2019年7月14日日曜日

夕凪亭閑話 2014年3月


2014年3月1日。土曜日。曇り。霧雨後雨。
3月になった。県立高校は土曜日ではあるが卒業式だろう。私のときも一日であった。あの時は小雪がちらついていた。
朝、散歩。暖かい。そして昼過ぎにも散歩。併せて7061歩。
W.S.チャーチル「第二次世界大戦4」。「第16章 ビルマ戦線」「第17章 レイテ湾の戦い」「第18章 西欧の解放」「第19章 モスクワの十月」。連合国が勝った理由はアメリカの生産する軍需物質の量にある。特に航空機と空母の数は凄い。その組織的生産力はまことに素晴らしいものだったのだろう。だから、それゆえまた、逆に複雑な思いにとらわれる。本当に勝ったのはどこか? アメリカは本当に勝ったのだろうか? ・・・・第二次世界大戦で巨大化した軍需産業は21世紀の今も生き残り、アメリカの命を今も蝕んでいるのではないだろうか。第二次世界大戦後アメリカはかくも多くの戦争をする必要があったのだろうか? なかったのではないか。もしあったとしたら、それは軍需産業にとって必要だったのではないか。アメリカ合衆国を滅ぼすものは、他国ではない。どうすることもできない軍需産業である。ケネディを殺した軍需産業である。
他に、
小林秀雄、横光利一「近代の毒」(小林秀雄対話集)
小林秀雄、三好達治「文学と人生」(小林秀雄対話集)
小林秀雄、梅原龍三郎「美術を語る」(小林秀雄対話集)
など。
 
春雨
陽光不到野花風
静聴鶯声淡靄中
煙雨通宵書帙湿
小斎日暮一灯紅
 
 
 
2014年3月2日。日曜日。晴れ。
朝散歩してから、海の家へ。鶯が鳴いている。夜はフクロウがないている。
W.S.チャーチル「第二次世界大戦4」。「第20章 パリとアルデンヌ地区」「第21章 アテネのクリスマス」「第22章 マルタとヤルタ-世界平和のための計画」「第23章 ロシアとポーランド-ソ連の約束」。ヨーロパの戦争が終結に向かうに連れて、ソ連の野望が顕在化する。それでも、チャーチルは紳士的に、国際平和を目指して、スターリンと友情的なチャンネルは維持しようと努力する。
 
 
2014年3月3日。月曜日。晴れ。
よいお手金。老父を病院へ。夕刻、福山へ。
W.S.チャーチル「第二次世界大戦4」。「第24章 ライン渡河」「第25章 鉄のカーテン」「第26章 ドイツの降伏」。ソ連が狼の素面を次第にむき出しにしてくるにつれて、チャーチルが頼みとするのはアメリカの力である。そんなとき、盟友ルーズベルトの力尽きる。チャーチルにとってだけでなく、人類の大きな損失であった。
 
2014年3月4日。火曜日。晴れ。夜雨。
朝、散歩。放射冷却か、寒い。氷がはっていた。午後も散歩。併せて、7145歩。夕方から曇って、夜雨。
W.S.チャーチル「第二次世界大戦4」。「第27章 亀裂現る」「第28章 原子爆弾」「エピローグ」。日本の軍部は無条件降伏を拒否した。ソ連は日本に参戦する予定であった。原爆が使われていなかったら終戦までに北海道か、東北のあたりまでソ連が征服しており、戦後はドイツ、朝鮮半島のように分割統治になっていたことであろう。
以上で、W.S.チャーチル著、佐藤亮一訳、「第二次世界大戦4」(河出文庫)を終わる。
小林秀雄、永井龍男「芸について」(小林秀雄対話集)
小林秀雄、五味康祐「音楽談義」(小林秀雄対話集)
小林秀雄、河上徹太郎「歴史について」(小林秀雄対話集)
以上で、小林秀雄、「小林秀雄対話集 直観を磨くもの」(新潮文庫)を終わる。
 
