるのと、違う?」 元気をとりもどしたピョンは、秀ちゃんのほうを向くと、まじめな顔をして、静かに言いました。
「あ、そうか。そうだった、幽霊を見つけにたぬき村へ行くんだった」
「そうだよ。そのために秀ちゃんにここまで来てもらったんだよ」
コン太が、笑いました。
コン太、秀ちゃん、それにピョンの順に木と木の間の細い道を進みました。ちょうど、しらたき山の西斜面から北斜面へとまわっていくわけです。道は下りになったり、登りになったりします
「ああ、もうくたびれた。コン太、たぬき村はまだかい?」
秀ちゃんは、口で大きないきをしました。「もうちょっとだよ」
コン太がふりかえりました。
「こんなに遠いとは思わなかったよ。な、ピョン」
ピョンのほうをちらりと見ると、意外や意外、ピョンは疲れたようすもみぜずについてきています。このように道のよくないところでは、四本の足で歩いたほうが、楽なようです。
秀ちゃんはピョンがうらやましくなりました。でも、そうするわけにはいきません。
「あそこだよ!」
コン太が言うほうを見ると、ちょうど小さな谷間をはさんで、今いるところと同じくらいの高さのところに、大きな岩があります。そして、その岩をとり囲むように、小さな木が繁っています。岩の上がひらたくなっていて、陽なたぼっこをするのにも、ちょうどいいなと秀ちゃんは思いました。でも今はたぬきは一匹も見えません。
「すると、この谷をおりて、もう一回登らないといけないじゃないか」
秀ちゃんは、さっきよりも、もっとくたびれた声を出しました。
「もう見えたんだから、そんなに元気のない声を出さないでよ」
コン太が秀ちゃんの顔を見ました。
「だって、疲れたよ」
「あ、そうだ。ぼくが先に行って、秀ちゃんとピョンが来たことを知らせておくよ。ここまで来たら、もう道に迷うこともないだろうしね」
「うん、ゆっくり行くよ」
秀ちゃんがこう言うのも待たずに、コン太は坂をとぶようにおりて行ったかと思うと、すぐに向こうがわの斜面をかけあがりました。「すごいね、秀ちゃん」
ピョンもコン太の足が速いのには驚いたようです。秀ちゃんも足を止めて見ています。「お休みコン太といって、夜、眠れない子供たちのところをまわって、眠らせてやるのが仕事だからね。あれくらい速くないと、子供たちのところをまわれないのだよ」
「秀ちゃんのところにも来るの?」
「そうだよ。日曜日の朝おそくまで寝ていると、たいてい夜になっても眠くならないんだよ。そういうとき、コン太が『コンコンコンのこんばんわ』と言ってあらわれるんだ。そして何だかじゅもんをとなえると、すぐに眠くなるのだよ」
「ああ、それでお休みコン太、ていうのか」
「そうだよ。……さあ、ピョン。そろそろ出発しよう」
秀ちゃんが、まず歩きはじめました。ピョンも従いました。
「秀ちゃん、コン太が見えないよ」
「ほんとだ」
「まさか、ぼくたちだけを置いて行くということはないだろうな」
「だいじょうぶだよ。それにここからなら、ぼくたちだけでも帰れるじゃあないか」
「道はわかるけど、さっきみたいに何が出てくるかわかったもんじゃない」
「はっはは。さっきのトンビにはよほど驚いたようだね」
「思い出しても、こわくなるぜ」
ピョンはだれに言うともなく言って、ぺっとつばをはきました。坂道の途中にはつつじの木があります。花は茶色になって、すでに散りかけています。枝から出た若芽が黄緑色に輝いています。
根元のほうについた、杉苔が斜面をおおっています。ぜんまいやうらじろもあります。「オーイ、ここだよ」
見ると、さっきの岩のとなりで、コン太が下を見下ろしています。
秀ちゃんとピョンはやっとその谷に降りたところで、これから登り坂にかかろうとするところです。
