2026年7月11日土曜日

高等学校化学におけ身の回りの物質の取り扱い方

  

課題:高等学校化学分野での身の回りの物質を教材でどのように扱うか。 

 

 

身の回りの物質とは
ここでいう身の回りの物質とは、衣食住を始めとする日常生活で利用したり、われわれの回りに存在する物質のうち、高等学校の化学で学習する物質を主成分としたり、構成成分としてもつ物質のことである
また、身の回りとか、身近という感覚は、現在のような情報化社会においては、新聞テレビ等においてしばしば取り上げられる化学物質も、身近な物質にはちがいない。しかし、そのようなものには、一過性のものも多く、時間的な比較の対象にはなりません。同様に、生活様式や科学技術の進歩によって、ある時代には身近な物質であっても、現在ではとうていその対象となり得ない物質もあります。

 

高等学校化学において身の回りの物質や現象を取り扱うことの重要性は、しばしば指摘されている
また、平成5年版の『科学技術白書』では、若者の科学技術離れについて、様々な角度から分析、その理由の一つとして、身の回りの製品への関心の低下を指摘している

 

 

 

身の回りの物質の取り扱い方の問題の背景の概略次にようにな。 
戦後教育は、「生活単元学習」「問題解決学習」などと呼ばれた、生活の中に問題を見いだし、解決していくという新しい教育方法で始まった。しかし、ほどなく、学力の低下や内容の不消化などが厳しく指摘され、系統的な学習へと転換していきました。それに伴い、化学教材から身の回りの物質が次第に減少しました。さらに、アメリカ合衆国やイギリスで起こった理科教育の現代化運動の影響を受け、探究の過程を重視する教育方法が進められるとともに、系統性が一層重んじられた。その結果として、身の回りの物質や現象は極端に扱われなくなったと言われております。  
その後、多くの生徒に化学が嫌われているという反省から、身の回りの物質・現象が見直されてきました。 
身の回りの物質について解説した書物の発行、身の回りの物質の教材化などが、化学嫌いをなくすための一助となることを願って行われております。   
しかし、なぜ身の回りの物質の取り扱い減ったのか、その詳細は必ずしも明らかではありません。そこで、高等学校の化学分野において、身の回りの物質の取り扱い方がどのように変ってきたのか、また、何故そうなったのか考えることにしました。 

その方法として 
高等学校学習指導要領の「理科の目標」「化学の目標」「化学の内容」を中心に、身の回りの物質がどのように取り扱われているのかという視点で見ることにしました。 

OHP    
昭和23年版 高等学校学習指導要項(試案)では、 理科の目標はありません。「1.目標」では、「(省略しまして、ここに)実生活に活用する能力を得させる。」となっています。「2.理解の目標」では、24項目にわたって化学の概念が記されています。「3.教材一覧」では、 
ここに赤色で示した現象や物質が現在から見れば、特徴的ですが、だからといって身の回りの物質を中心にしているとは言えません。ほとんど、現在と同じような内容であると言えます。  
OHPにはありませんが、「4.指導上の注意」の  7番目に、「日常生活並びに産業との関係に留意し、化学の発達が文化の向上にいかに貢献したかを知らしめる。」  と、あります。    

次に 昭和26年改訂版 中学校・高等学校学習指導要領(試案)です。OHP  
このときも、高等学校の理科の目標はありません。 

しかし、「中学校・高等学校 理科の性格」に     
中学校高等学校とも、学問的な体系による知識や技術の獲得の意義は減っていないが、それだけではなく、よき社会人・職業人・家庭人をつくることが最も大切な教育の目標である」としています。 
高等学校化学の目標では、化学概念や実験観察等の技能の獲得の他に、14項目の目標のうち、6項目が生活と関連したものです。 
また「第Ⅵ章 高等学校化学の単元とその展開例」があります。これは、そのまま学校の指導計画になったり、教科書の内容になることを期待したのではなく、理科教育の考え方と方法の結びつきを考えたからであると、まえがきに書かれております。  
「はじめの学習」と このような8単元があります。   水、空気、大地、金属、燃料、食品、衣料、生活の改善という身の回りの物質を中心にした単元学習ですから、内容から見る限りでは、生活単元理科と呼ばれるものに該当すると思います。  
生活単元理科と呼ばれるものです。 

