2019年7月15日月曜日

夕凪亭閑話 2013年10月 

 
2013年10月1日。火曜日。晴れ。
3時半に起きる。蒸し暑い。24℃。朝食後散歩。このときは風もここちよい。しかし、昼過ぎから暑くなった。曇ると涼しいのだが、照ると30℃近くになったのだろう。整体の日。夜、10時前になってやっと涼しくなった。窓を閉める。
「天皇の世紀 三 有志者」、黒い風、五、六。閣老安藤対馬守が登城中襲われる。井伊大老のことがあったので厳重な警戒をしており一命をとりとめる。攘夷とはいうものの、次第に革命前夜の様相を示してくる。しかし、先のことは誰にもわからない。何が正しい行動で何が間違っていたか、などということは当の本人にはわからない。正しかった行動というのは運がよかったというのと同義である。その場その場で自己の信念に基づいて行動するしかないのだ。
他に、
和辻哲郎「孔子」(岩波文庫・青空文庫)
三木清「思索者の日記」「辞書の客観性」
など。
 
2013年10月2日。水曜日。晴れ。
4時に起きる。朝からよいお天気。朝食後散歩。秋らしいさわやかな風がここちよい。
夕方少し散歩。併せて約4000歩。
pdfリーダーの右上のところに「注釈」というのがある。これは頁に関して、メモを残す機能である。ネットで色々な物が読めるが、テキストに落とせる青空文庫などは読んだところからどんどん消していくことにしている。pdf文書の場合にはそういうことができないので、あまり読んでいなかったのだが、この機能を使うと読んだ頁にその旨メモを残すことができる。とりあえず、「済み」と書くことにした。こうして新井白石全集を少し読んでみた。
「天皇の世紀 三 有志者」、有志者一、二。皇女和宮降稼のこと。井伊大老亡き後も閣老たちは公武合体が幕府の威信回復になると考えて進める。孝明天皇は反対である。そこに登場するのが岩倉具視。王政復古のきっかけにしようというのだから、これは革命思想である。
他に
三木清「危機における理論的意識」「解釈学と修辞学」
など。
 
2013年10月3日。木曜日。晴れ。
5時に起きる。東の下のほうに小さな月。雲が多い。綿雲。秋の雲である。夜になると気温が下がる。すっかり秋の気配。
DVDで「股旅」見る。市川昆監督作品。
「天皇の世紀 三 有志者」、有志者三、四。和宮降稼がいろいろとあった末、やっと決定を見た。そしてその江戸行きの行列のものものしさ~馬鹿馬鹿しさが藤村の「夜明前」などを引用して描かれる。こんな無駄遣いをしているときではあるまいに、と思う。壊れるべくして壊れるというのは国家の制度についてもいえるのだ。どうあがいても江戸幕府は限界であった。
他に、
太宰治「I can speak」
夏目漱石「一夜」
など。
 
 
2013年10月4日。金曜日。晴れ。
5時に起きる。朝食後散歩。いつものように約2000歩。曇っている。やや肌寒いので一日中窓は閉めたまま。時々、晴れて陽が射し込む。夕凪亭は南東を向いているので、午前中は日当たりがよい。本棚に直接陽が当たらないようにカーテンを調節する。
貝原益軒全集のpdfファイルがあったのでダウンロード。少し読む。
「天皇の世紀 三 有志者」、有志者、五、六、七。和宮降下嫁の条件であった兵庫、新潟の開港、江戸、大坂の開市延期の条約改正のための遣欧使節の茶番。さらに生麦事件。
日航機墜落事件の特集番組の古いもの(45分)「15年目の検証」(フジテレビ、2000)をUouTubeで見る。
他に、
三木清「書物の倫理」「政治の論理と人間の論理」
堀辰雄「姨捨」「色褪せた書簡箋に」
アーヴィング、高垣松雄訳「驛傳馬車」
ヴァージニア・ウルフ、枯葉訳「ラピンとラピノヴァ」
など。
 
2013年10月5日。土曜日。雨。
6時に起きる。雨が降り始めたようだ。一週間ほど前の予報では土曜日に雨マークがあった。見事に当たった。しかし昨日の予報では雨はなかった。台風23、24号が相次いで沖縄方面から台湾に向けて進んでいる。その影響だろうか。
一日中降って夕方やや強く降って夜の9時過ぎにはやんだようだ。明日はまた暑い日が戻ってくるのかもしれない。
「天皇の世紀 三 有志者」、有志者、八、九、十。岩倉は将軍に攘夷の誓書を書かせるのに成功する。一方、京都を中心の攘夷を叫ぶ志士たちの動きはいっそう活発になり、幕府の威信はますますなくなる。そこに長州藩の長井雅楽が公武の調停案を上申するも、長州藩士の手によって水泡に帰す。
他に、
三木清、「消息一通」「科学批判の課題」
ヴァージニア・ウルフ、枯葉訳「月曜日か火曜日」「弦楽四重奏」
など。
 