 
2014年3月5日。水曜日。雨のち晴れ。
朝小雨が降っていた。春の雨は冷たい。散歩はしない。午後と夕方散歩。併せて7333歩。午後BSで「ナバロンの要塞」を見る。
塩野七生さんの「皇帝フリードリッヒ二世の生涯」の上巻を正月に帰った息子が置いていったので読むことにする。「第一章 幼少時代」。神聖ローマ帝国皇帝のハインリッヒを父として、シチリア王国女王コンスタンツァを母として1194年12月26日、アドリア海
近いイタリアイェーツで生まれた。幼くして両親に死に別れるが、よく遊ぶ読書好きの少年に育つ。
他に、
C.モリス「ライフサイエンスと現代」(教養講座ライフサイエンス1)
門司正三「生命と環境」(教養講座ライフサイエンス1)
など。
 
春夕
鐘声風送夕陽斜
一樹紅光雨後花
鳥語疎枝声緩渡
青苔影冷薄寒加
 
 
 
2014年3月6日。木曜日。晴れ。
朝歩く。晴れ間から小雪が舞う。午後も歩く。同様に晴れているのに小雪が舞う。風は冷たい。最高気温は10℃に至らず。併せて6891歩。午後、BSで「マイ フェア レディ」を見る。「ローマの休日」の反対である。
塩野七生「皇帝フリードリッヒ二世の生涯 上」。「第二章 十七歳にして起つ」「第三章 皇帝として」。神聖ローマ帝国の皇帝になる。シチリア王国の国王に息子をあてる。しかし、シチリア王国の改革は積極的に行う。ナポリ大学を建てる。
他に、
榊原仟「現代ライフサイエンスの領域」(教養講座ライフサイエンス1)
高木健太郎「人間生命と医学」(教養講座ライフサイエンス1)
など。
 
偶感
少年宿志半天煙
灯下繙書慕古賢
酔後幽窓懐往時
多年無効夢依然
 
 
2014年3月7日。金曜日。晴れ。
朝歩いてから海の家へ。本日、9046歩。
 
2014年3月8日。土曜日。晴れ。
朝起きる前から雉が鳴いている。続いて鶯。夜、福山へ。3541歩。
 
2014年3月9日。日曜日。晴れ。夜小雨。
朝散歩。少し暖かい。昼過ぎにも散歩。本日9914歩。
武見太郎「ライフサイエンスを考える」(教養講座ライフサイエンス1)
塚田裕三「医学からみたライフサイエンス」(教養講座ライフサイエンス1)
など。
 
 
2014年3月10日。月曜日。晴れ。
8591歩。朝散歩後、因島へ。老父を入院させる。夜、福山へ。
 
2014年3月11日。火曜日。晴れ。
2956歩。朝尾道へ。福山へ戻り、夕方再び尾道へ。付き添い。
塩野七生「皇帝フリードリッヒ二世の生涯 上」。「第四章 無血十字軍」。
 
2014年3月12日。水曜日。晴れ。
6099歩。朝、因島へ。夜、尾道へ。付き添い。
 
2014年3月13日。木曜日。雨。
3583歩。朝、雨の中、老父を転院させる。昼過ぎ福山へ。
南雲仁一「生命の科学と生存の技術」(教養講座ライフサイエンス1)
フォックス「生命の起源に関する新しい見方と現代人」(教養講座ライフサイエンス1)
 
 
2014年3月14日。金曜日。晴れ一時小雨。早朝地震。
すっかり春らしくなった。最低気温4℃。朝、散歩。昼過ぎに少し散歩。合計3268歩。
塩野七生「皇帝フリードリッヒ二世の生涯 上」。「第五章 もはやきっぱりと、法治国家へ」。
福島要一「ライフサイエンスとは何か」(教養講座ライフサイエンス1)
水野伝一「ライフサイエンスおぼえがき」(教養講座ライフサイエンス1)
以上で、渡辺格、他「ライフサイエンスとは何か」(共立出版)を終わる。
 