省略(それぞれの単元には「要旨」「目標」「学習の範囲と順序、学習活動」の項目があり、詳しく説明されています。)     次に    昭和31年度改訂版 高等学校学習指導要領に移ります。  この学習指導要領によって、初めて高等学校の理科の目標が設けられれました。その 理科の目標では、「高等学校の理科は、自然科学的な教養を与えることによって、科学的な考え方、処理の能力を伸ばし、生活を科学的にし、これを向上していく基礎をつくる教科であって、主として次のことを目標とする。」として、4項目の目標が記されています。(1)についての解説で、「生活や産業に関係の深い自然科学的な問題は、非常に多種多様であって、それらの多くを直接に理科の指導内容とすることは、生徒の能力や指導時間数からみて無理があり、また理科としての系統を見失う結果になりやすい。」として、「生活や産業上の問題そのものを取り扱うよりも、これらを科学的に処理する基礎をつくるように指導すべきだと記されています。    このように、理科の目標の解説では、生活・産業という言葉に対して非常に慎重になっているのですが、化学の目標では、理科の目標の(1)(4)を追随するような形になっています。 化学の内容は、「5単位の内容」では、大項目が、「生活および産業に関係の深い物質」「物質の構成要素」「物質の状態」「化学変化」の4項目あり、さらに中項目として、表のような項目があります。                                このような内容から、この学習指導要領では、生活単元的取り扱い方から離れたとはいえ、生活・産業主義ともいえる内容であることがわかります。また、系統性を重視するという傾向が、ここから始まったことがわかります。         昭和35年改訂版 高等学校学習指導要領では、  理科の目標、化学A 、化学Bの目標に理科が生活や産業に応用されていることを意識させるとでてきますが、化学Aでは目標の1番に生活に関係の深い物質や化学現象についての関心を深めとありますが、内容からは身の回りの物質に関する記述はなくなります。  化学Aに比べて化学Bではいっそう身のまわりの物質の扱いが減ったという印象を受けます。 昭和45年改訂版では 理科の目標に 自然と人間生活との関係を認識させる とあります。 化学Ⅰ 化学Ⅱの内容の取り扱いで、無機化学工業は各事項の中で触れるように記されていますが、内容としては、身の回りの物質はありません。 昭和53年改訂版では、「理科Ⅰ」の目標に、「自然と人間生活との関係を認識させる」とあり、人間と自然の項目があります。「化学」においては、目標、内容、内容の取り扱いにおいて、身の回りの物質、生活、産業、にかんしたことは記されていない。  平成元年改訂では、理科の目標には翁変化はありません。しかし、ここでは、新しく設けられた「化学ⅠA」は、目標、内容からもわかるように、みのまわりの物質や化学反応の応用、科学技術の進歩と人間生活とのかかわり、などが扱われております。 ここで、昭和45年改訂の特色であった理科教育の現代化について考える必要があると思います。 この改訂により、教育内容の系統化が進められるとともに、探究の過程が重視されました。そして身の回りの物質の扱いが減っております。(p.14下から2行目) 探究の過程は、生活単元的な内容構成においても、追求することができたのではなかろうか。それが、化学概念中心となったのは、それ以前からわが国において進行していた系統化の流れと、探究の過程を中心とする現代化が融合されたためであったと、考えられる。さらに、工業化社会の進展が、より高度な学力を要求するという、時代背景を受けて、内容の高度化が、概念中心の教育内容となった。 と同時にアメリカ合衆国のCBAをはじめとする、高度な内容をもつカリキュラムの影響もあったと思われます。 CBAが我が国に紹介されたとき、すでに理論中心で化学物質が少ないことが指摘されていましたが、それにもかかわらず、化学Ⅰ、化学Ⅱでは科学概念中心のものになりました。   以上、見てきたように、生活単元理科が否定され系統化進む中で、身の回りの物質の取り扱いはどんどん減っていき、さらに昭和45年の現代化で頂点に達したという、よく知られている考えは、学習指導要領の目標、内容などから見る限り、ほぼその通りだといえる。 しかし、その因果関係が証明された訳ではない。  ここでソルターズ ここで今後の課題として、なぜ身の回りの物質が減少したのかということを考えてみたい。      ① 身の回りの物質の取り扱いがどのように減っているのか。 ② なぜ、減ったのか。 ③ 教材としてどのように扱えばよいのか。 身の回りの物質を中心として扱うには、単元学習、問題解決学習が一つの有効な方法であった考えられます。 しかし、生活単元理科は、学力を下げる、学問の系統性を無視しているなどの理由で批判され、学習指導要領の改訂と共に修正されていきます。  しかし、その方法を採用すればかつて批判され、否定されたのと同じ結果が予想されます。したがって、生活単元理科について、その長所、短所、限界を明からにした上で、利用できる方法を採用すべきだと、考えられます。 また、生活単元理科からの変更は教育内容の系統化という方向で、進められました。