2026年7月11日土曜日

 理科教育の現代化

   第1章   第4節 理科教育の現代化

         昭和45年改訂学習指導要領現代化系統化探究の過程まとめ



第1章 第4節  理科教育の現代化

 この節では、身の回りの物質の取り扱いが極端に小さくなった、昭和45年改訂の高等学校学習指導要領をもとに、その背景となった理科教育の現代化の意味を考察する。
  はじめに、まず理科教育の現代化の流れを記述し、次に、身の回りの物質が取り扱われなくなった理由を考察する。



昭和45年改訂の高等学校学習指導要領

 昭和45年改訂の高等学校学習指導要領において、身の回りの物質の取り扱いが極端に減少したことは、既に述べたことである。この頃の理科教育は、アメリカの理科教育改革運動に端を発する世界的な、理科教育の現代化の影響を受けたものである。
 
 
 
 
 



現代化

理科教育の現代化とは何であったか?
「理科教育の現代化のめざすところは、探究の過程を通して自然科学における基礎概念の理解を深め、科学の方法や科学的な考え方を育成し、科学的自然観を養い、自然科学が人類の福祉向上に深い関係のあることを認識させることにある。」
   木下治雄編『改訂 高等学校学習指導要領の展開 理科編』、明治図書、1971、 p.10
 
 「科学的考えかた方法を身につけさせるためには、現在のように教材を均等に教えることを改めて、科学的な原理や方法に重点をおいて指導し、他の内容は簡単にするか省略することにする。要するに生徒に過去の知識を記憶させるのでなく、これからの科学の進歩に対処できる能力を身につけさせるため、観察や実験を通して、法則や原理に至るまでの過程を思考させる習慣を形成する。そしてそのために教科内容を精選して、基本的なものだけにしぼることが理科教育の現代化ということになる。」 (細谷俊夫『教育方法 第4版』岩波書店 1991 p.123)

嶋田治は、理科教育の現代化を、?教育内容の現代化と?教育方法の現代化に分けて考える。
     ?教育内容の現代化として、
        教材の精選、
     ?教育方法の現代化では、
        学習の個別化をあげる
 以上、嶋田治、『理科教育概論』東洋館出版社、1965、p.156
 
 



系統化

  教科内容の系統性ということは1958年改訂の小中学校の学習指導要領で言われ、中学校の理科では2分野制になる。(細谷俊夫『教育方法 第4版』岩波書店 1991p.119)
 
 
 
 
 
 


探究の過程

現代化において探究学習のもつ意味について中村重太は次のように述べている。
「現代の教育現場において概念化されている「探究学習」は,1960年代のアメリカにおける理科カリキュラム改革運動後の探究学 習であろう。1950年代後半に,既に PSSC 等はそれまでの生活理科・自然
理科的理科教育を脱して,科学や技術の成果を新しく学校教育に導入しよう
として理科カリキュラムの開発に着手していた。この時代は,刺激-反応連
合理論や成熟説なとの「行動準備」の学習指導から,知識欲や問題解決欲な
どの「内発的動機づけ」の学習理論の実践化への転向期であった。  」
 「 このアメリカの理科教育カリキュラム改革の成果は,西欧諸国のカリキュ
ラム研究の成果と共に,生活中心の問題解決学習から科学主義的色彩の強い
系統学習へと移行していた昭和30年中端の日本に押し寄せ,昭和43,44年の
小学校及び中学校学習指導要領の改訂を機にして,「探究学習」として華々
しくデビューした。」
   中村重太「第5章 理科の教授・学習過程の選択」、学校理科研究会編『現代理科教育学講座』第6巻方法編(下)、1986、pp.38-40
 

「第二次世界大戦後の科学・技術の飛躍的な進歩は知識の量的拡大ばかりでなく,知識の体系や構造という点でも質的な変化をもたらした。1950年代に入るや,アメリカにおいて,これからの科学・技術社会で生活するためには,科学に対するより深い理解とより高度な技術を身につけた人間の育成が急務な課題と認識されるようになった。
 ところが,当時の教育界はデューイ等のブラグマティックな進歩主義教育理念が支配的で,理科教育においては,生徒の興味を引く内容や科学の応用が重視されていた。その内容は旧態依然で,先端の知識との溝は深まるばかりであった。更に,大学入学者の自然科学的能力が低下し,高校理科の履修者が減少するという傾向にあった。」
「このような状況の中で,大学の自然科学者自身が現代科学の本質から教科内容の編成基準や指導方法の原則を引き出そうとしていた。
 「1956年の PSSC の誕生以来,BSCS,CBA,ESS,SAPA,SCISなど,高校理科から中・小学校理科へと進行し,多数のプロジェクトが発足した。そして,その成果が順次出版された。これらのプロジェクトを総じてみれば,現代科学の基本概念に基づく内容編成と探究学習を中心とするものであると言えよう。」
川原寄人「第1章 第2節 理科教育方法論の歴史的展開」学校理科研究会編『現代理科教育学講座』第5巻方法編(上)、1986、pp.55
 