2013年10月6日。日曜日。晴れ。
因島へ。いつまでも残暑が続く。
「天皇の世紀 三 有志者」、急流、一、二、三。文久三年四月二三日の寺田屋事件のこと。新撰組の寺田屋急襲とは違う。それよりも前の話。島津久光の命で、過激派の薩摩藩士を捕らえるために向かうも拒否し死闘に及ぶもの。その前、島津久光が上京して幕府改革の計画を実施するために許されて復職した西郷隆盛は、久光の面前で計画の杜撰さを指摘し、再び斥けられ、島流しとなる。死罪のところ人望があり、影響を懼れそこまでは踏み切れなかったようだ。人柄もさることなが不思議な運命の人である。
 
2013年10月7日。月曜日。晴れ。
因島。夜明とともに剪定。すぐに暑くなる。台風24号の影響でときおり風が吹くもののこの時期にしては暑い。
「天皇の世紀 三 有志者」、急流、四、五、六、七。久光の江戸での強引な藩政改革は一応成功した。そして江戸を去る。その時に起こったのが生麦事件である。生麦事件が維新への転換点であることは吉村昭さんも書いておられたが、重要なことである。これを機に京都での尊皇攘夷運動が激しくなる。過激になるといってもよいだろう。
しかし生麦事件は不幸な出来事である。勝手に海の向こうからやってきて、強引に開国を迫り、強引に言葉習慣の違う日本に来て我が物顔に馬で散歩などするのがまず悲劇の根底にある。それは探検と称して密林に入り原住民に殺される悲劇と同根のものである。大名行列と馬上で遭遇すれば、切り捨て御免になることぐらいは、今の小学生でも知っている。まさにそのような行為を行ったのである。なおまた、当日の薩摩藩の大名行列については幕府から出歩かぬようにという警告が出ており、それが達していなかったのではなく、それを聞いても自分たちは大丈夫だという奢りに似た気持ちからの外出だったのだ。まことに軽率というほかない。ということで、現代風に法解釈すれば、非は被害者側にある。ということになるのだが、法解釈などと言い出せば、じつはこの島津久光の大名行列は成立しない。違法なのである。その違法を取り締まる力が幕府にはなかっただけなのである。
それに攘夷の熱に燃えていた薩摩藩士の行動でもあった。だから、それを聞いた尊皇攘夷に燃えている浪人たちに火が点いたのである。
以上で、「天皇の世紀 三 有志者」(朝日新聞社)を終わる。本書の発行は、昭和四十四年八月三十一日である。私にとっては、高校生活最後の夏休みが終わった日である。
この人のためなら死んでもよい。あるいは、この人は大事を為す人であるが、自分にはそれがない、だから、この人のために自分の人生を捧げることに最大の意義がある、と思わせる人物はいろいろあるだろうが、その中でも郡を抜いていたのは西郷隆盛ではないかと思う。
 
 
2013年10月8日。火曜日。晴れ。曇り時々小雨。
台風24号が沖縄から北上中。北上するにつれて勢力が弱まっているのでやや安心。夕刻6時からの雨予報も、ほんの少しだけ。9時になって降り出したものの、これもまたすぐに弱まる。ときどき風が強くなっただけである。
「天皇の世紀 四 攘夷」、攘夷一。土佐藩の登場である。京では、島津久光の江戸での活躍と生麦事件以来、尊皇攘夷熱が盛んである。岩倉具視は自らの命が狙われている中で、薩摩長州の二藩だけでは心許ない上に、その二藩が対立しているので、第三藩をも味方につけたいと考えている。そこに土佐の武市瑞山の同志が開明的ではあるが保守的な重鎮吉田東洋城の暗殺に成功して、尊皇攘夷運動に駆り立てることに成功する。藩主の父の山内容堂も許可した上でのことである。武市瑞山も京都に出る。
土田杏村「私の書斎」「あしびの花」「風は草木にささやいた」(以上青空文庫)
「山と海」「逝ける左右田博士」(以上全集15)
山村暮鳥「雨の歌」「筏乗り」「稲かけ」
 