 
2014年3月15日。土曜日。晴れ。
日に日に春めいていくのがうれしい。とはいえ、本日の最高気温は11℃。明日はもっと上がるだろう。夕凪亭の前のピンクの梅は満開。さんらんぼの花が咲き始めた。
朝、昼、夕と歩いて合計10840歩。夕陽はきれいだった。
塩野七生「皇帝フリードリッヒ二世の生涯 上」。「第六章 『フリードリッヒによる平和』」。第二次ロンバルディア同盟に対する戦いの二つには勝つ。
以上で、塩野七生「皇帝フリードリッヒ二世の生涯 上」(新潮社)を終わる。なお下巻は図書館に予約中で、しばらくお休み。
 
 
2014年3月16日。日曜日。晴れ。
朝散歩。9時過ぎに家を出て、海の家へ。いろいろ動き回って、合計9508歩。さすがに、夜は早く眠くなる。
 
2014年3月17日。月曜日。晴れ。
海の家にてやや薄暗いうちに目覚める。雉が鳴く。そして鶯。昨日、今日と暖かい。17℃ぐらいか。すっかり春になってうれしい。杏が咲き始めた。昨年、福山では実が成らない梨を植え替えたのが、芽が膨らんでいる。枯れずに着いていたのだろう。楽しみだ。南の方向に枝が伸びていたので南北を入れ換えて植えた。今日も動き回って8562歩。夕方、福山へ。
晴耕雨読というのは理想であるが、私の場合は晴耕雨読ではなく晴読雨読である。読といっても今の季節は炬燵で活字を追うとはいえ、大半は寝ている。酔生夢死のほうが近いのかもしれない。サンデー毎日の生活に入ってほぼ一年。健康に過ごせたことをまず喜びたい。かなりの通院、投薬を健康と言えるかはともかく、健康体と変わらない程度に読書・旅行できたのだから、やはり健康と言っていいと思う。老化が進むのは生物体である以上、仕方がない。時間よ止まれ、と叫んでもむなしい。
 
 
2014年3月18日。火曜日。曇り。
一日中曇っていたが気温は高く、17℃程度。すっかり春らしくなった。サクランボの花は満開。モクレンの蕾が大きくなっている。朝、昼、夕と散歩。併せて10413歩。
BSで「グリーン・デステニー」を見る。
「論語」「聖書」そして、プラトンを中心に読む。なぜ、3つを並べるか。何度も書いているように、ある政治評論家が残された時間を「論語」「法の精神」「ニコマコス倫理学」に限定して読んでいると、週刊文春に書いてあったのを見たのは10年ほど前である。以来、私にとっての3冊を何にするかは難しい課題として常に頭にあった。答が出ぬままこの3冊にとりあえずしておいたのだが、しかしすっきりとしない。「論語」「聖書」プラトンと並べると、和辻哲郎のいう人類の三大教師になってしまうのが気に入らないが、奥が深いのは確かである。そして、いずれにしても人類の三大教師の言行録という体裁をとるところまで似ている。・・・これを残された時間のための3冊にするかどうかは別にしてしても、悪くない候補ではある。また、他にも捨てがたいものも多い。これまた和辻さんのいう「現代の聖書」であるカラマーゾフは? シェークスピアは? 史記は? 仏典は? 源氏や平家や万葉や、それに徒然草も捨てがたい。 ・・・かくして、混迷の中を砂時計の上の砂は失われていくのである。
 
 
2014年3月19日。水曜日。晴れ。
海の家へ。9時までに向島を通過して、かろうじて通勤割引に間に合わす。いろいろと動き回って5617歩。
5時過ぎに出て、やはり通勤割引を使って福山へ。
日本国際ギデオン協会の新約聖書で「マタイによる福音書」を終わる。
 