 
 
 
 



まとめ
  現代化と系統化はどのように違うのか。
  「探究の過程」という学習論はどのように影響したのか。
  現代化の動向はわが国にはどのように伝わり、どのように反応したのか。

  探究の過程は、生活単元においても、追求することができた。それが、化学の概念一本やりになったのは、それ以前からわが国において進行していた系統化の流れと、探究の課程を中心とする現代化が融合されて受け取られたためであったと、考えられる。さらに、工業化社会の進展が、より高度な学力を要求するという、時代背景を受けて、内容の高度化が、概念中心の教育内容となった。
  しかし、皮肉なことに、この時代には、社会の工業化の進展と共に国民所得の向上が、高等学校校進学率を上昇させることになった。このことは、必然的に化学選択者を増加させ、学習者の平均学力の低下により、化学の内容が、いっそう難しいものとなった。
  このときから、国民的教養としての化学教育と大学理科系進学者向けの化学教育の問題がより大きな問題となったということができる。そして、この問題は現在でも続いており、解決を見ていない。前者、すなわち国民的教養の立場から、「理科?」(昭和53年改訂)、「総合理科」(平成元年改訂)などの科目が設けられたり、理科系進学者でない生徒のための「化学?A」(平成元年改訂)が設けられたりした。
   そして、「化学?A」には、身の回りの物質が過剰に盛り込まれ、理科系進学者向けの「化学?B」「化学?」は、身の回りの物質不在の概念中心の流れが維持されているのである。
 
 このような系統化、現代化の流れに対して、現場の教員、あるいは化学教育関係者において、危惧の念を示したものはいなかったのだろうか。
 竹林保次のように、各論軽視に対して警告を発した者もいた。
 しかし、理科教育の現代化は、アメリカ合衆国やイギリスの新しいカリキュラム開発を紹介するするとともに、現代化の理念の実践に努めた。
  例えば、筆者が高校生だった頃、生物準備室の生物の先生の机の上に『PSSC物理』という堅牢な本があったのを鮮やかに覚えている。もちろん、このことが生物の先生ですら最新の物理の本を求めて、アメリカの現代化の意味を探ろうとしていたのどという意味を理解したのは後年のことである。
  また、筆者と同じ頃に高校生であった佐藤学は、次のように記してある。
「教科書に載っていなかった核酸を一年間の主題とし、アメリカの高校教科書を生徒と翻訳しながら、遺伝子に関する科学と倫理の世界に目を開かせてくれた。」
   佐藤学『学び その死と再生』、太郎次郎社、1995、p.21
 
 現代化の波が沈静化した頃に教師となった筆者は、多くの先輩教師から、現代化時代の勉強のさまを聞いて感動したものである。
  CBAの原書をみんなで訳したとか、大学で聞いたこともなかった量子力学を勉強したとか。そのような中で、教育研究グループが誕生し、あるいは既にあったものが発展していくとともに、明らかに世代交代が進んだのである。そして、この頃の仲間が、後の地域の教育運動をリードし、その多くが管理職なり、いま、退職しようとしている。

 細谷の言うように、生活単元から系統学習へと教授法が転換する。それに伴い、なぜ、身の回りの物質という、化学の本質でもあるとともに、学習動機の最も基本的なことが削除されていくのか。このことは、高度経済成長、科学万能主義、理系ブームといった時代背景を考察しないと理解できない。

現代化と系統化が同じように扱われていることについても吟味しておきたい。根本は、「ガニエは知識や概念を直接教える系統学習や、生徒の主体的活動を中心とする問題解決学習に批判的な立場から、科学における探究の方法や、基礎的な探究の能力を重視する授業の組織化を提案した。」と記している。
根本和成、『理科教育法研究』、東洋館出版社、1985、 p.84
  アメリカにおける現代化とは、「系統化」であったのか、あるいは「探究学習法の導入であったのか」。もちろん、わが国におおいても。
 

このように現代化という言葉には、様々な意味がある。
     系統化 (生活単元から系統単元へ)
     探究の過程重視

このような形で年代現代化が行われた。
 

 アメリカの現代化が、デューイ流の経験学習から、系統学習へと転換されたのであれば、経験学習論に従っていたわが国の
 
 


 参考書
 

高橋景一編『理科教育法』1984年、明治図書
有賀克明「理科教育の変遷」同書pp.196-



 



  第5節 教科書における身のまわりの物質の取り扱い方
  第6節 理科離れ、STS、リテラシー

  第7節 考察