「すぐ行くよ」
秀ちゃんにはコン太ほどの大きい声はでません。でも、もう少しで目的地に着くと思うと思わず顔が明るくなってきました。
「まだ、かなりあるから、そんなに早くは行けないよ」
ピョンがぶつぶつ言いながら、秀ちゃんの顔を見ています。
秀ちゃんはピョンにには何も答えず、どんどんと坂を登って行きます。
ここからは海は見えません。ちょうど山と山にはさまれているからです。谷の下のほうにも別の山があって、海を隠しています。その山の上には、ずっと向こうの雲がかかった遠くの山がかすんで見えるだけです。
登りながら上を見ると、青い空が広がっています。ちょうど、まわりを山と木が囲んでいるので、なんだか、穴の中から空を見ているような気持ちです。そして、いつも見ているのよりも、ずっとずっと空が青く、見えました。
「秀ちゃん、待ってよ」
うしろをふりかえると、ピョンと秀ちゃんの間が少しあいています。秀ちゃんより先にピョンがくたびれたようです。いつもはピョンのほうが元気がいいのに、今日はピョンの調子がよくないのでしょうか。秀ちゃんは立ち止まって、ピョンが追いつくのを待とうかと思いました。しかし、もう少し登ればコン太が待っているところにたどりつきます。 秀ちゃんが、まずたどりつきます。少し坂が急だったので、大きく息をしていますが、しかし、疲れた表情ではありません。
秀ちゃんに続いてピョンが着きました。ピョンのはほうはかなり疲れています。目がきょとんとして元気がありません。
「ふぅー、くたびれた」
ピョンはコン太をにらむように見て、そこに腹ばいになりました。大きく息をしているので、それにあわせでからだがふくれたりちぢんだりしています。背中も上になったり下になったりしています。
「少し、くたびれたようだね。それに山道だったから、足も痛かったんじゃないか?」
コン太がピョンをいたわるようにやさしく見つめています。さすかに、ここまで連れてきた責任を感じているのです。
「山の中はコン太のもんだ」
秀ちゃんはコン太とピョンを交互に見ながら笑いました。
「そうでもないよ。しかし、靴をはいていないピョンには悪いことをした。森は森で楽しいところだから、ピョンにも慣れてもらって森の友達たちと遊んでほしいと思うよ」
「ぼくも、好きだな。ピョンもきっと気にいると思う。今日は、しんどかったからあまりいい気持ちはしていないかもしれないが、すぐに慣れるよ」
秀ちゃんは、ピョンの気持ちを確かめず、好きなことを言っています。それを、下から眺めているピョンは、少しもいやな気持ちがしません。やはり秀ちゃんはやさしい子供だとピョンは思いました。
「ありがとう秀ちゃん。今日は、まいったが、たぶん僕も森がきっと好きになると思っているんだ。慣れればこの松葉の落ちた道もたいしたことはないよ。それに小鳥たちがたくさんいるのも、楽しいな」
「そうこなくっちゃ。これで二人を森に案内したかいがあったというものさ」
ピョンが機嫌をなおしたようなので、コン太までうれしくなりました。
「オッケー、オッケー。それではたぬき君をご紹介しよう」
コン太はうれしそうに、秀ちゃんとピョンのほうを見てから、木立の中へ入って行きました。
「なんだ、この中にいるのか」
ピョンが秀ちゃんのほうを見ました。
「そうだな。それで、さっきからコン太が進もうとしないのに、たぬき君たちがいないと思った」
「ここなら、人間もほとんど来ないから、安心して暮らせるね」
ピョンは、青い空を気持ちよさそうに見ながら、言いました。そのとき、木立の中からコン太といっしょに、二匹の大人のたぬきが出てきました。
「ところが、そうも言っておれないのです。毎晩、毎晩……、あ、これは失礼しました。まだ、あいさつもしておりませんでした」