それとほぼ同じ頃、アメリカ合衆国をはじめとする海外でのカリキュラム開発が理科教育の現代化   一方、海外では、わが国の「化学ⅠA」より早くから、身の回りの物質を重視したカリキュラムが開発されており、 生活単元理科と現在の「化学ⅠA」と似た面があるとしても、これを同一視することは避けねばなりません。 現在の「化学ⅠA」を考えるとき、この科目が生活単元理科と明らかに異なる性格をもつものだということを理解しなければならないと思います。 生活単元理科は化学の概念を  アカデミックな原理と化学の応用の両面をもっていた。しかし、「化学ⅠA」は化学の応用を重視したものです。   平成元年の改訂の経緯に述べられているように、それまでの、わが国の理科教育では「基礎、基本の重視という観点から、学問体系として、アカデミックな原理、法則を重視したものだけ」しか用意されてなく、「科学の応用的な側面や人間とのかかわり、環境とのかかわり、日常生活とのかかわり、科学技術の側面といったものが、必ずしも十分には学習できなかった。」また、外国の理科構成科目として、「アカデミックな科目のほかに、科学と技術との関連、人間とのかかわり、自然環境との関連、日常生活の科学といった分野を非常に重視してそのための科目を設置している。そして、すべての生徒に対して、科学技術の進歩に対応し、科学技術の正しい理解と思考力、判断力を育成させるような配慮をしている。」  このような文脈にたてば、「理科Ⅰ」という科目は、当初のねらい通りの総合的な科目にならず、   海外のカリキュラムを参考にしたいと思いました。 ソルターズA-レベル化学は、化学の概念と身の回りの物質を同時並行的に学習していくというい このカリキュラムは文脈依存Ontext -based と紹介されています。社会という文脈で化学を学習する。すなわち、アメリカのChemistry in Context と同じような意味での文脈という意味に、さらにストーリーすなわち化学読み物に従って化学の概念を学習するという、そういう意味での文脈依存のカリキュラムです。 身の回りの物質、化学の役割等がただ記述されるだけでなく、併せて化学の概念も学習するというところに、私が今回研究しております「身の回りの物質の取り扱い方」の理想的なモデルを見る気がいたいします。しかし、このカリキュラムは、一人の生徒が、3科目あるいは4科目を選択するA-レベル用のものです。また、一斉学習中心のわが国の授業形態とはあわないものがあります。    結論 理科に興味がない生徒でも「化学ⅠA」なら魅力ある内容になると想定されて、設置されているが、「化学ⅠA」「化学Ⅱ」は、理科に十分興味がある生徒が選択するので、化学の概念だけでよいというのが、平成元年改訂の学習指導要領の主旨である。しかし、化学を学習が魅力のないものであれば、学習していくうちに興味を失うのは必然です。「化学ⅠA」で理科に興味のない生徒にも配慮するのであれば、「化学ⅠB」「化学Ⅱ」においても、興味が持続するように配慮しなければないないと思います。 生活単元が否定されたが、身の回りの物質が否定されたわけではない。探究の過程が重視されたが、それに対して、身の回りの物質が不適当であった訳ではない。むしろ、課題学習などでは、よく扱われている。学問の体系にそった学習内容の系統化に対して、身の回りの物質は、主流ではないが、邪魔者ではない。系統的な概念にその応用を付け加えることは可能だったし、今でも可能である。 だから、身の回りの物質が高等学校化学で扱われなくなったのは、    ① 生活単元理科が否定されたからでもなく、    ② 探究の過程が重視されたからでもなく、    ③ 内容の系統化が進められたからでもなく、     ④ 教材が精選されたからである。  その理由として、    身の回りの物質をたくさん登場させると、    (それらをある程度理解することが学習の目標となると)    ① 覚えることが増える。    ② 学習の範囲に境界がなくなる。  さらには、    教科書は学習目標の標準であり、読み物や参考書ではないという役割の徹底    教科書に載っていることは覚えておかなければならない、という考え方   外的要因として、    教科書に載っていることは入試に出る。対策    入試の範囲外である読み物・コラムが占める割合を増やす。   副読本の利用   教師の言及、  「理科Ⅰ」から、あるいはもっと遡れば、「基礎理科」にまでもどるが、高等学校の初期の必修で、化学の概念の習得を犠牲にしても、科学の役割を学習する。そして、選択科目で、化学の概念を学習するという、基本的な流れがあることは十分に理解できます。そして、それは次期改訂においても引き継がれていると考えられます。 しかし、それでいいのでしょうか。問題点を考察しました。まず、アカデミックでない方。概念は学習せず、化学の応用を学習する。   化学の発展そのものが、複雑なものを単純な原理で解釈してきたのではなかったかということを、思いだしておきたいと思います。すなわち、体系化された化学の概念は 研修会や、教材開発において、身の回りの物質の教材化というのが、必ずありまして、人気のあるものでした。そしてそれは今も続いております。そのとき、必ずといっていいほど、「これにより、理科離れの防止に役立つと思われます」と必ずといっていいほど言われるんです。