2014年3月20日。木曜日。雨時々曇り。
朝から雨。歩けない。午後、BSで「グローリー」を見る。夕方少し歩いて4670歩。
塩野七生「皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下」。「第七章 すべては大帝コンスタンティヌスから始まる」。三度目の破門をしたローマ法王グレゴリウス九世と激突しようとするが、法皇は71歳で死ぬ。
他に、
プラトン「饗宴」三、四。「パイドロス」五、六。(岩波版全集5)。
プラトン「国家」第五巻、六~一〇。(全集11)
など。
 
 
2014年3月21日。金曜日。春分の日。晴れ。
日射しは明るく春めいてきたが、風が冷たい。午後、どんどん寒くなる。最高気温10℃。朝と昼に散歩して、合計7331歩。本日、古文書講座の日。
塩野七生「皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下」。「間奏曲」。編年体の叙述から離れてフリードリッヒの人物に迫る。
長沼毅、井田茂「地球外生命 われわれは孤独か」(岩波新書)を終わる。
他に、
プラトン「饗宴」五、六。
など。
 
 
2014年3月22日。土曜日。晴れ。
朝散歩。その後、海の家へ。6110歩。風は冷たいがよく晴れた日。
塩野七生「皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下」。「第八章 激突再開」。法王インノケンティウス四世と戦いの半ばにて、倒れる。偉大な生涯であった、と言ってよいだろう。
 
2014年3月23日。日曜日。晴れ。
海の家にて。色々動き回って5096歩。朝から快晴。最高気温17℃。春本番。大潮でもないのに潮位が高い感じ。
7時過ぎ福山へ。
塩野七生「皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下」。「第九章 その後」。フリードリッヒ二世亡き後はその子供たちによって分割統治される。しかし、偉大な人間が一人で築いたものをその子孫が分割統治して成功した例は、そんなに多くはないと思うが、やはり、うまくいかない。
以上で、塩野七生「皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下」(新潮社)を終わる。
 
 
2014年3月24日。月曜日。晴れ。
福山の夕凪亭です。このところ、海の家と夕凪亭との往復が繁くなったので、生活のリズムを作るのが大変です。
今日は夕凪亭です。朝、起きて新聞を斜めに見ながら朝食。それが終わるとゴミを出してから散歩。今日は燃えるゴミと資源ゴミとしての新聞紙を出す。20分で2000歩。それから炬燵に入って読書。最近はテレビの外国語講座の録画を見るのも怠りがち。
いつもは昼食まで炬燵の中だが、今日は、10時過ぎから網戸の張り替え。海の家のを1枚半済ませたので、福山のほうを今日は半枚が2箇所。どうやら破けているのは夏に体裁を考えてピンと張ったものが冬の寒いとき収縮して破けたようになっているのだ。このことに気が付いたので、網戸の張り替えは暑いときにしない。そしてあまり強く張らないのがいいように思う。だから、今なのである。緩く張って、そして縁も万能バサミでサッシに沿って切る程度にした。
昼食後、郵便局経由で散歩。約5000歩。午後もまた炬燵に入って昼寝をしながら読書。明るいうちに夕食を済ませて、再度散歩。合計10301歩。本日は最高気温20℃で快適な散歩ができた。櫻の蕾も大きくピンク色に膨らみ、開花を待っている。
フリードリッヒが終わったので、次の読書のメインを何にするか決めないといけないのだが、少し考えることにした。しばらく放埒な読書に耽りたい・・・などと書くと、ふだん謹厳な読書生活を送っているということになるのだが、そんなことはない。あまりにも放埒なのでひとつだけメインに据えて精神のバランサーにしているだけの話である。それで、読みかけのものを読んでおれば、そのうち長いものに固定されるだろう・・・などと、いい加減なことを考えている。
考え方はいい加減でも対象は格調高く、関根正雄訳「旧約聖書 ヨブ記」(岩波文庫)をポスト・フリードリッヒにしておく。55頁まで。難しくて、コメントも書けない。
人生の残り時間が少なくなったとき、選択し集中する書物として、論語、聖書、プラトンにするのがよいのではないかと、先日来思案しているところであるが、これに仏典を加えてもよいように思う。しかし、これを残りの人生1年で読み切ることが出来るわけではないので、少しずつ今から読んでおくことが大切だと思う。
論語は貝塚茂樹さんの中央公論版、吉川幸次郎さんの筑摩版などもあるのだが、吉田賢抗著の新釈漢文大系(明治書院)があるので、まずはこちらを主に。これは、訓点入りの本文、書き下し文、通釈、語釈、余説に分かれている。書き下し文は最後まで読んでいるので、残りを少しずつ進めていこう。
 