 
2013年10月9日。水曜日。晴れ。
台風が去った。消えた。悪いコースではあったが、徐々に気圧が上がり勢力が弱まってよかった。朝食後散歩。雲の切れ目に青空。風はややある。そして気温が高い。午後29℃になる。
「天皇の世紀 四 攘夷」、攘夷二、三。土佐と長州の活動が激しくなる。高杉晋作の登場。久光は自分の活動の成果がないがしろにされたことに気づき、薩摩に帰る。
「タイムマシン」をDVDで見る。80万年後の地球などよく描いている。「猿の惑星」を髣髴とさせる退化した人間のアイデアはよくできている。そこまで今の種は存続しないと思うが・・。
他に、
ニコライ・ゴーゴリ、平井肇訳「ディカーニカ近郷夜話 前篇 はしがき」
トゥルゲニエフ、上田敏訳「露西亞の言葉」「一僧」
和田萬吉「今昔物語 大江匡衡が歌をよむ話」
三木清「私の果樹園」「ハイデッゲル教授の想い出」「わが青春」
西田幾多郎「愚禿親鸞」
新渡戸稲造「教育の最大目的」
など。
 
 
2013年10月10日。木曜日。晴れ。
今日も暑い日だった。昨日は台風の影響で一種のフェーン現象だと思えばよかったのだが、今日のはやはり異常だ。一時、涼しく、また時に寒くなったりしていて、この暑さ。まさに激変で、落ち着かない。秋が恋しいなどと思ってしまう。夕方、散歩。
「天皇の世紀 四 攘夷」、攘夷四。京都での尊皇攘夷熱がピークに達し、浪人たちの勢いで勅諚が出る。幕府のほうでも開国派と攘夷派で揺れているが、結局は勅諚を受け取るということになる。
C・ドイル・原作、森詠・文、「失われた世界」(講談社・痛快世界の冒険文学13) 了。
他に、
三木清「生存理由としての哲学」「日記と自叙伝」
折口信夫「筬(おさ)の音」「お伽草子の一考察」
柳田國男「信濃桜の話」
など。
 
2013年10月11日。金曜日。雨後曇り。
6時半に起き、朝食後散歩。夕食後も散歩。合わせて4000歩。明け方かなり雨が降っていたようだが、起きた時は止んでいた。それからは降らない。曇って昨日ほどは暑くない。
「天皇の世紀 四 攘夷」、攘夷五、六。品川御殿山に初めて建った様式の英国公使館焼き討ち事件があった。これは長州藩士によって為されたもので首尾良く成功する。皮肉なことにそこに参加した後の伊藤博文、井上多聞などは、半年後にイギリスに行き攘夷の不可能なことを悟る。また、オランダにも榎本武揚らの幕府からの留学生がいる。吉田松陰が生まれてくるのがやや早すぎたことが惜しまれる。
「十八史略 上」(明治書院・新釈漢文大系20)、巻一五帝、終わる。鼓腹撃壌は帝堯の時代。
他に、
會津八一「拓本の話」「一片の石」
森鴎外「鴎外漁史とは誰ぞ」
アントン・チェーホフ、神西清訳「かき」
など。
 
2013年10月12日。土曜日。晴れ。
6時半に起きて朝食。そして散歩。21℃。急に温度が下がった。でも台風25、26号が発生している。夕食後も散歩。3800歩。
東京では最も真夏日の遅い日を更新したようであるが、こちらはすっかり秋らしくなって、日中も窓を閉めていた。夜は、少しひんやりで、秋の夜という感じ。とはいえ、秋の夜長を読書に、という気持ちにはならない。夜も、昼も眠い。いつまでも若いと思っていても、老人になったということだ。夕陽を見ながら老いていくのだ。西方浄土という。夕陽を見ていたら、その向こうに安らかな世界があると思うのはみんな同じかもしれない。
VTRで「大統領の陰謀」を見る。
「十八史略 上」は「巻一 夏」。
他に
ワシントン・アーヴィング、吉田甲子太郎訳「スリーピー・ホローの伝説」
三木清「論理と直觀」
など。
 
2013年10月13日。日曜日。晴れ。
昨夜は、ロシア語をCDで聞いていたら眠くなったので10時には寝る。6時に起きる。最低気温は12℃。夕凪亭は18℃。やや寒い。気になる台風26号は北上しながら勢力を強めている。その後、東へそれそう。
「風立ちぬ」の朗読CDを聞きながら因島へ。秋晴れの心地よい日。高野槇を切ったり、前回剪定した枯れ枝を移動したり、と何かと忙しい。
「天皇の世紀 四 攘夷」、攘夷七、八。いよいよ新撰組の登場である。とはいえ、はじめは新撰組ではない。浪士隊といって清河八郎などの江戸の浪士を京都守護職の下において、毒をもって毒を制すことを期待していたらしい。それが京都の浪士と一緒になったのだから、始末が悪い。それで、そういう連中は英国軍艦への対策という口実のもとに江戸に戻され、清河は斬られ、そして誕生したのが新撰組である。
夜、星がよく見える。オリオン座が東から登ってくる。
 