こう言って、からだの小さいほうのたぬきがコン太の顔を、はずかしそうに見ました。
「そうそう、さっそく紹介しましょう。こちらが、たぬき村のポン太さんだ。そして、となりが奥さんのポン子さんだ」
コン太はさっそく、二人に紹介しました。
「はじめまして、ポン太です」
まん丸い顔に小さくて丸い目が輝いています。それに顔全体が笑っているようで、ポン太を見た秀ちゃんはとてもなごやかな気持ちになりました。
「ポン子でございます。よろしく」
ポン子のほうが、ポン太よりも少し太って見えます。顔も目もまん丸いところはポン太そっくりです。
でもポン子のほうが落ち着いていますし、また話し方がていねいですから、ピョンはふしぎな感じがしました。
「こちらが秀ちゃんとピョン」
コン太は秀ちゃんの顔を見て、気どって言いました。
「よろしく」
「よろしく。ぼく、ピョンです。こんな森の中、今日がはじめてです。でも、すぐ好きになると思ってるよ」
ピョンがポン太とポン子に向って自己紹介をしました。
「遠いところをありがとうございます」
奥さんのポン子が、目を細めて、ピョンに感謝の気持ちをこめて言いました。
「幽霊が出るって、ほんと?」
秀ちゃんがきりだしました。
「そうそう、そのために秀ちゃんと、ピョンに来てもらったのだった」
コン太は多くを語らずに、ポン太のほうに顔を向けました。
ポン太の顔が急にきびしくなりました。
「もう一週間になります。毎晩のように、この谷を登ったり降りたりするんです。子供たちがすっかりこわがって、自分たちだけでは外出できなくなりました」
「助けてください。お願いします」
ポン太、ポン子の夫婦のたぬきに、このように相談をもちかけられると、秀ちゃんも真剣に考えなくてはなりません。
「谷を登ったり降りたりする幽霊か? 不思議だな」
秀ちゃんはピョンの考えを聞いてみたくなりました。
「そんな幽霊、聞いたこともない」
ピョンも困った顔をしました。
「できるだけのことはしなっくちゃ。でも、むずかしいと思う」
秀ちゃんはいい返事をしません。
「秀ちゃん、無理だろうか?」
コン太は、せっかくここまで秀ちゃんとピョンをひっぱってきたのですから、何としてでも秀ちゃんに解決してもらわなければ、と思っています。
そのときのことです。さっき、たぬきが出てきたところから、今度は三匹の子だぬきが出てきました。三匹はみな同じ大きさで、一緒に生まれたきょうだいだというのは、すぐにわかりました。
三匹はポン太とポン子のまわりを八の字を描くようにまわりはじめました。
「やめなさい。お客さまですよ」
ポン子たぬきが、しかると、子供たちは動き回るのをやめて、母親のとなりに並びました。
「コン太おじさんのお友達が、幽霊をつかまえにきてくれたんだ」
ポン太が三匹の子だぬきに言いました。
「コン太おじさんのお友達? コン太おじさんは顔が広いのね」
いちばん小さい子だぬきが、言いました。声もきれいだし、顔をよく見ると、確かに女の子だぬきだというのが、ピョンにもわかりました。他の二匹がピョンのほうを珍しそうに見るので、ピョンは少しはずかしくなりました。
コン太は笑っています。
「この黒い猫が、有名な黒猫ピョンさんだ。よく覚えておくがいい」
コン太が子だぬきたちにピョンを紹介しました。
「よ、よろしく」
ピョンはすっかりあがってしまいました。「さあ、ピョン作戦をたてようではないか」 秀ちゃんがピョンをうながすと、ピョンも急に元気が出て、背筋をのばしました。 「作戦と言っても、まず幽霊を見てからでないと、何も言えないよ」
「うん、ピョンの言うのももっともだけど、いきなり幽霊を見ても驚くだけだから、前もって準備しておくべきだよ」