 
2014年3月25日。火曜日。晴れ。夜、雨。
最高気温18℃。10587歩。櫻が咲き始めた。
散歩というのはたいていの人にとって健康維持のためとか、気分転換とか、あるいは体重を下げるためとか、というような何かの目的があってその手段である。散歩そのものが目的ということはふつう考えられない。しかし、こうして毎日の歩数を記録していると、そのものが目的になっていくようで怖い。高校生の目的が偏差値になるのと似たようなものだろろう。
関根正雄訳「旧約聖書 ヨブ記」。141頁まで。やはり、わからない。岩波新書に浅野順一さんの「ヨブ記」というのがあったと思いだし、本棚を探してみたら、見つからなくて「モーセ」が出てきた。これは買った記憶がなかった。・・・ということは「モーセ」を買って、「ヨブ記」を買ったという記憶が私の頭に残っていたということか。もしそうであれば、三島さんの「天人五衰」の最後のところと同じで、記憶というのは、心々で、あると思えばあるし、ないと思えばないのかもしれない。80代の主人公たちと違いまだ60代の私であるが、記憶というものはそのようなものらしい。 しかし、岩波新書の「ヨブ記」は確かに買った記憶がある。と書きながらも「確かに」というところが書いたさきから自信がなくなってきた。
かつて読んだ中央公論社・世界の名著12聖書は中沢洽樹訳で旧約聖書から創世記、出エジプト記、イザヤ書、伝道の書、前田護郎訳で新訳聖書から四福音書、ローマ書、ピレモン書、それに前田護郎氏の50頁に及ぶ解説という内容である。
一方、筑摩書房・世界古典文学全集5聖書は、日本聖書協会の文語訳聖書を旧約は関根正雄氏、新訳は木下順治氏が新しく編集しなおしたショーター・バイブルである。
 
