2026年7月14日火曜日

読書あれこれ

読書あれこれ

高校時代は、本は全て借りて読んだ。受験参考書を買ったら、お金が残らなかったのである。 それでも結構楽しかった。

 大学時代は、その逆で、全て買って読んだ。 図書館の本は調べるのに使っただけである。下宿代と、食費以外は全て本代に代わっ

た。それでも何とかやって来れた。

 本を買って読むのは、線を引いたり、書き込みが自由にできるからである。 感想を書いておくと、後で役に立つ。

 本を読むことは嫌いではなかった。いや、それだけが生き甲斐だった時もある。中学三年の時に本を読むということを覚えたから、高校に入ってもすぐに自分で選択して読んだ。だから、三年間必ずカバンの

中にはそういう本が入っていたことになる。 家に帰ってからも読んだし、休憩時間にも読んだ。時には授業時間にも。いわゆる「内職」である。(ひょっとしたら「本職」であったのかもしれない)。

 三年間、読書時間が少ないということが、慢性的な欲求不満になっていた。 それで、二年の後半くらいから、多少、無茶をした。 二校時と三校時が終わったあと、弁当を食べるのである。そして四校時が終わるのを待って図書館に走るのである。十分間の休憩時間に、四、五ページずつ読むのよりも、昼休みにまとめて読んだ方がいいと考えた

からである。

 どこの学校にも、図書館の本を一冊も借りることのない生徒がいるものである。そういう友人を二人捜して、その人の図書カードを借りた。そうすれば一人二冊まで借りられるから、同時に六冊まで借りること

ができる。六冊も借りておけば、読書計画がより効果的にすすむ。異なるシャンル、あるいは異なる大きさの本を各一冊ずつ借りておけば、大抵の場合、不自由はしない。

 大学に入ってからは、時間が充分あったのでよく読んだ。高校時代に、あらまし傾向が決まっていたので、それを完成させればよ

かった。 最初に、F・ニーチェ「悲劇の誕生』(岩波文庫)を再読した。一年間のかブランクのせいか、内容自体のせいかは知らぬが、非常に難解であったことを覚えている。引き続き「この人を見よ」「善悪の彼岸」「道徳の系譜」と手に入るものから読んでいった。高校の時、ある友人のすすめで、「ツァラトウストラ」を中央公論社版(世界の名著)で読んでから、ニーチェが好きになったのである。手塚富雄の訳文がよかったのかもしれないが、とにかく、文章がいいのである。第一部序説の「ツァラトウストラは、三十歳になったとき、自分の故郷と故郷の湖を捨てて、山に入った。そこでかれはおのが精神の世界に遊び、孤独をたのしんで、 十年間倦むことがなかった。しかし、ついにかれの心に変化が起こった。~ある朝、かれは空を染める紅とともに起ちあがり、目の前に歩み出、日にむかってこう語った。おまえ、偉大な天体よ。・・・」という発端から魅入られたのである。文章の調子と語感に、何とも言えぬ感動を与えられたのである。の後、西尾幹二の訳で「悲劇の誕生」を読んだ。

 ニーチェのものは、岩波文庫版を了えた時点で一端終った。その時は、理想社から全集が出ていることは知らなかったのである。この全集は当時から高価であって、今もって入手していない。その後、潮文庫から「アンチ・クリスト」が出たので読んだ程度である。

 大学時代におけるもう一つの読書の柱は、三島由紀夫に関するものであった。高校卒業後に発行されたものと、自殺後に出た雑誌特集を読んだ。それに読んでなかった文庫本。全集は卒業後完結したので購入し

た。全三十六巻で、一冊二千五百円であったから、ある種の道楽である。中・長編の小説は全て読んだ。 短編と戯曲と評論が少し残っている。これはおいおい読んでいく予定である。

 一人でも二人でも好きな作家なり、思想家を発見できれば、あとは裾野を広げるように読んでいくことによって、自分の気質も解るし、思想を固めることもできる。「自我の形成」ということも、そのような形で行われるのではなかろうか。



 
岡山県立岡山朝日高校図書新聞。肩書きの「教諭」は編者の好意的ミス。実際は、「講師」。