「準備するって、何を?」
ピョンが秀ちゃんに聞きました。
「だから幽霊をつかまえる道具とかさ」
「道具といっても、昆虫採集じゃああるまいし、何を準備すればいいの?」
「昆虫採集とは違うけれど、網なんかどうだろうか」
秀ちゃんは言いおわると、コン太きつねの意見も聞いてみたくなって、そちらを見ました。コン太も秀ちゃんのほうを見て、じっと考えています。
しばらくして、コン太が口を開きました。「幽霊だから、網でつかまえようとしても、網をとおりぬけてしまうよ」
「そうか、それじゃだめかな」
秀ちゃんは、がっかりしたように言いました。
「まず、幽霊がどんなものか一目見てから、それから考えることにしようよ」
今度はピョンが意見を言いました。
「そうですな。まず見てもらおう」
と、ぽん太も賛成したので、みんなそうすることにしました。
夜になるには、少し時間がありました。みんなはたぬきのおうちで、それまで待つことにしました。
待っている間に、ぽん子が、とうもろこしをもってきたので、ピョンとたぬきの子供たちが食べました。また、コン太が崖を登って野いちごをとってきました。野いちごは、少しすっぱかったのに、秀ちゃんは喜んで食べました。
「これはうまい。ピョンもどうだ」
「今、とうもろこしを食べて、おなかがいっぱいになったよ」
「そしたら、あとであげるよ」
秀ちゃんにそう言われると、ピョンは一口食べてみたくなって、野いちごをじっと見つめました。朱色の小さなつぶつぶがいかにもおいしそうです。
「ほしかったら、食べてもいいよ。そこの崖にいくらでもあるんだから」
コン太は得意です。
「いや、おいしそうだけど、今はいい」
ピョンはとうもろこしを食べすぎたことを後悔しました。
太陽が西に傾きますと、少し気温が下がってきました。さっきまで日があたってエメラルドのように輝いていた山の斜面が、日影になって色あせたように見えます。風は強くはありませんが、小枝がゆれるていどには吹いています。さっき降りてきた谷間の下のほうにある竹やぶでは笹の葉が小さな音をたててゆれています。うすい茶色になった枯れた葉が飛んでいます。
「日が暮れてから、どれくらいして幽霊はでるのだろう」
ピョンがぽつりと言いました。
「暗くなれば出るさ」
秀ちゃんはすぐにでも、出るのではないかと思っています。
「どうかな。いつごろ出るの?」
コン太が、少し離れたところに座っているポン太に聞いてみました。
「暗くなってすぐに出たこともあった。しかし、たいていは暗くなってしばらくしてからだよ」
ポン太がみんなを順番に見ながら、ゆっくり言いました。
「それじゃあ、まだ当分は出ないんだね。少し眠くなったよ」
ピョンは大きなあくびをしました。そして前足と後足をそろえると、前足をぐっと伸ばしてからだを後のほうに押し、それから腹を地面に思いきり近づけるように後から前のほうへと押していきました。これはピョンがたいくつしたときよくやることで、秀ちゃんは驚きません。しかし、はじめてこれを見た子供のたぬきは、よほどおもしろかったのか、くすくすと笑いだしました。
「これこれ何がそんなにおかしいのですか。お客さまに失礼ですよ」
ポン子母さんが、注意しても子供たちはまだ笑っています。
ピョンはそんなにことにはおかまいなく、腹ばいになると目をつむって、顔を曲げて前足の上にのせました。
「ピョンはどこでも眠れるのだよ。でもすぐ起きるから、寝かしておこうよ」
秀ちゃんが言いました。
コン太はにこにこと笑っていますが、何も言いません。
日が沈んでだんだんと暗くなってきます。森に小鳥たちが帰ってきたのか、ずいぶんにぎやかになりました。あちらの木にも、こちらの木にも、小鳥がさえずっています。しかし、その小鳥たちの声がだんだんと静かになっていくのが、わかりました。