 
2013年10月14日。月曜日。体育の日。晴れ。
因島。六時に起きて、ウバメガシの頭のほうを少し切る。高い所に上がるのが怖くなってきたので、来年よりは今年のうちにと思って、さらに短くする。普通に木登りするのなら怖い高さではないが、電動の刈り込みバサミとか丸鋸盤、チェンソーなどをもって作業するには、高いところほど危険は大きい。だから、怖い。今年よりも来年のほうがさらにその思いは増すだろう。だから、今年のうちにできるだけ低くしておきたいのだ。
松の剪定に入る。
「天皇の世紀 四 攘夷」、攘夷九。島津久光が上京し、京都における問題点を指摘する。その現状認識、見解ともに絶品である。情報網の確かさと久光の能力が見事に現れている。四時半に出て、福山へ。幸い渋滞にあうことはなかった。
 
2013年10月15日。火曜日。雨。
4時半に起きる。夕凪亭は20.1℃。あまり寒くはないが、そろそろストーブを出しておいたほうがよいかも。
起きた時はまだ降っていなかったが、散歩しようと出たら降り出したので中止。これが7時前。
11時から市民病院の眼科へ。結局、手術はせずに経過をみようということでひと安心。
午後、昼寝。雨はかなり降っていた。夜半には止んだ。
「天皇の世紀 四 攘夷」、攘夷十。尊皇攘夷を主張する浪士たちの勢いは留まることを知らず、将軍への誹謗までがなされるほど、幕府の権威は落ちた。反幕といっても尊皇、すなわちその後の歴史が示すように王政復古がその先にあるのだから、これは革命といっても市民革命ではない。だから、歴史上そんなに評価することはできない。ただ徳川封建社会も理想社会にはほど遠いものであるから、それを打倒したことは評価されるとも言える。そう考えれば、京は革命前夜であるが、しかし、まだ展望はない。もちろん幕府にも展望はないが、まだ潰えない。そんななか春獄が去り、また慶喜も京を去った。
他に、
幸田露伴「学生時代」
夏目漱石「元日」「学者と名誉」
堀辰雄「アンデルゼンの「即興詩人」」「一插話」
吉川英治「梅ちらほら」
など。
 
2013年10月16日。水曜日。晴れ。
5時に風の音で目が覚める。やや寒い。朝食後散歩。この前の台風ではフェーン現象に似た暑さが戻ってきたが、今回の台風では寒さが一緒にやってきた。扇風機はそのままにして、ストーブを出し、夜になって炬燵まで出したという始末。北海道では雪が降ったということであるから、深夜早朝の気温の低いときに備えるのも悪くなかろう。どうひいき目に見ても、まぎれもなく老人なのだから・・・。
「天皇の世紀 四 攘夷」、攘夷十一。小笠原圖書頭のクーデターというのがあった。英国に生麦事件の賠償金を独断で支払い、兵を連れて大阪・京都へ向かったものである。残念ながら、挫折。しかし、将軍の江戸への帰府は可能となった。
他に、
淡島寒月「活動写真」
夏目漱石「虚子君へ」「岡本一平著並画『探訪画趣』序」
森鴎外「あそび」「カズイスチカ」
など。
 
2013年10月17日。木曜日。晴れ。
朝食後散歩。散歩から帰ると7時半。夕凪亭には既に朝日が入り込んでいる。南東向きなので午前中はよく日が入る。本のためにはよくないのだが、最近はそんなことは気にしないことにしている。
「天皇の世紀 四 攘夷」、攘夷十二。下関でのアメリカ商船ペンブローグ号攻撃から攘夷活動が始まった。威勢のいいのははじめだけで、アメリカの軍艦ワイオミングの報復で壊滅的な打撃を受け、さらにフランス軍艦の攻撃には上陸まで許してしまう。そして、翌日、高杉晋作の奇兵隊が誕生する。
他に、
夏目漱石「木下杢太郎著『唐草表紙』序」
南方熊楠「きのふけふの草花」「棄老傳説に就て」
寺田寅彦「秋の歌」
など。
 
