2019年7月14日日曜日

生活単元理科への批判

 
 
昭和26年頃から基礎学力の低下が指摘されるにつれて、生活単元理科は「這いまわる理科」として批判されはじめた1) 。その原因として、系統性のない学習が批判され、学習内容の系統化へとカリキュラムの基本が変換されていくようになった2) しかし、学力低下については、学習内容そのものよりも、戦後の混乱期であるゆえ、生活物資はもとより教育環境も整備されておらず、子供たちに十分に学習するだけの余裕をあたえていなかったのではないかとも考えられる3)
また、嶋田治は生活単元理科では指導する教師に幅広い知識・能力が要求されるし、学習時間、学習資料などの問題もあり短時日に学習効果ををあげることはできないと指摘している4) 生活単元理科のもっていた本質をよく示していると思われる。
さらに、嶋田治は「生活主義の理科教育の問題点」として、次の3点を挙げている5)
①生活事象は雑多でかつ複雑であり、事象間の相互関係や系統は見出しにくい。
② 生活事象を科学的に観察し処理し判断するためには、そのよりどころとなる基礎知識が必要であるが、理科教育に関してそのような基準はまだ確立されていない。
③生活事象を重視する立場に立つと、科学の体系から見て比較的重要でないこともはいってくる傾向があって、教材内容が盛りたくさんになりやすい。
また、批判の中にはコア・カリキュラム運動に対するものもあり、同様に批判された6)
アメリカ合衆国で、経験主義の新教育が批判されたのは、ニューディール政策、すなわち経済の統制、経済の計画化が進められたときで、個人は社会の共同目的のために協力すべき存在であるとする考えが優勢になった。その結果として子供の自由を重んじる児童中心主義が批判されはじめた7) 。わが国では、戦後の混乱期から徐々に秩序が回復するとともに、児童中心よりも計画的な授業を望むようになったと考えられる。
このような批判があり、結果として生活単元理科は否定され系統化へと移行していく。しかし、生活単元理科の意義を認める人もいる。例えば、北沢弥吉郎は系統学習に移行せずに問題解決学習をもっと研究しておれば、独自なカリキュラムが誕生していただろうと指摘する8)
また、生活学習、系統学習も相矛盾した概念ではなくそれぞれの要素をもつものだという考えもあった9)
また、細部を批判しつつ、よりよいものを目指した努力を忘れてはならない。例えば、海後勝雄の『現代教育課程論』においても、生活単元学習を実に精緻に分析し、改良しようという意図が見られる10) そして、そこに見られる問題は、現在においても、われわれが生徒の個性を伸張しようとして試みる、多くの課題に通じるものがあると考えられる。
しかし、それにしても、生活単元理科を研究し遂行していこうという努力は、大変なものであったに違いない。ただ、生徒一人一人の成長を大切にするか、ある程度の知識を与えるかという二者択一の中で、後者を選択したのだといえる。すなわち、生活単元理科が10年足らずで、総批判を受けて否定されたところに、わが国の教育の伝統として、知識の摂取という明治以来の教育観があり、戦後もまたそのような教育観を採用したということであったと思われる。
 
 
 
 
 
引用・参考文献
1) 寺川智祐、「各国の理科教育史」、学校理科研究会編、『現代理科教育学講座第3巻歴史編』、 明治図書、1986、、p.58
 有賀克明、「理科教育の変遷」、高橋慶一編、『理科教育法』、明治図書、1984、p.197
2) 寺川智祐、「中等理科カリキュラムの特色」、学校理科研究会著、『理科教育学要論 中・ 高等学校編』、みずうみ書房、1980、p.69
    井口尚之、「問題解決の学習」、日本理科教育学会編、『現代理科教育大系3』、東洋館出版社、1978、pp.115-116
3) 東京上板橋一中の藤田善次郎は「戦争の空白と戦後の混乱の為に、著しく生徒は学力低 下を来しており、その教育の面に当たる当局並びに学校の受入態勢は、遅々として進まず為 政者は学校に対し教師に対して、唯精神的な要素を声を大にして叫ぶだけで、恰かも嘗つての竹槍戦法を思い出させる感がする状況である。」と記している。青木誠四郎他、『新教育と学力低下』、原書房、1949、p.161
4) 嶋田治、『理科教育概論』、東洋館出版社、1974、p.53
5) 上掲書44)、『理科教育概論』、p.4
6) 仲新、『日本現代教育史』、第一法規、1969、p.363
7) 赤堀孝、『日本教育史』、国土社、1960、p.183
  他に、武村重和、「アメリカ理科教育と進歩的理科教育」、『教育学研究紀要』(中国四国教育学会)、Vol.6、1960、pp.293-294、p.297
8) 北沢弥吉郎、「日本の理科の問題」、『初等理科教育』、1967、Vol.1、No.1、p.12
9) 関利一郎、「改訂の経過」、大塚明郎編、『中学校 理科の新教育課程』、国土社、1958、pp.11-12
  他に、倉沢剛、『単元論』、金子書房、1950、p.307
10) 海後勝雄、『現代教育課程論』、誠文堂新光社、1950