赤く夕焼けにそまっていた雲が、いつのまにか空の闇にまぎれこんでいます。このころとなると、もう小鳥たちもみんな寝てしまったたのか、あんなにやかましかった小鳥のねぐらが静かになりました。
「秀ちゃん、寒くない?」
コン太が秀ちゃんのほうを見ました。コン太は灰色の毛でおおわれていますから、夜になっても寒くはありません。でも、秀ちゃんは、うすいセーターを着ているだけですから寒そうです。
「いや、だいじょうぶだよ。少し冷えてきたけど、僕は寒さには強いほうだからね」
秀ちゃんは明るい声で答えました。
「寒そうに見えるだけなんだね。僕らは毛皮で、おおわれているから寒さはこたえないけど、秀ちゃんは大変ではないかと思ったんだよ」
「ああ、ぼくたちは寒くなると服を何着も着るからね。寒くなったときに着る服がないと困るんだよ。それにくらべると、きみたちはいいね」
「うん。でもときどき、夏に暑くて困ることがあるよ」
「夏に暑いのはぼくたちでも同じだよ」
「そうかなぁ」
コン太は秀ちゃんといろいろ話をしているうちに、少しばかり秀ちゃんがわかったような気がしました。でも、きつねにとって人間はやはり警戒しておかなければならないということは今も同じです。でも、秀ちゃんだけは別で、コン太のお友達なのです。
「もう少し待たないと、いけないね」
秀ちゃんは、早く幽霊に出てほしいと思いました。
「いや、もう出るかもしれないよ」
コン太も同じ気持ちです。
「これくらいのときに出たこともありましたがね。しかし、まだ早いでしょう」
ポン太がコン太に向って言いました。
「あ、あそこ。あれを見て!」
ポン子が急に驚いたような声をあげたのです。ポン子が言うことは、はじめは誰もわかりませんでした。
「そこの下、あそこで動いているでしょう」
みんないっせいに、谷の下の、ポン子が言っているところを見ようとしました。
「動いた!」
コン太が言いました。
「わあ、気持ち悪い」
秀ちゃんも見つけました。
「あれですよ。このところ毎晩のように出る幽霊というのは、あれですよ。ああ、恐い」 父親のポン太にしてこれですから、子供たちがいかに恐がっているかというのも、想像できます。
「うんん? あれ、みんなどうしたの? 何かあったの?」
ピョンがねぼけた声をだしました。
「ピョン、起きたか! 出たんだ。幽霊が出たんだ!」
秀ちゃんがピョンを谷の見えるところへ連れて行きました。
「あ、動いている。じつにふしぎだ」
たぬき村に来るときに、とんびにあんなに驚いたピョンが、幽霊を見ても恐がっていないのが、秀ちゃんにはふしぎでした。
「恐くないか、ピョン?」
「恐くないよ。でも何だろうね」
「幽霊だよ。恐いな。これがたぬき村に出る幽霊だよ」
コン太もそばにきて、不安そうに言いました。
「あ、だんだん近よってくるよ。かくれようか?」
秀ちゃんも恐くなりました。
「もう少し待ってみよう」
コン太は秀ちゃんのほうへからだを寄せました。 「コン太、幽霊が近くまできてもいいの?」
「だいじょうぶだよ、秀ちゃん。できるだけ近くで見るんだ。そして、そのまま通りすぎれば、ここで見ててもいい。もし、それでもこちらに来るようだったら、たぬきのおうちへ入れてもらへばいいんだ」
ピョンも秀ちゃんのそばへよってきて、並んで、谷の下のほうを見ています。
明かりというよりも、ぼんやりとしたふしぎな光が、ゆらゆらとゆれています。ちょうど、ピントのあっていないカメラで見るように、光のりんかくがはっきりしません。そんな、奇妙な、恐いような光が、左右に動きまわりながら、だんだんとこの谷を登って来るのです。