2013年10月18日。金曜日。晴れ。夜小雨。
いつものように朝食後散歩。やや寒い。そろそろ散歩時間を変えてもよいのだが・・・。
「天皇の世紀 四 攘夷」、攘夷十三。小笠原圖書頭のクーデターの京側の同調者とも見られる姉小路公知は、小笠原圖書頭が大坂に着く前に刺殺されていた。その下手人が田中新兵衛だというのだ。しかし、それは少し謎に包まれている。次に、長州での藩兵と騎兵隊のことが出てくる。幕府の軍艦を襲い、役人まで刺殺する。幕府の権威は既にない。
夕方、図書館により、スーパー、そして、夜、古文書講座。帰りには小雨。
他に、
折口信夫「鬼の話」「鬼を追い払う夜」
岡本綺堂「一日一筆」
アミーチス、日本童話研究会訳「母を尋ねて三千里」
など。
 
 
2013年10月19日。土曜日。曇り時々雨。
朝から小雨。
9時前に出て因島へ。降っていた雨は止んだが、晴れたり曇ったり。午後、再び小雨。
6時20分に出て、福山へ。夜も降ったり止んだり。超強力台風27号の影響だろう。ちなみに夜の時点で920Hpaである。早く東にそれ、遠ざかることを祈る。
「天皇の世紀 四 攘夷」、攘夷十四。薩英戦争。その闘いぶりは見事。客観的に見れば、負けているのに、勝ったと思う人が多い。志気は益々上がる。しかし、英国の力を正しく評価し、交渉して、さらに軍艦・武器購入までもっていくところが、凄いところである。まさに維新の原動力となる、一代転回点であろう。
他に、
折口信夫「語部と叙事詩と」「門松のはなし」
など。
 
2013年10月20日。日曜日。雨後曇り。
朝から雨。このところ朝食後の散歩が習慣になっているので、雨が降ると、出鼻をくじかれた感じがする。こういうときは、新聞にざっと目を通して、意を決して歯を磨き服を着替えてラジオ体操をして・・・と「生活」の流れの中に身をもっていくことによってなんとかふだんのリズムを取ることができる。午後雨がやんでいたので散歩しようとしたらまた小雨が降り出した。傘をさしていつもとほぼ同じ時間だけ散歩。昨日よりは気温は少し高かったようだ。
「天皇の世紀 四 攘夷」、攘夷十五。有名な七卿都落ちで有名な、宮廷内の政変である。しかし、これは幕府が倒幕を察知しておこしたのではなかった。京都守護職と薩摩藩の護衛があったとはいえ、あくまでも長州藩・過激攘夷派に押しまくれていた公卿の手でなされたものである。京の朝廷を正常のものにもどした政治劇であった。しかし、倒幕・明治維新に至る革命運動を正義と考えると、これは反革命であり、革命の挫折ともとれる。しかし、それほど政治的ビジョンのあったものでもなかった。このへんが幕末の難しいところでどちらが正しいのかがわからなくなるのだ。
西田幾多郎「国語の自在性」「我が子の死」
夏目漱石「京に着ける夕」「ケーベル先生の告別」
坂口安吾「黒田如水」「諦らめアネゴ」
など。
 
秋夜
草花無塵一窓清
独坐幽亭筆有声
三更中庭灯影淡
残雲良夜月明生
 
 
2013年10月21日。月曜日。晴れ。
朝食後散歩。雲一つ無い青空。今日は昨日とうって変わって秋晴れのすがすがしい日。各部屋の窓を開けて昨日の湿気を追い出す。振り返れば、今年は秋らしい天気がまったくなかったように思う。晴れれば真夏のように暑いし、暑くないときは台風にあおられたように雨が降ったり、思いがけない冷気に襲われたりで、散々だった。
「天皇の世紀 四 攘夷」、義兵一。水戸の天狗党の話しになるのかと思ったら、そこにはまだ至らず、十津川の天誅党の事件である。七卿都落ちの政変がなければ実施されていた奈良御幸と御親征の魁として中山忠光をリーダーとする下準備である。まことにビジョンのない行為で、無駄な命の浪費に読んでいて気の毒になった。明治維新は市民革命ではないが、革命にはこういう無駄花が必要なのだろうか?
三島由紀夫さんの「旅の繪本」を終わった。併せて、「ディーンとブロードウェイ」「紐育レストラン案内」を読んで「三島由紀夫全集28 評論Ⅳ」を終わる。なお、これは2度目の全集(決定版)ではなく、昭和50年発行の最初の全集のほうである。1年間の会社勤め止め、フリーターをしていた頃、値上げが発表されたので、広島市内の本屋をめぐって揃えたものである。翌4月から再び定職についたので、最後の遊民時代を謳歌していたときの記念であり、最近徐々に身辺整理をしているが、この全集だけは最後まで置いておきたいと思っている。
他に、
アルテンベルヒ、森鴎外訳「釣」
アンデルセン、楠山正雄訳「赤いくつ」
小栗虫太郎「獅子は死せるに非ず」
折口信夫「折口といふ名字」
など。
 