 
2014年3月26日。水曜日。雨。
朝食後福山を出て、海の家へ。9時までに向島を通過して通勤割引の恩恵に与れば土日料金と同じになるのだ。新尾道大橋を渡った直後から渋滞が始まった。9時までに凡そ20分。小雨の中を小刻みに進む。間に合ってよかった。霧に霞む因島大橋を渡る。鏡浦の梶の鼻も、糸崎あたりも見えない。少し動くが、雨のせいで3578歩。
夕方は、やはり5時過ぎからの通勤割引を利用して福山へ。
関根正雄訳「旧約聖書 ヨブ記」。174頁まで。変な感じだ。譬えて言えば、優秀な小学生がいる。6年生の女子児童で、学校一の優等生である。でも、なぜかこの児童を女校長がいじめる。しかし、この優秀な女子児童は、校長先生の教えは正しく絶対ですと言う。これだけならいいが、この優秀な女子児童のことはなぜかお手本として、周辺の学校でも崇められる。・・・こんな感じ、というのが私流の理解である。前半はまだよい。ただ後半が問題だ。なぜ、この話をかくまでも意味のあるものとするのか、私にはわからない。
さて、昨日の「天人五衰」の終末部の話のつづき。月修寺門跡となっているかつての綾倉聡子は、松枝清顕のことなど知らないという。しかし、読者は「春の雪」で松枝清顕と綾倉聡子の火花を散らす恋を本多繁邦とともに見ている。だから、本多繁邦の言うことには一点の誤謬もない。しかし綾倉聡子である月修寺門跡は、清顕のことなど知らないという。非は門跡の方にあることは明らかである。ならば聡子は認知症になったのだろうか?
「豊饒の海」は三島さんのライフワークである。そのライフワークのヒロインである綾倉聡子は才色兼備で三島さんの理想の女性である。これは三島さんの全ての作品中最大の理想の女性であることは間違いなかろう。ついでに書くと「春の雪」の主人公は松枝清顕ではなく、綾倉聡子である。そういう女性を認知症(当時は痴呆などと呼ばれていた)に設定することなど、考えられない。では、どうして綾倉聡子は、清顕の存在を否定したのであろうか。結論をいうと唯識の仏教哲学の論理ということになる。ある種の認識論だろう。
死を前にして自分の人生を振り返ってみると、茫々として夢の如くに思われることだろう。しかし、どんな人生であったとしても、かつて生きたことには間違いはない。間違いなく存在した人生ではあるが、あると思えばあるし、夢、幻の如く無いと思えば無いようにも見える。老人の死とはそんなものだ。唯物論の正反対である。存在そのものは認識する主体によって存在もすれば、存在しないことにもなるという認識論である。
80歳の老人が60年前の恋人に再会したとしよう。女のほうが「あら、○○君、おひさしぶりね」と言ったとき、男が「君は誰? 君のことなど知らないよ」と言ったら、男は認知症である。逆の場合はどうだろうか。「あなたのことなど、知らないわ。人違いじゃございません!」と、女は認知症ではなくとも言えるのである。
さて、プラトンのテキストについて書いておこう。弁明、クリトン、饗宴あたりは文庫本で読んだが、世界の名著では「プラトンⅠ」「プラトンⅡ」と2冊あり、筑摩の世界古典文学全集でもやはり「プラトンⅠ」「プラトンⅡ」と2冊あるのである。しかし、岩波のプラトン全集が活字が大きくて読みやすい。ただし、1980年頃に出版された第二刷は本文用紙の質が悪いように思う。セルロースもたんぱく質もともに有機物。殉死して無機物に還るのをともにせよ、などという望みは持たないが。
 
2014年3月27日。木曜日。晴れ。
最高気温19℃。櫻も二分咲き。朝、昼、夕と散歩して合計10114歩。午後、BSで「新撰組始末記」を見る。
関根正雄訳「旧約聖書 ヨブ記」(岩波文庫)を終わる。やはりわからない。そもそも神が試練を与えるということ自体が私にはわからない。「ファウスト」「カラマーゾフの兄弟」などに影響を与えたといわれる。モチーフなどに共通するものがあるのかも知れない。遠藤周作さんの「沈黙」にも通じるところがあるのかも知れない。そういう視点で「ヨブ記」を見るのもよいだろう。
「論語」「聖書」、プラトン、それに仏典は、奥が深い。これらを最後に残すことはいいのだが、実は仏典は入れたくなかった。なぜならば、膨大過ぎる。大乗仏典、禅、聖徳太子、空海、法然、親鸞、道元、鈴木大拙・・・と余りにも多い。選択するにしても、その根拠を求めるだけでも大変である。
少しテキストを書いておく。世界の名著では、1がバラモン教典、原始仏典、2が大乗仏典、続3が禅語録。筑摩の古典世界文学大系では、仏典Ⅰ、仏典Ⅱ、禅家語録Ⅰ、禅家語録Ⅱ。日本の仏教者については日本の名著や岩波の古典文学大系、日本思想大系などにある。やはり、多すぎる。
とはいえ、私自身は熱心でない仏教徒であると言ってよい。宗派は曹洞宗、すなわち永平寺道元禅師の開基なる宗派である。しかし、仏教徒として仏典を読むことはない。何ともあやふやな存在である。
 