「ポン太、いつもこういうふうに谷を登ってくるの?」
コン太がうしろをふりかえって、ポン太のほうを見ました。ポン太は少し下がったところで、ポン子や三匹の子供たちといっしょにいたのです。コン太の質問に答えるために、少し前へ出てきて、谷のほうを見おろしました。
「うん、こういうふうにあがって来るんだ。そして、途中から向こうの丘のほうへ行ったり、こちらの山の中に消えたりするんだよ」「すると、近くで見たことはないのかい?」 今度は秀ちゃんが聞きました。
「いつのことか忘れたけど、一回だけ、このへんまで来て、もっと上へ行ったことがあった。でも、そのときは、恐くてよく見なかったんだ」
ポン太は、そのときのことを思い出すと恐くなると言わんばかりに、小さな声でおそるおそる話しました。
「もう少しあがってきたら、追いかけてみようよ」
ピョンが言いました。
「恐いよ。それに正体がわからないのに、追いかけるなんて危険だよ」
秀ちゃんが、止めるように、ピョンのほうをにらみました。でも、ピョンは気にかけているようすはありません。
「だいじょうぶだよ、秀ちゃん。ぼく、夜でも目が見えるんだ。それに、危険なまねはしないよ」
「おお、そうだそうだ。ピョンの目は夜にはよく見えるということを忘れていた。コン太さまも、夜はよく見えるほうだが、黒猫ピョンにはかなわないからなぁ」
と、コン太がけんそんしましたが、コン太だって、秀ちゃんにくらべたらはるかによく見えるのです。
こんな話をしているうちに、その幽霊はだんだんと近づいてきます。ときどき、ほんのわずかの時間ですが、見えなくなるのは、ちょうど木の影になっているのでしょう。
「コン太、だいじょうぶだろうか」
秀ちゃんが、小さな声で言いました。
「近くまで来たら、みんなで大きな声をだして、幽霊をびっくりさせてやろうよ」
コン太は、慣れてきたのか、元気な声で、しかし、小さな声で言いました。
「そんなことしてだいじょぶかな?」
コン太もやはりそこまではしようとは思いません。
「だいじょうぶだよ」
ピョンは、コン太や秀ちゃんの心配をよそに、元気よく言いました。
そのときです。下のほうでゆらゆらと動きながら次第に登ってきていた幽霊が急にまっすぐに登ってきたのです。
「わぁー」
と言って秀ちゃんが、うしろへ逃げました。その秀ちゃんの声につられたように、コン太も大きな声で、
「助けて!」
と叫びました。
その声に驚いたて、幽霊が山の上のほうに向って逃げて行きました。
「追いかけるんだ!」
ピョンが叫ぶと同時に飛び出して行きました。ピョンにはうしろからコン太がついて来ているかは、わかりませんでした。ただ、たぬきの親子みんながびっくりしていて、たいへんな騒ぎになっていたということはわかりました。
幽霊はどんどんを上へ逃げて行きます。ピョンはあとから追いかけました。
「あれぇー、ピョンがいなくなった」
コン太はそういうと、すぐにピョンが走っていったほうへかけて行きました。
「ピョン! どこだ」
コン太が呼びかけても、返事はどこからもありません。ただ、少し上のほうを何かが走っている音が聞こえるだけです。コン太はその音が、ピョンの足音ではないかと思いました。そして、すぐにそちらの方向へと急ぎました。
少し走っては止まり、また走っては止まりというようにして、ピョンのあとを追っていましたが、とうとう見失ってしまいました。 コン太は、困ったなと思いました。
「ピョン!」
と叫んでみました。でも、返事はありません。しかたがないので、帰ろうかと思いながら、山を降りることにしました。
空には星がたくさん光っていますが、月は出ていませんから、向かいの山の形が、くっきりと影になって見えます。