秋思
幽思双鯉酔青春
詩眼相逢魂夢淪
半世悲歓何日語
浮雲黙坐一灯親
 
めずらしき雲一つ無き早朝の青空見上げしばし佇む
秋の日の日射しは長く秋の日は夏長くしてやがて去りゆく
暮れゆけば窓辺に置きしパソコンの文字の下から白きかがやき
 
2013年10月22日。火曜日。晴れ。
今日は10時半から胃カメラなどの検診の予約をしていた日なので、朝食も水もなしである。それでできるだけ遅くまで寝ていようと決めて、八時過ぎに起きる。
午後は麻酔の残りが効いていて眠くなり昼食後三時間ほど昼寝。
 
「天皇の世紀 四 攘夷」、義兵二。大和の挙兵に続いて但馬・生野でおなじようなことをするが、しかし目的は明確ではない。だいいち大和に呼応しようというのに、そちらは壊滅しているのだ。それでも決行だと言い張る人の心理を分析しても仕方がない。時代の熱気。時代の情熱なのだ。大学紛争を思い出す。目的達成の高い蓋然性を見つけることはできない。でも、何かしないといられないという雰囲気が充満していた。そんな義挙である。いや義挙といえるかどうかもわからない。
十津川でも生野でも呼びかけに応じて、地元の国学かぶれのものが集まるのはわかる。農民が集まるのがわからない。そして更に不可解なのは、何ら拘束力のないこういう行動に最後までつきあうことだ。時代閉塞の状況というのだろうか。貧しい日常からの脱出があったのだろうか。生産性の低い苛酷な肉体労働である。自然の影響も受ける。さらに苦労して得た物も大半は租税としてもっていかれる。誰しも現実から逃げることができればそうしたいと思うのではなかろか。そんなところに、何か得体の知れない、何となく正義であるような騒動が起こる。参加せよと言われるので行く。仲間がいる。食べ物も支給される。お祭りではないが、どこか雰囲気としては似ている。このまま、こういう状況が続けばいいと思うものが出てこないとも限らない。
・・・馬鹿なことを承知で書いているのは、この本が出版された頃、高校の定期考査のボイコットというのが突如呼びかけられ、それに加わったし、さらに二年後大学の試験妨害のピケが張られ、喜んで試験を受けなかった私の偽らざる感想である。あの時は楽しかった。しかし、展望はなかった。
話を「天皇の世紀」に戻そう。大佛次郎さんは書く。「大和や但馬の一挙の如く、義軍と名乗らないまでも、攘夷を目的に行動を起こそうとする勢力はどこにも潜在していた。」(p.324)
あの頃も、紛争の火種はどこにも潜在していた。
他に、
薄田泣菫「贋物」「飛鳥寺」「石を愛するもの」
坂口安吾「足のない男と首のない男」「諦めている子供たち」「悪妻論」
伊藤左千夫「市川の桃花」「河口湖」
など。
遊乗鞍
奇峰雲影夕陽山
杳嶺仰看天地間
日午清風忘酷暑
遊魂遠客賦詩還
 
はるけくも畳平に足を着く二千七百最高度なり
雷鳥に似た鳥さがすハイマツに夕影覆う寒さかな
魔王岳左に見える恵比須岳仰ぎ見すれば寒さ忘れし
 
2013年10月23日。水曜日。曇り後雨。
曇り空、やや小雨の中を歩く。買い物。次第に雨は繁くなり、昼頃から完全な小雨。風も少しある。木々がすこし揺れる。台風27号の影響である。27号は北西に時速15キロで上がっているが四国沖で東へ進路を曲げるだろう。それに今945ヘクトパスカルで、北上するに勢力はさらに衰えるだろう。
「天皇の世紀 四 攘夷」、義兵三。舞台を江戸に戻して、元素新撰組の清河八郎暗殺の件。義兵四。攘夷の熱気。渋澤栄一の件。義兵五。いよいよ水戸天狗党の話しになる。これは吉村昭さんの「天狗争乱」で読み、後日、敦賀の墓に詣でたことを思い出す。吉村さんのは小説、大佛さんのはノンフィクション。十津川でも生野でも倒幕という声がごく一部のものからありながら、大きな渦にはならない。筑波でも、そういう人はいた。しかし、御三家のお膝元での決起だから、あくまでも攘夷であり、為すことなく徒に破滅に向かってすすむのだが、ここに武田耕雲斎という藩の重役が参加する。これまた不思議なことである。
大江健三郎さんの「性的人間」(新潮社・全作品6)を終わる。エネルギッシュな作品ではあるが、痴漢の形而上学でもなく、まして形而下の話しでもない。
他に、
有島武郎「宣言一つ」「運命と人」
小熊秀雄「雨中記」「憂鬱な家」
リルケ、堀辰雄訳「窓」
など。
秋雨
柴門冷透一簾風
雲気至宵雨滴中
咫尺小斎池鯉躍
天空蕭条与池通
 
