〔要約〕生活単元理科と高等学校化学の関係を学習指導要領の変遷を中心に考察した。生活単元理科は、高等学校化学では、昭和26年度の改訂で強化されるが、昭和31年度の改訂で、早くも指導法において転換が起こる。しかし、内容的には昭和35年度改訂の化学Aまでその傾向を留めている。化学Bにおいては、その傾向は極めて少ない。
1. はじめに
高等学校の化学教育における身の回りの物質の取り扱いは、戦後生活単元で多く扱かわれていたが、その批判・反省とともに減り、理科教育の現代化でその傾向は頂点に達した。その後、生徒の化学離れが指摘されるとともに、欧米を中心に起こったSTS教育の影響なども受けながら、現行の教育課程において、身の回りの物質をとりわけ多く扱う「化学ⅠA」が設けられた。この過程を詳しく検証することによって、我々が現在直面している「化学ⅠA」のような科目の指導法に示唆を与えることができると考える。本稿では、「生活単元理科」時代の高校化学の扱われ方について、学習指導要領を中心にして、その変遷を考察した。
2. 高等学校学習指導要領について
理科の高等学校学習指導要領は、「高等学校学習指導要項(試案)物理・化学・生物・地学」(昭和23年1月7日)以来、「中学校・高等学校学習指導要領(試案)昭和26年(1951)改訂版」(昭和27年3月20日)、「高等学校学習指導要領理科編昭和31年度改訂版」(昭和30年12月26日)を経て、昭和35年度、昭和45年度、昭和53年度、平成元年度と改訂された。
伊藤信隆によると、昭和26年度改訂版は「アメリカの進歩主義的な教育観に立つ、「単元学習」や「問題解決学習」を一層徹底させることを主なねらいとして作成された」ものである1)。また、
昭和31年度改訂版は、「理科教育界では、”生活単元から系統学習へ”の転換として理解され、三一年度改訂版はむしろ歓迎された」2)3)とある。同じことは、有賀克明によって「このときの指導要領は、それまでの生活経験主義の影響から抜け出して系統学習にふみきったのである」と記されている4)。また、この教育課程に基づく教科書について、伊藤信隆は、「「物理」の内容は、教科書の記述において系統的に整理されたが、「化学」においては、生活および産業に関係深い物質が多く取り上げられ、(中略)単元学習にみられる生活経験の内容の長所を保存しつつ、各科目の構造を系統的に記述した教科書となったと一般にいえよう」記している5)。
以上のことからもわかるように、生活単元理科は、昭和26年度改訂版を中心に展開されたものである。しかし、その内容が急激に変わるものではない。以下、学習指導要領に沿って、生活単元理科と関係の深い身の回りの物質の取り扱いがどのようになされたのか見ていきたい。
3. 高等学校学習指導要領に見る変遷
3.1 昭和23年高等学校学習指導要項(試案)物理・化学・生物・地学6)
新制高等学校は昭和23年度(1948)から発足した。その際「教育課程に関する三つの原則」として、選択教科制、単位制とともに、問題単元制が主張された7)。
戦後教育で教育課程の基準となるものは、学習指導要領である。高等学校の最初の学習指導要領は昭和23年1月7日に発表された。従って、その年の4月から発足した新制高等学校における化学の内容も、これに規定されたものと見なすことができる。
この学習指導用要項には、「理科の目標」はなく、物理・化学・生物・地学に分かれている。そして、いずれにも「これは学習指導上の目標や注意事項などの基準を示した一案であって、将来は完全な学習指導要領が編集されなければならない」と記されている。
高等学校化学の学習指導要項(試案)では、「1.目標」には、「中学校で身につけた理科の能力・態度及び知識を基礎として、化学の研究の方法や知識体系を確実に学び取らせ、その結果さらに高い学習に進む基礎を作り、またこれを実生活に活用する能力を得させる。」(同書p5)と記されている。(下線は引用者による。以下同様。)
しかし、「2.理解の目標」では、「 24.炭水化物・たんぱく質・油脂はからだに必要な三つの養分である。無機物とビタミンもまたからだになくてはならない」(同書p.7)以外は、後の系統的な化学の内容と大差なく、生活単元的な特徴は見られない。