「おーい、コン太!」
確かに、これはピョンの声です。コン太は目を大きく開けて、周囲を見回しました。しかし、誰もいません。
「ピョン! どこだ?」
コン太はおもいきり大声をあげました。
「コン太、こっちだ」
コン太が声のするほうを見ていると、やっとさっきの幽霊が近づいて来るのが見えました。コン太は、逃げようかと思いました。そのときです。
「コン太、幽霊なんかじゃないぞ。恐くないぞ、捕まえるんだ」
ピョンの声に混ざって、草を踏むような足音が聞こえます。
コン太はそちらへ顔を向けて、幽霊があらわれるのを待ち構えていました。
「ピョン、ここだ」
と言ったとき、前のほうに幽霊が出たのです。コン太はびっくりしました。しかし、コン太は、その幽霊に目があることを見逃しませんでした。
「おい! 止まれ! 止まれ!」
コン太のこの声がわかったのか、幽霊は動かなくなりました。そして、ふたつの目はじっと、コン太のほうを向いています。
「幽霊なんかじゃないよな」
ピョンが少し遅れて走ってきました。
「おまえのその毛はなんだ?」
コン太はおそるおそる、その幽霊に見えるものに近づきました。
「なんだ、イタチのイーさんじゃないか」
「コン太?」
「そうだよ、お休みコン太たぁー、おれのことさ」
「どうしてこんなところへ?」
「どうしてって、たぬき村に幽霊が出るというから、こうして退治にやってきたのさ」
「幽霊って、おれのこと?」
「のようだな。それにしてもその毛の色はなんだ?」
「おれにもわからないんだ」
イタチのイーさんは情けないような声で言いました。
ピョンはやっと追いついて、コン太とイーさんの話を聞きました。
「なぁーんだ、この毛が遠くから見ると幽霊のように見えていたのか」
ピョンがやっと口を開きました。
「ピョン、この毛の色がわかるか?」
コン太が言いました。
「いや、わからない。やはり、秀ちゃんに聞くしかないね」
「そうだな、そうしよう。イーさん、たぬき村までついておいでよ」
コン太とピョンはイタチのイーさんといっしょに、たぬきの家のところまでもどりました。
「秀ちゃん、幽霊の正体がわかったよ。イタチのイーさんというんだ。おいらの古い友達さ」
びっくりしたのは秀ちゃんです。
「ピョンがいきなり追いかけて行ったのには驚いたが、よく追いついたね」
「ちょうど、反対側にコン太が来てくれたので、イーさんが、止まったんだ」
ピョンはほこらしげに言いました。でも、たぬきの子供たちが、今まで以上にピョンのほうを注目しているので、ピョンは照れ臭くなりました。
「驚いたのは、オレだよ。前と後からはさみうちにされて、てっきり森のギャングにでも追いかけられていると思ったよ」
イーさんは細いからだをくねくねと動かしながら言いました。
「でも、これでたぬき村も安心だよ。こどもたちも、夜、いくらでも歩けるよ」
秀ちゃんが、たぬきの親子のほうを向いて話すと、ポン子と子供たちが前のほうに出てきました。
「ほんとに、これでまた以前のような生活ができるわ。でも、このへんな毛の色まだ、気持ち悪いわ」
ポン子が笑いながら言いました。
「秀ちゃん、何かわかる?」
コン太が、イーさんを秀ちゃんのほうへ押しました。秀ちゃんは、イーさんの毛を手でさわって観察しました。
「何だろうね。……、あ、これはペンキのようだよ。わかった、これは蛍光塗料といってね。夜、光って見えるんだ。どこで、こんなのつけたの?」
「それがわからないんです」
イーさんは顔をひねっています。
「どこかに捨ててあったのが、ついたのだよ。こんなもの勝手に捨ててもらったら困るなぁ」 秀ちゃんがこう言ったので、やっとみんななっとくしました。
これで。たぬき村の幽霊さわぎは、解決しました。