石蕗の黄色に咲きて雨に濡れ
大型の台風遠く風を寄せ赤き桜葉舞って流るる
 
2013年10月24日。木曜日。雨。
台風接近の影響による雨は日に日に増してくる。結局朝の散歩は少し歩いて引き返した。午後になって益々激しく降る。でも風はない。台風はあまり勢力は弱まらないが、夜になって東へと傾き始めた。やはり、本土へ上陸する台風は9月に多いというとおり、10月の台風は上陸しないのだろう。
「天皇の世紀 四 攘夷」、義兵六、七、八。天狗党の初期の話であるが、なんともやりきれない。天狗党の本体は攘夷のために挙兵した。そして日光で幕府に追われ、再び筑波に戻る。それを鎮圧しようとする水戸藩の者も保守派に入城を阻まれる。武田耕耘斎もはじめは天狗党とは行動をべつにしていたが、結局帰るところもなく行動をともに、京をめざして水戸を去ることになる。
以上で、大佛次郎「天皇の世紀 四 攘夷」(朝日新聞社)を終える。なお、本書が刊行されたのは、昭和45年1月30日となっている。高校卒業と受験を一ヶ月後に控えた慌ただしいしい日々を送っていた。天狗党と同じように展望はないが留まるっていることはできなかった。文字通り船出するしかなかった・・・。
他に、
リルケ、堀辰雄訳「或女友達への手紙」「ドゥイノ悲歌」(詩集ではなく、手紙)
リルケ、森林太郎訳「老人」
中原中也「雲」「玩具の賦」「河上に呈する詩論」
など。
 
 
2013年10月25日。金曜日。雨。
朝から強い雨。風はまったくない。一日中雨。そして時折り強く。しかし雨雲は徐々に西から東へ移動して行って、夜になったら雨はやんだ。これで今回の雨は終わりだろう。
「天皇の世紀 五 長州」、京都一、二、三。大佛次郎さんの絶筆となった「天皇の世紀」は九冊に別れているので、いよいよ折り返しである。七卿都落ちの政変で京での地位を失墜した長州藩であったが、東の天狗党の挙兵に鼓舞され失権回復に乗り出す。吉村昭さんが、桜田門外ノ変、生麦事件、天狗党と歴史が大きく動く重要な事件だと書いておられたが、天狗党の意味もこんなところにあったのである。
他に、
堀辰雄「伊勢物語など」「X氏の手帳」
坂口安吾「阿部定という女」「阿部定さんの印象」
薄田泣菫「価」「雨の日に香を燻く」
N・A・バイコフ・原作、斎藤洋・文「偉大なる王」(講談社・痛快世界の冒険文学8)
など。
「Mishima -A Life in Four Chapters (1985)」と「憂国」を見る。
 
  厳島
風涼深澗晩花紅
濃緑潮涵厳島宮
返照鏡池帰鳥影
鐘声又得水廊東
 
オリオンを埋めし雲は南海を東に逃げる台風の跡
風のない雨の台風近寄れば午後の図書館人もまばらに
かかと擦れまだ新しき靴の底水の入るは老いの足ゆえ
 
2013年10月26日。土曜日。晴れ。
朝から因島へ。台風一過。快晴。
「天皇の世紀 五 長州」、京都四、五。長州藩が京での復権を目指すがその道は遠い。
 
2013年10月27日。日曜日。晴れ。
朝五時に起きて星空を見る。北斗七星とカシオペア座に挿まれて北極星がよくわかる。南西にはオリオン座。オリオン座の左上方には双子座の並んだ明るい星。その先にはわが蟹座があるはずだが、わからない。オリオン座とカシオペア座の間に小さな星が集まって瞬いているのがプレアデス星団、通称「昴」だ。何とも奥ゆかしい。昔はもっとはっきりみえたのだろうが、我が故郷も街灯が多すぎる。月より前を動いているのが火星。月の後から追っているのが木星。木星と火星は、いつも仲がよい。
夕刻、暗くなってから福山へ。南西に一際明るくまたたいているのが金星である。土星はどこに行ったのだろうか?
 