さて、「論語」、「聖書」、プラトン、仏典を第1グループとすれば、別格として、ニーチェと三島由紀夫を挙げなければならない。三つ子の魂百までというか、スズメ百まで踊り忘れずというか、要するに腐れ縁で離れられないのである。思想とか文学というものへの初戀のようなものなのだから。
そして、第2グループとして、ドストエフスキーとシェイクスピアと小林秀雄がくる。
 
ここまでだけでも、光陰矢のごとし、少年老いやすく学成り難し、日暮れて道遠し、という思いを新たにする。また、「ヨブ記」では素早く往復する機織りのシャトルにそのような思いを重ねる。
錆び付いた夢の数々を書けば、夢は枯れ野を駆けめぐるばかりだ。
 
 
2014年3月28日。金曜日。晴れ。
早春のしまなみ海道を走って海の家へ。この季節特有の薄い靄のなか、新尾道大橋から見える千光寺公園が朝日に輝いている。ふと若き日を思いだしたが、過去に連なる光景は永遠に美しい。そして因島大橋。かつては遠かったところもすぐそこにある。まるでおとぎ話の世界のようではないか。先日と同じように行きも帰りも通勤割引の時間帯であった。
さて、次は斎藤忍随「プラトン」(岩波新書)を読んでみよう。といっても随分古い本である。48.1.19.のゴム印がある。これは購入した日である。大学2年の冬である。珍しく青のインキ(正確には)ブルーブラック)で横線が引いてある。後に赤鉛筆を経て黒鉛筆になるのだが、それ以前の流儀だろう。ほぼ全体に渡っているので、最後まで読んだことがわかるが、読み終わった日の日付が書かれていない。これもそういうことをするようになる前のことであろう。そんなに古いのに、皮肉なことに後に買ったプラトン全集よりは紙はきれいで白っぽい。これは単に保存状態の問題ではなく、紙質の問題であろう。多くの人が科学技術は進歩の一方向のみがあると信じているが、それはそうであるには違いないが、これが実際の製品になったときにも当てはまると思ったら大間違いだ。厳しいコストダウン競争で、レベルの下がった製品がたくさんある。紙もそのひとつである。「Ⅰ 死」。アポロンを中心に「イーリアス」の死の考え方を述べる。鋭く反撃したのがトインビーであるが、それよりも遙か前に、プラトンが激しい攻撃を加えたと書かれている。触れられてはいないが、学芸・音楽の神であるとともに死の神であるということのその重なりこそが気になる。ニーチェが悲劇の誕生で書くように陶酔=死と音楽学芸は不可分なのであろうか。
 
孔子については和辻哲郎さんの「孔子」(岩波文庫)と白川静さんの「孔子」があった。その前に史記列伝に「仲尼弟子列伝第七」というのがあるが、白川さんによれば誤りもあるということであった。井上靖さんの小説「孔子」があったように思うが、こちらはまだ読んでいない。読んでみたいものだ。「次郎物語」の作者にも「論語物語」という著作があったように記憶しているが、こちらもまだ読んでいない。
 
第1のグループ:論語、聖書、プラトン、仏典
別格:ニーチェ、三島由紀夫
第2のグループ:ドストエフスキー、シェイクスピア、小林秀雄
で、あった。
第3のグループを書いておこう。いや、止めておこう。書けば選択と集中の意味がなくなるから・・・。
 
