赤えんぴつ
算数のテストがあった。二けたの足し算だ。25足す17。36足す23。繰り上がりもある。繰り上がりのないものもある。でも、どれも100を越えることはない。……このような問題が20個ある。筆算だ。まず1の位からやる。そして10の位を書いて終わりだ。
「はい、やめて。」
みな終わって、ぼんやりしていると、先生の合図で鉛筆をおいた。2Bの鉛筆は、やわらかくて好きだ。書いたあと、白いテスト用紙の上に残っている字が、黒く光って気持ちがいい。
「それじゃあ、赤鉛筆を出して。」
先が丸くなっているが、書けないことはない。一番の答えの上に、テスト用紙から少し浮かせて、先生が答えを言うのを、耳を澄ませて待つ。合っている。やさしい問題だから。でも、先生が答えを言ってくれてから、○をする。なかなか先生は答えを言ってくれない。
となりを見る。宏美ちゃんは筆箱の中をのぞいたり、カバンの中に手を入れたりしている。それから、黒鉛筆を持った。あきらめたのかなと思ったとき、問題用紙に書いてある宏美ちゃんの答えが見えた。
「これ使えよ。」
宏美ちゃんだけに聞こえるような声で、赤鉛筆をもっている手を伸ばした。
首を振るだけで、手を出さない。
「いいよ。使えよ。」
また、小さな声で言った。今度は手を伸ばしてきたので、わたした。
「一番、42。」
少し遅れたが、黒鉛筆をもって、さっと○をした。ちょっと左を見ると、宏美ちゃんの手が回った。うれしかった。
「二番、59。」
先生の声は続いた。20番を○をして100点と書いた。
黒い鉛筆の○が数字の中に埋もれている。○には違いない。
「これ。」
宏美ちゃんのほうを向いた。笑っている。嬉しかった。
喜んでもらえてうれしかった。笑顔がすてきだった。宏美ちゃんに喜んでもらえただけで嬉しかった。
何と言っていいかわからなかったので、目を反らせた。
宏美ちゃんは、いつまでも僕のほうを向いていた。
「あら、赤鉛筆なくしたの。」
まずいときに、ママが入ってってきた。
「別に。」
「あるじゃないの。どうしたの。」
「別に。」
嘘は言えないが、答えないことはできる。