2013年10月28日。月曜日。晴れ。
素晴らしい快晴。
「天皇の世紀 五 長州」、京都六、七、八。島津久光のすすめたものに参与会議というものがある。これは長州に代わって薩摩がリードしたというだけに留まらず、将軍さえも
同列にしたもので、まことに革命的であるが、慶喜は自分の開国論は主張せず、幕府の薩摩のいうことに従えぬという古い体質を重んじた態度をとる。結局、それについていけない大名方が匆々に引き上げ、これも挫折する。すなわち、島津久光ひきいる薩摩兵士が京を引き上げるという不安定な状況が生まれる。
他に、
坂口安吾」新らしき性格感情」「あとがき〔『いづこへ』〕」
薄田泣菫「恋妻であり敵であつた」「古松研」
など。
上高地
峰巒到處白雲籠
水寫渓流仰碧空
又再不来上高地
深思大気坐秋風
 
2013年10月29日。火曜日。晴れ。
今日もよいお天気。朝、八時前に散歩。日なたと日陰。約2000歩を20分で。
古いオーディオセットの再配置。夜、九時過ぎに寝る。
「天皇の世紀 五 長州」、京都九。慶喜の下で働く渋澤栄一。十。新撰組、寺田屋の件。
他に、
伊藤左千夫「竹の里人 一」
など。
 
 
 
2013年10月30日。水曜日。晴れ。
昨夜早く寝たので、今朝は3時半に起きる。6時頃頃再び寝て8時前に起きて朝食、散歩、買い物。午後、玄関の鍵を付け替えたり、机の下に炬燵用ヒーターをつけたり、マックプロのオーディオ出力をアンプに繋いだりと、いろいろと働く。身体を動かす作業は楽しいがくたびれるのは、やはり年のせいである。
「天皇の世紀 五 長州」、京都十一。長州藩の藩兵をしたがえての上京。しかし、京には入れてもらえなくて、伏見のあたりで足止め。こんなことをしても幕府は排除する力がない。水戸の天狗党にも手こずっているぐらいである。しかし、慶喜は長州藩の要求を尽く拒否する。
他に、
坂口安吾「新らしき文学」「甘口辛口」
薄田泣菫「喜光寺」「久米の仙人」
田中貢太郎「藍微塵の衣服」「藍瓶」
など。
 
 
2013年10月31日。木曜日。晴れ。
昨夜は11時半に寝て、今朝起きたのが7時。久し振りによく寝た。朝食後散歩。帰ってラジオ体操。それから富田勳の惑星を聞きながら・・とだらだらと書くのは趣味でないので、これでやめる。よいお天気だが、午後やや曇り気温が下がる。
BS3で「眠狂四郎 無頼剣」を見る。夜、パソコンの移動など。
「天皇の世紀 五 長州」、京都十二、十三。京周辺での長州藩の対峙は依然として続く。西郷吉之助の見るところでは兵力としては、恐るるに足りない。しかし慶喜は先に攻撃することはしない。その間、長州藩の地下工作は続く。
他に、
坂口安吾安「吾巷談01麻薬・自殺・宗教」「安吾下田外史」「哀れなトンマ先生」
松田道雄「京都のラディカリズム」
辻哲夫「明治維新の動乱と物理学」
など。
 
 
今年90冊目。
和辻哲郎、「孔子」(岩波文庫)。
今年91冊目。
大仏次郎、「天皇の世紀 三 有志者」(朝日新聞社)。
今年92冊目。
C・ドイル・原作、森詠・文、「失われた世界」(講談社・痛快世界の冒険文学13)。 
今年93冊目。
「三島由紀夫全集28 評論Ⅳ」(新潮社)。
今年94冊目。
大佛次郎、「天皇の世紀 四 攘夷」(朝日新聞社)。
今年95冊目。
N・A・バイコフ・原作、斎藤洋・文、「偉大なる王」(講談社・痛快世界の冒険文学8)。
 
 
 
映画等
今年22本目。
「股旅」。
今年23本目。
「タイムマシン」。
今年24本目。
「大統領の陰謀」。
今年25本目。
「Mishima -A Life in Four Chapters 」。 
今年26本目。
「憂国」。
今年27本目。
「眠狂四郎 無頼剣」。