 
2014年3月29日。土曜日。晴れ。夜雨。
春酣である。至る所の桜が二分咲きから三部咲きのようすで、おのずと浮き浮きした気持ちになる。朝、そのような桜を眺めながら散歩。鶯の声がかしましい。雉の鳴き声を福山でも珍しく聞いた。そういえば昨日は因島で燕を見た。
今日は正午から岡山で花見の会。花見ではない、花見の会である。メンバーの高齢化に対処して屋内での会になっている。私が最年少だから他は押して知るべし。
10時50分の電車に乗って、車窓に繰り広げられる早春の装いを心ゆくまで堪能した。沿線の桜やその他の花。ハクモクレンは満開。水を張る前の水田は春の草に青々としている。水路を水は穏やかに流れている。1時間ほどで電車は岡山へ。西口で合流。若い頃住んだ西口でかつての同僚と話していると過去と未来が同時に胸をよぎる。4時過ぎに3月限定のキャラメルワッフルを二つ買って下りの電車に乗る。
夜、雨。かなりの量。合計8805歩。上着のポケットに入れていたので歩数が進まなかったのか?
斎藤忍随「プラトン」。「Ⅲ 政治」。今でも古代ギリシアをある種のユートピアのように思っている人がいるのだろうか。あるいは、自由とか民主制という言葉とともに憧れに似た気持ちを持っている人がいるのであろうか。特に都市国家アテネについて。王制に比べれば民主制がよいのは当然ではあるが、だからといってアテネの直接民主制が理想形態だったとはならないはずであるが・・・。特に、古代奴隷制下のもとでの政治形態であったということは注意したい。それはさておき、プラトンはアテネの直接民主制を衆愚政治として非難した。ここのところがどうやら「デモクラシー」信者には嫌われる元のように思われる。
今日は仏典関係の進捗状況の一部を書いておこう。中央公論の世界の名著の1,「バラモン経典、原始仏典」。長尾雅人、服部正明「インド思想の潮流」(解説)、バラモン経典から「ウパニシャッド」「バガヴァッド・ギーター」「古典サーンキヤ体系概説」、原始仏典から「短編の経典-八種」「ミリンダ王の問い」。抄訳である。本日、「中編の経典-五種」を読む。
 
2014年3月30日。日曜日。雨後晴れ。
昨夜来の雨も昼頃には止み、春のお天気になったと思ったら強い風が吹いて、まさに春の嵐といった感じ。海の家へ。3344歩。
渡辺照宏「仏教 第二版」(岩波新書)。「Ⅰ仏教へのアプローチ」。私たちが仏教と思っているものが、いや私が仏教だと思っているものがいかに中国流漢訳仏教であるということを反省させられた。密度の高い内容。
 
 
2014年3月31日。月曜日。晴れ。
海の家にて。明け方、夜がやっと白み始めた頃雉が鳴く。昼過ぎに低く鮮やかなオスが飛んでいったから、近くに棲んでいるのだろう。飛び方はいかにもぎこちなく、まもなく鶏のように飛べなくなるのではないかと心配している。雉が近くにいるというだけでも楽しい。姿が見れるのはもっと楽しい。5079歩。
渡辺照宏「仏教 第二版」「Ⅱ仏陀とは何か」。仏陀とは釈迦のことではなかったか。そしてわれわれは彼のことをお釈迦さまと尊敬の念を込めて読んでいるのではなかったか。それでは正しい歴史的認識ではないということであった。
 
 
 
 
 
 

今年26冊目。
W.S.チャーチル、佐藤亮一訳「第二次世界大戦4」(河出文庫)。
今年27冊目。
小林秀雄「小林秀雄対話集 直観を磨くもの」(新潮文庫)。
今年28冊目。
渡辺格、他「ライフサイエンスとは何か」(共立出版)。
今年29冊目。
塩野七生「皇帝フリードリッヒ二世の生涯 上」(新潮社)。
今年30冊目。
長沼毅、井田茂「地球外生命 われわれは孤独か」(岩波新書)。
今年31冊目。
塩野七生「皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下」(新潮社)。
今年32冊目。
関根正雄訳「旧約聖書 ヨブ記」(岩波文庫)。
 
 
 
映画等
今年28本目。
「ナバロンの要塞」。
今年28本目。
「マイ フェア レディ」。
今年29本目。
「グリーン・デステニー」。
今年30本目。
「グローリー」。
今年31本目。
「新撰組始末記」。
 

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