「3.教材一覧」では35の項目があるが、そのうち顕著なものは、「13.けい素・けい酸、コロイド 25.ラジウム・放射性元素 26.合金 28.石炭・石油・燃料 30油脂 31糖類・セルロース・でんぷん 32.たんぱく質 33.石炭タールより得られる物質、染料 34.ゴム、樹脂類、アルカロイド 35.ビタミン」(同書p.8)である。
「4.指導上の注意」では、「 7.日常生活並びに産業との関係に留意し、化学の発達が文化の向上にいかに貢献したかを知らせる。11.つとめて研究所・工場等の参観を行い、また化学に関する講演会・映画等によって理解を助けるように努める。」(同書p.9)と記されているとともに、「1.この教材一覧はーつの基準を示したものである。各教材の選択・排列やその収扱いの程度は、生徒の興味・能力・社会の要求にかんがみ、各学校の実情に応じて考慮する。」となっており、限定されたものではない。
このように、生活単元的な要素は存在しても全面に出たものではなく、化学の知識を体系的に学習しながら、身の回りの物質や化学の応用について学習するものと、解釈してもよいような内容である。
3.2 昭和26年(1951)度改訂 中学校・高等学校学習指導要領理科編試案8)
これは3年後に改訂されたものである。本書の性格は、「学習指導要領は、中学校・高等学校の理科の教育課程・教科内容およびその取扱の基準を示すものであるが、その意図は、教育を画一的に統一しようとするものではなく、教師が生徒・地域に即した教育計画をたてる際に最もよい手がかりを提供し、また、指導にあたってはよい方法を示唆しようとするところにある。」(同書、まえがき)と記していることからも分かる。
「中学校・高等学校理科の性格」では「個人生活においては、健康を維持増進し、自信をもって行動し自然の調和と法則性を感得し、人生観を確立したいという欲求がある。なかでも周囲の自然に疑問と興味とを持ち、これを探究しようとする欲求が強い。」「家庭および社会生活においては生活様式を科学的に改善し成人として待遇され、家庭および社会の一員として責任ある行動をとりたいという欲求がある。」(同書p.2)このように、生活単元の必要性が述べられている。
「高等学校 化学の目標」(同書p.5)では、「1.身のまわりのいろいろな物質についての興味を深める。」「 3.日常生活のあらゆる面に化学についての知識と理解を適用する能力をのばす。」「7.化学の研究が生活様式の改善、家庭生活の向上、健康の増進、病気の治療、資源の利用やその価値の増進など人類の幸福と極めて密接に結びついていることを理解し、また、よい保健の習慣を身につけることに役だてる。」「8.職業の選択と習得に役だつ知識と理解を得る。」「9.科学的な研究方法を理解し、また日々の生活の間に科学的な態度を養うようにする。」「12.化学者の人類の福祉への貢献について感得する。」と、記されている。このことからも分かるように、目標の1番に、身のまわりの物質への興味が上げられていることに、注意すべきである。
さらに「第Ⅱ章 理科の指導計画」(p.8-17)、「第Ⅲ章 中学校・高等学校理科の評価」(pp.18-28)の後、「第Ⅵ章 高等学校化学の単元とその展開例」(pp.255-300)が記されている。これは、単元学習の具体例を述べたものである。
3.3 昭和31年度改訂版 高等学校指導要領(理科)9)
この改訂では昭和26年度改訂版のうち「高等学校に関する部分を改訂したもので(中略)、従来の理科の基本的な方向を受けている」(同書まえがき)と、記されているように、それだけでは、系統理科に大きく転換したとは考えられない。
