2026年7月11日土曜日

ドルトン原子説の寿命 

 

1.はじめに

ドルトンの原子説は近代化学の金字塔である。ラボアジエの質量保存の法則やアボガドロの分子仮説も、現在使用されている化学反応式や化学式が生みだされるのに必要不可欠な原理であったが、なかでもドルトンの原子説こそ化学を化学あらしめている基礎の基礎、第一の原理と言っても過言ではない。それほどまでに、ドルトンの原子説は重要な仮説であった。

しかし、現在の自然科学の知識からすれば、既にドルトンの原子説を全面的に肯定することはできない。これは単純な事実であるが、よく考えてみると不思議なことである。

何が不思議かといえば、化学の古典則と呼ばれる、プルーストの定比例の法則、ラボアジエの質量保存の法則、ドルトンの原子説、ドルトンの倍数比例の法則、ゲイ・リュサックの気体反応の法則、そしてアボガドロの分子仮説の中で、ドルトンの原子説以外はすべて、現在でも正しいと認めることができる。しかし、ドルトンの原子説だけが、正しくない。それも一番根底のところで。

本稿では、このドルトンの原子説が意外にも100年も真に正しい法則として存在していなかったことを記す。

 

2.ドルトンの原子説

ドルトンの原子説の要点は次のようになる1)

(1) 自然界の一切の物質は、もはやそれ以上分割できない粒子、すなわち原子(アトム)からなりたっている。

(2) 一切の化学現象は原子の結合と分離に帰着する。

(3) 無からは何ものも生じないし、存在するものはすべて消滅しない。

(4) 原子には、ラボアジエの単体の数に相当するだけの種類がある。

(5) 同種の原子は、すべて同じ形と大きさと重さをもっている。 

 

3.原子構造についての歴史

ドルトンの原子説は1803年に提唱された。100年後の科学の世界でどのようなことが問題であったか振り返るときに、わかりやすいのは、長岡半太郎の土星型原子構造モデルが提唱されたのが1903年だと記憶しておけばよいだろう。ついでに書けば、その10年後の1913年は、物理的イメージの最後を飾るボーアモデルが提唱された年である。それ以降の物理的でかつ視覚的な原子モデルというものはない。なぜならば、それは、量子力学の数式の解釈になってしまうからである。なお、1911年がラザフォードの原子模型の提唱された年である。このラザファードモデルが現在われわれが普通に考えている、中心に重くて小さい原子核がありその周囲を電子が飛びまわっているというイメージを与えるものである。

このように、ドルトンの原子説から100年後の世界では、その分割されない原子の構造が議論されていたわけである。そしてなぜこのような議論が必要だったかといえば、言うまでもなく電子の存在である。電子は1897年にJ.J.トムソンによって発見された。

認識論的には、原子の内部構造が確定されたは1911年のラザファードの原子構造モデルの確立によって、ドルトンの原子は役割を終えたことになる。そして、振り返って見れば、1897年の電子の発見によって、ドルトンの原子説が破綻していたことがわかる。

このような流れから、ドルトンの原子説の真偽は100年に満たないうちに判定されたということがわかる。

それでは、電子が発見されるまで、原子は究極の粒子であるという考えは揺らぐことはなかったのであろうか。

 

4.メンデレーエフの周期律・周期表の意味するもの

メンデレーエフが元素の周期律・周期表を公表したのは1869年である。電子の発表に先立つこと約30年、ドルトンの原子説から66年後である。この時代にはまだ原子番号という概念はなく、原子の質量の順に元素を並べたとき、その性質に周期性が表れるというものである。原子の質量は原子番号にほぼ対応して増えるので、これは原子番号順に並べたと考えて差し支えない。どちらであるにせよ、これ以上分割されない、変化しない原子が規則的に性質を変えていくということがわかったということである。なお、原子の性質というのは元素の性質のことで、元素の性質というのは単体の性質のことである。

これはは何を意味するのであろうか。なぜ規則的に性質を変えなければならないのだろうか。

このことについて、盛口襄と佐藤琢夫は次のように記している。

原子に内部構造があることを予測させ、原子不分割の原則を否定する内容を含むことになったわけです。2)

すなわち、ドルトンの原子説の究極粒子というところに、疑問を呈したのが、メンデレーエフの周期律・周期表の果たした役割だったと解釈できるというのである。

ドルトンの原子説によって大きな進歩をはじめた19世紀化学はその半ば過ぎに至って、化学の成果の集大成ともいうべき周期律・周期表によって、その根幹をゆるがす証拠が提出されたということができる。

 

5.おわりに

ドルトンの原子説は100年に満たないうちにその誤りがわかった。とはいえ、そのことによって、これまでの化学の体系に変更が加えられたわけではなく、原子が分割されようがされまいが、化学の世界は原子どうしの結合の組み替えであることには、変わりがない。

ならば、ドルトンの原子説は不要だったのだろうか。あるいは、作業仮説で、自然の真理に関する仮説ではなかったのだろうか。そのことはまた、本稿とは別の問題であるので、ここでは考察しない。

 

参考文献

1) 原光雄、『化学入門』、岩波書店、1974、p.153

2) アルケミストの会編、『化学と教育-その実践』、地歴社、1983、p.167