「 第1章 理科の目標」(同書p.1)で「高等学校の理科は、自然科学的な教養を与えることによって、科学的な考え方、処理の能力を伸ばし、生活を科学的にし、これを向上していく基礎をつくる教科であって、主として次のことを目標とする」として、「 (1)生活や産業に関係が深い問題を、科学的に処理するのに必要な基礎的な事象・概念・原理・法則を理解し、この知識を広く応用する能力を養う。 (4) 科学的な自然観を育て、真理を愛好する精神を養い、また、自然科学の研究が生活を豊かにすることに貢献していることを認識する。」、また、「中学校の理科は、自然の事象に関することがらを、生徒の発達に応じて科学的に取り扱い、これにより、生活にとって基本的な科学的事実.概念・法則などを理解させ、生活を科学的に向上する能力や態度を養うことをおもなねらいとしている。」として、高等学校では、これを発展拡充して上の目的を達成をはかると、記されている。さらに、「理科においては自然科学の学問的体系の理解に狭く閉じこもることなく、国家・社会の有為な形成者として、みずからを科学的に向上させ、常に科学的な判断と行動ができ、生活を科学的にしていくことのできる人をつくることを目ざさなければならない。」(同書p.2)というように、目標としては生活という言葉は頻繁に用いられているが、その基礎である化学知識の理解も強調されているところが、従来とは異なるところである。
また、「目標(1)は、理科の学習で理解すべき内容と生活や産業との関係、および関係のしかたを明らかにし、また学習の成果が、活用されなければならないことを述べたものである。生活や産業に関係の深い自然科学的な問題は、非常に多種多様であって、それらの多くを直接に理科の指導内容とすることは、生徒の能力や指導時間数からみて無理があり、また、理科としての系統を見失う結果になりやすい。したがって、高等学校理科においては、生活や産業上の問題そのものを取り扱うよりも、これらを科学的に処理する基礎をつくるように指導内容の選択が行われなければならない。これらの指導内容の学習において特に注意すべきことは、個々の内容が断片的な知識としてでなく、系統的で、また、実際の場面に役だつ知識として獲得されなければならない」(同書p.2)「これまで、必要な知識、能力、態度などを特に生活や産業との閑連において考えてきたが、ここにいう生活や産業を、直接の有用性のみに狭く限って考えるべきではない。・生命・物質・エネルギー・宇宙などに対する正しい考え方や真理愛好の精神を育てなけれぽならない。また、自然科学的な知識や方法が、生活のあらゆる場面に大きな影響を及ぼしていることをよく認識し、自然科学の研究が、基礎的、抽象的に見える場合でさえもわれわれに関係があるものであることを知り(以下略)」
(同書p.4)、と記され、生活単元理科の学習法が否定されている。また、「第2章 理科の組織 3.科目の内容」(同書p.6)において、「(2)この学習指導要領に示したもののほか、生徒が興味、関心を持つ問題、たとえば、地域の自然の事象、地域の産業、時事問題、一般の学習や日常生活中に起ることがらなどについても、理科の科目の目標の観点から取り扱うことが必要である。」(同書p.7)と記されている。
しかし、「第4章 理科化学」(同書p.22)の「1目標」では、「「化学」は、中学校の教育の基礎の上に、生活に関係の深い物質および現象、生徒が興味・関心をもつ物質および現象、産業上特に重要な物質等を、それらの化学的事象に関し、実験・観察を重んじて取り扱い、高等学校の目的・目標に沿って、生徒に科学的教養を与えるための科目である。」「化学で扱われる物質や現象には、生活に直接に関係したものが多く、また、実験を比較的簡易に行いうる揚合が多い。この特徴を活用し、化学変化の本質とその研究方法を理解させ、生活上重要な化学的知識を得させ、自然現象の理解を深めるとともに、環境の中に問題を見いたし、これを解決しようとする態度や、科学的にものごとを観察し、処理し、創造する能力と態度を養い、これらを生活に応用してその向上をはからせることが必要である。」として、「化学」の目標として、「(2)生活に関係の深い物質および化学現象、産業上重要な物質の理解・処理の基礎となる事実・概念・法則を理解し、それらを活用する能力を高める。」「(4)化学的知識・技能を生活に適用しようとする態度と習慣を身につけるとともに、科学的な自然観を育て、真理を愛好する精神を養う。」「(5)科学的方法を理解し、生活の中の問題を科学的に処理する能力と態度を養う。」(同書p.23)
明らかに生活単元からの転換はあるものの、それは指導法・構成としてのものであり、内容や目標にはなお生活単元的傾向を多分に留めていることが伺える。
3.4 昭和35年改訂 高等学校学習指導要領(理科)10)
この改訂では、それまで3単位用、5単位用に分かれていたのを、物理、化学のみ分けることにして、それぞれA、Bの科目として設けられたことである。
「理科の目標」では「4.科学的な自然観を育て、また、自然科学が生活や産業に応用されており、人類の福祉に深い関係のあることを認識させる」(解説p.132)とある程度で、生活単元的要素が著しく減っている。しかし、「化学A 1目標」では「(1)生活に関係の深い物質や化学現象についての関心を深め、すすんでこれらを探究しようとする態度を養う。(5)自然の諸現象を、物質とその変化という立場から見ることなどによって科学的な自然な自然観を育て、また、化学が生活や産業に広く応用されており、人類の福祉に深い関係のあることを認識させる。」(解説p.141)とあるようように、生活単元的傾向が残っている。
それに対して、「化学B 1目標」では「(5)自然の諸現象を、物質とその変化という立場から見ることなどによって科学的な自然観を育て、また、化学が生活や産業に広く応用されており、人類の福祉に深い関係のあることを認識させる。」(解説p.145)となっており、生活単元の影響が極めて少ないことが分かる。
4. 考察
制度的には、高等学校における生活単元理科は、新制高校の発足した昭和23年から始まり、昭和26年度の改訂によって徹底された。その後、昭和31年度の改訂で方法的には生活単元から系統的な学習へと転換されたが、目標や内容において、その傾向はなお残っていた。さらに、昭和35年度改訂においても、化学Aはその傾向を多分にもっていたものであった。
しかし、初期においては、戦後の混乱期に、新しい教育方法が急速に普及定着したとは考えられないし、また、その後においても、生活単元学習に対する批判や、あるいは次第に高まる系統化、さらには現代化の過程で、生活単元がどの程度実施されたかは、疑問であるが、学習指導要領から辿ると以上のようになる。
また、高等学校化学は、学問的要素の濃い内容であり、すべてが生活単元的に扱うのは不可能なことで、生活単元一辺倒であったとは考えられない。したがって昭和31年度の改訂以降、身の回りの物質の取り扱いが減少していくが、それに生活単元理科の反省、あるいは反動がどの程度作用したのであろうか。それはまた、系統化、現代化の過程と連動するように、進んでいるので、それらの要素と併せて考察する必要がある。
5. おわりに
生活単元理科は、その実践・批判ともに小学校のものが多い。それらのうちどこまでが、高等学校についてもあてはまるのか。戦後の生活単元的な側面と、わが国の理科理科教育のもつ応用科学的な側面をどのように区別するのか。あるいは、教科書や実践例の検討など、本稿で触れなかった問題も多い。今後の課題としたい。
6. 引用・参考文献
1)伊藤信隆、『教育課程論』、建帛社、1983、p.178.
2)同上書1)、『教育課程論』、p.191.
3)伊藤信隆、「高等学校理科の学習指導要領・教科書の変遷」、日本理科教育学会編『現代理科教育大系1』、東洋館出版社、1978、p.381.
4)有賀克明、「理科教育の変遷」、高橋慶一編『理科教育法』、明治図書、1984、p.200
5)上掲書1)、『教育課程論』、p.197.
6)文部省、『高等学校学習指導要項(試案)物理・化学・生物・地学』、1948、大日本図書
7)上掲書3)、「高等学校理科の学習指導要領・教科書の変遷」、p.372-373.
8)文部省、『中学校高等学校 学習指導要領 理科編(試案)』、1952、大日本図書
9)文部省、『高等学校 学習指導要領 理科編』、1955、大日本図書
10)文部省、『高等学校学習指導要領 解説 理科編』、1961、大日本図書
*付記:本稿は、「生活単元理科と高等学校化学 ―化学指導法の改善(Ⅵ)―」を改稿したものである。